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一度熱し解かした金属を一枚の薄い板にする。
手書きデザインの紙を貼り付けて、すり板の上で糸ノコなどで彫って削って、細やかな模様を作っていく。
制作しているのは、羽を広げた蝶のブローチ。
細かすぎて彫れない箇所は、別に作った指先より小さな金の枝を小口のバーナーで熱し、溶接とロウ付けを繰り返す。
2枚の羽同士をくっつけ、頭の触手を生やす。
ヤスリなどで表面や細かな部分まで丁寧に磨き、羽の右上と左下に赤い小さなルビーを埋め込む。
最後に表面の酸洗いをすれば完成――と手を止めたところで、視線を感じ顔を上げた。
工房の中を覗ける細長いガラス窓に、額、鼻、両手をぺったりとつけてこっちを見ている女の子。目を見開いてこちらを睨み付ける姿に、今アクセサリーを作っていた少年は甲高い悲鳴を上げた。
奥で作業していた父親が顔を出す。

 


「どうした、シャルル。女みたいな悲鳴上げて。」
「ゆ、幽霊がっ・・・!?」
「失礼だな。人間だっての。」


ガラス越しにそう言った少女は、隣の出入り口から工房内にやって来た。
小柄でピンク髪の可愛らしい少女だった。手には大きめの紙袋を抱えている。

 

「ロデ工具店ってここで合ってるか?」
「そうだが、そちらさんは。」

 


手に付いた煤を腰のタオルで拭きながら、しかめっ面の中年男性が一段低くなっている工房の玄関に降りる。

 


「リカルドから届けもん預かってきた。」
「ああ、ネスタ様に来た正規適合者ってあんたか。。あの執事さんが客人に配達を頼むとは珍しいな。」
「アタシが頼み込んだんだ。やることないし暇だから。ロデ工具店もゲントさんと同じく商工会の顔役だから挨拶した方がいいとも聞いてきた。アルベルだ。よろしく。」
「クレイ・ロデだ。ウチはゲントさんと違って名ばかりだよ。」


紙袋を受け取って中を覗く四十代辺りの中年男性は、髪は灰色で白いものが多い反面、顔の皺は眉間にあるぐらいで肌は若々しく、半袖シャツから覗く腕は筋肉があり逞しい。
手もいかにも職人らしく、こぶが多い武骨な指をしていた。


「ここって、何作ってんの?」
「そのまんま工具だよ。ハサミとか、のこぎり、金槌とか。」
「アクセサリー屋かと思った。」

 


ああ、と低く声を漏らしながら、入り口脇のスペースで作業していた少年をチラリと見たので、アルベルもそちらに視線をずらす。
少年は広いおでこと八の字眉が特徴的で、柔らかい色合いの金髪を短くしている。
急に目線を向けられて肩を跳ねさせ、目線が泳ぐ。


「最近は何でも機械だの大量生産だのって発注が減っちまってな。
息子が始めた金工が思いのほか評判よくて、色々やってんだよ。ほら、挨拶しろ。」
「・・・シャルル・ロデ、です。」
「アンタ、手先器用なんだな!あんな繊細で綺麗なもん作っちゃうなんて、魔法みたいだよ。なあ、もっと見せてくれ。」
「いや・・・あの。」

 


歩み寄ってきて距離を詰めてくる少女の圧に、少年はおっかなびっくりといった様子で身をすくめて後ずさる。

 

「あれ。お前、目も綺麗だな。青いのに、紫がかってる。」
「シャルル。ちょうどいい、この辺案内してこい。ついでに昼飯でも買ってきてくれ。」

 


ポケットから札を数枚手渡すと、アルベルが渡した紙袋を抱えて奥に行ってしまった。
アルベルは歯を見せて笑った。


「よろしく。」
「あ、はい・・・。」

 


かなり垂れた眉尻からは、何故自分が出会ったばかりの少女を案内せねばならないんだと書いてあったが、少女の圧に負けて小さく返事をした。

 


ヴォルクの街の南東は、工場や倉庫が並ぶエリアになっており、
古くから街を支えてきた職人達のテリトリーでもあった。
店が沢山あるわけでもないため観光客も余り足を踏み入れず、商人や営業マンが忙しそうに脇を通り過ぎていく。
アルベルの隣を歩いて、小声で最低限の案内をしてくれている少年は、父とは違いひょろっとした見た目で色も白い。
身長はアルベルより大分高く、オレンジのつなぎはところどころ汚れこの街に溶け込んでいる。住人なんだから当然だが。
たまにすれ違ってシャルルに挨拶する職人風の男たちは、皆太い腕と首を持っていた。

