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カーテンの隙間から漏れた陽光の眩しさに目が覚めた。
反射的に体を起こす。
田舎育ちの為、朝日が昇れば起き出す習慣があるのだが、しばしぼんやりしないと意識が覚醒しないため
寝癖だらけの創作的な髪型のまま、ベッドの上でぼんやりする。
視界に入ってきた光景に、ああそうかと思い出す。
ここはルカの田舎村の、木造ボロ屋敷ではない。
部屋が綺麗だと差し込む光さえ綺麗に見える。
アルベルが与えられた部屋は、幼馴染と住んでいたおんぼろ小屋の寝室が3つは入るぐらいの広さがあった。
天蓋付きのベッド、どこぞの王室が使ってそうな装飾が細かいキャビンや机、
絨毯はフカフカだし、クローゼットは寝られるぐらい広かった。
今はカーテンで見えないが窓も天井に届く程高くて大きい。
手に触れているシーツだって、体感したことがないぐらい肌触りがいい。
まだ自分は夢を見ているのではないかと疑ったが、扉にノックがあり、誰かが入ってきた。
ディアナだった。
「おはようございます、アルベルさん。一度誰かを起こしてみたいと思ってたのですが、残念です。」
「はよー…。」
「早起きですのね。」
フリルをあしらったシャツがとても可愛らしく、今日もお人形みたいだと思った。
ディアナはベッドの脇に座ると、メイドに声を掛け入室させた。
メイドはベッドの上に衣服を広げだした。
何段もフリルがついてるスカート、派手なワンピース、レースで縁取りされたチュニック。
どれも全て可愛らしく、異世界の品でも見てるような気がして、アルベルは目がだいぶ覚めた。
「どれをお召しになりますか?」
「え、これアタシ用!?」
「もちろんですわ。私はこのピンクがオススメなのですが。」
アルベルの髪より淡い色合いのファンシーなワンピースを見せつけられ
苦い顔をする。
「アタシはいかにも女の子な服は着ないよ。似合わないし、動きづらい。」
「ですが、お召し者は洗濯させましたので、ご用意したものしか。」
「ならそのブルーのスカート可愛いじゃない。」
先に声が降ってきて、次に空中にセウレラが現れた。
精霊は睡眠は不要なので、主が就寝中は姿を消しているのだ。
浮きながらベッドに膝を着くと、シャツとセットになったブルーのスカートを広げる。
確かにピンクよりはマシだが、体に宛がわれたブルーを手で払う。
「いつも言ってるじゃない。女の子なんだから、女の子らしい恰好してみなさいよ。」
「いつも言ってるだろ?嫌だって。」
ベッドの上で胡坐をかき、何か地味な物は無いかと漁るが、どれもスカートばかり。
「用意してもらって悪いんだけど、動きやすい服を頼むよ。ズボンとシャツとかでいいから。」
「承知いたしました。すぐ用意させましょう。」
「そういえばディアナちゃん。私に掛かってた負荷を解いてくれたのは、ディアナちゃん?」
「恐らく私かと。宝具・鍵の力でヴォルクに入る精霊に制限を設けております。
全てはダークとケルベロス対策の為だったのですが、面倒おかけして申し訳ありませんでした。
セウレラさんを承認いたしましたので、今後は自由に力をお使いになれます。」
「ありがとう。」
「此処に来た時、変って言ってたアレか?」
「ええ。」
「アタシからも礼を言うよ。」
数十分後、メイドが希望通りの服を用意してくれたので、それに着替え
ディアナに朝食に誘われたので食堂へ向かった。
通された場所を見て、ここはダンスホールなんじゃないかと思った。
天井は高くシャンデリアは輝いている。ダイヤだろうか。
床は格子柄のタイルで、ビロードのカーテンは皺もなければ埃もない。
アルベルの寝室の4倍はありそうな空間に、長い机が一つだけ置かれ。椅子がいくつか並んでいた。
狭い辺の席にディアナが腰かけ、すぐ隣の席にアルベルは案内された。
テーブルにはすでに銀の食器と、綺麗に磨かれ光沢が眩しいナイフとフォークが置かれている。
田舎者のアルベルは、珍しく物怖じしてしまう。
「ディアナ…、アタシ、マナーとか一切知らないんだけど。」
「此処には私と使用人しかおりません。何も気にせず、楽しんで下さいませ。」
「ちょうどいい機会だわ。私が色々教えてあげる。」
「セウレラが??」
「貴族の主に仕えていたことがあるから、マナーは一通り見てきたつもりよ。」
「お前が頼もしく見えるぜ…!」