 


「職人って、皆軍人みたいな見た目してるものなのか?」
「まあ、職人は体力勝負みたいなとこありますから。逞しい人、多いですね。皆元気だし。それと、僕らの親世代は、職人や商工会の面々が集まって自警団を作ってヴォルクを守ってたんです。グアルガンが出来るまでは、先代のネスタ当主様が中心となってこの街を守ってました。」
「へー。」

 

頭の後ろで手を組んで、工房が並ぶ路地を眺める。
商店街や中心部の活気とはまた違うパワーを感じる。この土地で育ち腕を磨き生計を立てていた人達の自信を感じる程だ。

 


「ロデ工具店はどこに店を開いてんだ?中央区の店で委託販売してます。」
「あのアクセサリーも?」
「装飾品は受注がほとんどなので、完成したらそのまま発送します。」
「えー。売ったら人気出そうなのに。」
「手間が掛かるので大量生産は出来ないんですよ。それに・・・ウチは本来工具店です。僕も、そっちの腕を磨きたい。」
「将来店継ぐんだ?」
「そのつもりです。」


ふーんと興味なさげな相づちを打つ。
彼は店のために仕方なく、アクセサリー類を作って生計を立てているだけらしい。
職人は職人なりの、苦労があるようだ。


「昼飯買いに行くんだろ?アタシも付いていっていいか。腹減った。」
「あ、じゃあ公園の方にキッチンカーが沢山出てるスペースがあるので、そこに行きましょう。」
「敬語、いいよ。」
「でも、ネスタ様のお客様なら・・・。」
「ただの居候。あそこでパトロールしてる白服の方がよっぽど立派に働いてるよ。」


彼らの前を、白服―グアルガンの制服を纏った男達が通り過ぎていく。
グアルガンはジャケットもズボンも白いので、この街ではよく目立つ。


「僕、グアルガンはあまり好きじゃないんです。」
「そうなの?」
「下位の隊員は町民に横柄な態度取ったり、やりたい放題なんですよ。幹部連中はもっと組織を取り締まって欲しいです。」
「皆に好かれた正義の味方ってわけでもないのか。」

 

左手にあったドアのない出入り口から、黒いエプロンをした中年男性が険しい形相で飛び出してきた。

 


「あんにゃろっ・・・!お、シャルル!いいところにっ、アイツ捕まえてくれ!ウチの宝石がっつり盗んで行きやがった!」


叫ぶ男性が指差す先に、走って逃げる影が見えた。
先に反応し動いたのは、ピンク髪の客人だった。


「セウレラ!」

 

アルベルが虚空にそう叫びながら走る。
顔の隣に手の平サイズの水球が現れ、併走する。


『大丈夫、マーク付けたから見失わないわよ。』
「よし、追い詰めるぞ。加速!」

 

アルベルの靴の底に水が生まれ、走るスピードが一気に上がった。
これは水に力を込めることで圧力が生まれ、地面を弾く事によって水圧による加速が可能となっている。下から押し上げられる力は走りながらバランスを崩しかねないのだが、アルベルはスムーズに地面を滑るように進んでいく。
後ろに続くシャルルをどんどん引き離して、通りの先を走る泥棒が左に曲がったのでアルベルも同じく左に曲がる。
すると、目的の男は炎で出来た細い縄で縛られ拘束されていた。

 


「おいヴァン!またアタシの手柄取った!」
「悪いね~。オレの仕事も治安を守ることだからさ~。」
「ハァ、ハァ・・・アルベルさん、足早いね・・・。」


大分息を切らして、後を追ってきていたシャルルが追いつくも膝に手を置いて荒れた呼吸を整える。

 


「座り仕事ばっかで、体なまったか、シャル。」
「ん?あ、ヴァン。」

 


さらに遅れて、先程泥棒被害にあった店主が警察を連れてやって来た。
ヴァンが捕らえた泥棒を引き渡し、ポケットに入っていた宝石がつまった袋も店主に戻り一件落着となった。
昼飯を買いに行く所だと言うと、ヴァンも一緒に行く事になった。

 

「たまたまこの辺パトロールしてて正解だったな。役に立ったでしょ。」
「サボってる途中にたまたま叫び声聞いて駆けつけただけでしょ。」
「お前ら、知り合い?」
「オレとシャルは大親友☆」
「勝手に親友にしないでよ、迷惑。」
「え~ヒドイ!」
「スクールの同級生なんだ。そこからの腐れ縁。」