食事を取らない精霊だが、料理が運ばれてくるごとにアルベルにマナーを教えだす。
その様子を、ディアナは楽しそうに見守っている。
スープを音を立てず飲めるようになった辺りで、アルベルが問う。
「ディアナ、家族は?」
「おりません。父も母も数年前に亡くなり、私一人で住んでおります。」
「こんな広い屋敷で、一人?」
「使用人は沢山おりますし、街の人たちもお招きしたりしますから、寂しくはありません。
ですが、誰かと朝食を共にするなんて本当に久しぶりですわ。」
にっこりと微笑む姿に、自分が屋敷に世話になるのは悪いことばかりじゃないとわかり安堵する。
そんなに眩しい笑顔を向けてくれるなら、いくらだって朝食を共にする。
朝食を食べ終え、食後のお茶を楽しんで居た頃合いで
食道の扉が開き、執事リカルドがやってきた。
本日も非常に整った顔で、恐ろしいほど表情はない。
客人であるアルベルに一言断ってから、ディアナの横に立つ。
「お嬢様。ロード公がお見えになりました。」
「あら、ずいぶん早いのね。」
「急ぎ確認したい事項があるとのことで。」
「わかったわ…。」
嫌そうに、とまではいかないが、気が進まない様子を隠しもせず
カップをソーサーに戻し席を立つ。
「せっかくアルベルさんと楽しくお話しておりましたのに…自由な時間は限られているものですわね。」
「当主ってのも大変だな。」
「アルベルさんはゆっくりなさって下さい。」
執事を伴って食堂から出る途中で、ディアナが振り返った。
「そうですわ…。アルベルさん、日中はリカルドを好きにお使い下さい。
アルベルさんは学ぶためにヴォルクにいらしたのですから。」
「いいのか?」
「もちろん。いいわねリカルド。ロード公の会合が終わるまでは付き添い不要です。
私が呼ぶまでアルベルさんのお相手を。決して失礼のないように。」
「かしこまりました。」
「ではアルベルさん。」
「ありがとな、ディアナ。」
嬉しそうにほほ笑んだ少女は、一人で食堂を出て行った。
アルベルもカップを置いて、立ち上がるとぐるりと机を回って執事の前に立つ。
「よろしく頼むよ。」
「はい、こちらこそ。早速始めますか?」
「ああ。」
「では、移動いたしましょう。」
リカルドに続き食堂を出る。
この屋敷は見た目以上に広く、何度も角を曲がり階段を下りる内に、自分の部屋まで帰れる自信がなくなっていた。
裏口から外に出ると、広大な庭園が広がっていた。
色とりどりの花は手入れが行き届いており、配置も完璧。
円形の噴水が朝の光を受け輝いている。
庭園の向こう側、屋敷と向かい合うようにちょっとした林があった。外から屋敷を隠す目的もあるようだ。
芝生の間に植え込まれたレンガの道をたどり、草原かと見間違うような開けた空間に入ると、リカルドがやっと足を止めた。
「此処でしたら自由に力を使って問題ございません。お嬢様の執務室からも遠いので、どうぞご遠慮なく。
ところでアルベル様。具体的には、何をお教えすればよろしいのでしょうか。」
「そう聞かれても、アタシも自分が何を把握していて何を知らないのかさっぱり…。」
「ベルちゃんはとにかく他の精霊を知らないの。」
気づいたら具現化を解いていたセウレラが、また現れた。
空中で座って足を組んでいる。
「スダナ相手に水をくべちゃったりしたから。
ユリウスが相手なら丁度いいわ。元素の力関係とか、五行思考から教えてあげてくれる?」
「ゴギョ…?」
「承知いたしました。アルベル様、この世の元素は全て隣り合わせでございます。セウレラ様の水を含む四大元素は特に。
火は水を蒸発させてしまいましが、水が多ければ火を消化できます。
水は土を育て、木を育てますが、多すぎれば腐らせてしまいます。」
「そういうのは、なんとなく、わかる…。畑やってたし。」
「イメージしやすければすぐ理解できます。ユリウス。」
虚空に声を掛けると、リカルドの真横に白いコートを着た緑髪の美青年が現れた。
主とは真逆で、にっこりと微笑んで見せるが、やはり喋ることはない。
「私が契約している緑の精霊ユリウスは森の精霊より上位、緑系ではトップにおります。」
「その辺も初めて知ったんだけどさ、精霊も系統あるの?」
「はい。人間が増え言葉が増えるたびに細分化していったのです。
森の精霊は木を生やしますが、ユリウスのように蔦や植物を生やせません。ユリウスは木も花も扱えます。」
「それ、下位の精霊いる・・・??」
「全ては因果ですので、私にはなんとも。まずは、スダナとの戦いを再現してみましょう。」
リカルドはユリウスと共に数歩下がった。
そして木を生やすよう命じ、彼の体の前に背の低い若木が立つ。
「アルベル様、同じように攻撃を。」
「わかった。セウレラ、スフィア弾!」
「了解。」
セウレラは、人の姿のまま、小さな水球をいくつも生み出し、発射した。
すると、水球は木の幹や葉に吸い込まれた。
「木は水を克す。威力はありましたが全て吸い込まれました。理由はわかりますね?」
「水は木にとって栄養だから。」
「その通り。では、与え過ぎたらどうなると思いますか?」
アルベルは、幼い頃に
近所の人にもらった花が早く育つように水を与え過ぎて枯らしてしまったことを思い出す。
土が水浸しになって、結局病気になってしまたのだ。
「ちょっとやってみていいか?」
「ええ。」
「セウレラ、ストームで包め。」
言われたとおりに、空に上がる水の竜巻で木を覆ってしまい、水流を利用して内部に水を送り込む。
すると若木の肌がみるみる茶色くなっていき、あっという間に枯れてしまった。
「お見事。」
リカルドが新しい若木を用意させ、左側に伸びた枝を指さした。
「次は、この枝の部分だけ、水分を抜いてみてください。」
「抜く?」
初めての指示に頭を捻らせたが、干からびた植物を想像してみた。
それからセウレラに、吸収するイメージを送り込む。
草が土から雨水を吸うように、日照りが土から水分を奪いカラカラにしてしまうイメージ。
枝をじっと睨みつけて集中する。
最終的に、本で見たミイラのイメージを試してみると
指定された枝だけが見事にやせ細り、枯れて折れてしまった。
ユリウスが、満面の笑みで拍手を送った。
「アルベル様はイメージが得意のようで安心いたしました。
例外はございますが、四大元素以下の精霊は五行思想の概念や人間の科学に影響されます。
それらを全て把握さえすればいかようにでも相手を制圧できます。水の力はもっと広がるかと。
今後は実戦に加え、図書館で元素の勉強をー」
ユリウスが出現させた若木が突然燃え上がり、一瞬で消し炭になった。
灰が落ちる様を見て、こちらに向かってくる白服を睨みつける。
「ヴァン様…。」
「よう執事!水の子と特訓?楽しそうじゃーん。混ぜてよ。」
やってきたのはグアルガンのヴァン。
その時アルベルは、執事リカルドの顔に感情が乗ったのを初めて見た。
柳眉を少しだけ動かして、苛立っている。
突然燃やされたことが不快だったようだ。
「グアルガン幹部の皆さまはこの屋敷に出入りは自由ですが、どうぞ玄関から起こしくださいませ。」
「裏歩いてたら気配を探知したから、何事かなーって。」
「この方は今ネスタの大事なお客様です。お客様の前で不躾な事はお止めいただきたい。」
「お嬢様を馬鹿にしてるわけじゃあるまい。」
「同じことです。」
声まで尖らせた執事の様子に、アルベルは唖然とした表情で言い合いを見ていたが、
やがて我慢できなくなって声に出してしまった。
「お前ら、仲良いんだな」
「「よくない(です)。」」
「ハモった。」
「この方はネスタ家に対して大雑把過ぎるのです。もう少し身分をわきまえていただきたい。」
「俺は幹部級よー?十分身分わかってると思うけど。」
「疑似召喚装置を使っているだけではありませんか。」
マネキンのように動いて最低限な口の動きしか使わないと思っていた執事の
人間らしい一面を見て、アルベルは少しホッとした。
気づいたら、ユリウスがアルベルの横に移動していた。
「炎と緑は相性悪いんだって。ユリウスが言ってる。」
「あれ、ユリウスって喋れないんじゃなかったっけ?」
「人間語はね。精霊の通信みたいなのを頭の中で出来たの。」
セウレラは呆れた様子で、ソファーに寝そべるような姿で空中で浮かびながら二人の言い争いを眺めていた。
―と、彼女の眼前に炎の魔人…ではなく、炎の精霊マグニが現れた。
疑似召喚装置経由なので、炎で出来た人型の中途半端な姿のまま。
「キャッ!驚かさないでちょうだい!」
「お前に会えるのが嬉しくてなー。」
「その大きな顔近づけないで!」
「コラ、マグニ!勝手に出てくるなってば~。」
ヴァンが制止を促すも言うことを聞かず、セウレラに迫ったマグニは
水の特大ハンマーで地面に叩きつけられたが、懲りずにまた形を整えた。
「そっか。水と炎も相性悪いのか。」
呟いた声に、ユリウスだけが拍手をしてくれた。