 


気弱そうに眉を垂らし静かに喋っていたシャルルだが、ヴァンに対してはかなり塩対応で冷たい目を向けていた。声も喋り方もずいぶん強気なものに変わっていたが、敵意や嫌悪感は感じなかった。
これが二人のコミュニケーション方法なのだろう。ヴァンが登場したのおかげで敬語が取れたのもアルベルには有り難かった。
シャルルに案内された芝公園では、工場で働いている労働者向けに沢山の出店や車が並んでいた。
ちょうど昼時だったので人で賑わっている。
極東国であるジパンのキッチンカーをオススメされ、唐揚げ炒めし弁当を買っているところ、セウレラが人型になって現れた。

 


「シャルルくんのお父さんには私がお弁当届けるから、三人で交友深めなさいな。」
「どうしたんだよ急に・・・。何か企んでんのか。」
「ベルちゃんは少し同世代の人間と関わった方がいいわ。二人とも、ベルちゃんをよろしくね。」

 


シャルルから弁当が入った袋を預かって、そのまま姿を消してしまった。


「今の、アルベルさんの精霊さん?」
「そう。水の精霊。弁当はちゃんと届ると思うから、安心しろよ。」
「正規適合者だと精霊も自立型なの?オレのマグニとか疑似召喚装置経由の精霊は契約主の意識外の行動出来ないのに。」
「アタシが気絶しない限りは勝手に動いてるぞ。」
「離れてても声は届くの?」
「ああ。呼べば戻る。」
「範囲は?」
「セウレラが人を探知できるなら、この街の内部ならどこに居ても余裕なんじゃないか?試したことないけど。」
「凄いな。」


公園内の空いているベンチを見つけ、三人並んで弁当を食べる。
初めて食べるジパン料理はスパイスが効いた米に刻みネギがいいアクセントになっていた。添えてある唐揚げも柔らかく、下味が染みこんでとても美味しかった。
食べ終えた空箱を袋に放り込んで、シャルルがおごってくれたジュースを飲みながら背もたれに身を預け、公園を観察する。
色鮮やかな緑の芝で昼寝する人、数本植えられた立派な樹木の木陰で休む人。
犬と遊んだり、子供を遊ばせたり、様々な人間の憩いの場。
清々しい青い空が、平和を強調してくれているようであった。
話は自然と、シャルルとヴァンの話になる。

 

「ヴァンがいじめられっ子で、シャルが助けたって?逆じゃなくて??」
「そうなんだよ。シャルルの方がいかにもいじめられっ子みたいでしょ~?スクールで俺が悪ガキ達の標的になった時、助けてくれたんだ。子供には重いはずの、父親の金槌振り回して。あの時の勇ましいシャルル、見せてあげたいくらいだよ~。」


想像つかないな~とシャルルの方を伺うと、恥ずかしそうに頬をかいていた。


「子供の頃のヴァンは、人見知りなのか人を全然寄りつけなくてね。その割に気は強い一匹狼だから、上級生にも目を付けられたりしてさ。」
「それからシャルが俺の一番の親友。商工会でも次世代の有能株だよ。足りないのは自信ぐらいかな。」
「ああ、それでこの眉か。」
「そ、それは子供の頃からだから関係ないよ。」


ケラケラと軽やかな笑い声が漏れる。

 

「オヤジさんとあんま似てないよな。」
「うーん、どちらかというと母親似かなぁ。この目も、母親の家系遺伝なんだ。」
「珍しい色合いだもんな。お母さんは工房にいなかったな。店か?」
「もう亡くなってるんだ、子供の頃に。8年前、ダークがこの街にやって来て大暴れしたことがあってさ、そのせいで・・・。」

 


急に空気がひんやりした気配がした。
凍てついた空気を出しているのはシャルルではなく、ヴァンであった。
怒りを滲ませた拳を握りしめ、遠くを見る瞳の奥は、凍てつくように冷たかった。炎の主のくせに。

 

「ダークはよっぽど宝具が欲しいんだな。」
「キミには頑張ってもらわないと。まだダークに好き勝手されちゃたまんないからね・・・。」

 


チャラチャラしていた普段の彼とは全く別の鋭さは、殺意に近い。
純粋に、そんな顔も出来るのだと関心する。
ヴァンはすぐにその鋭さを引っ込めて、微笑みを向けてきた。


「ねえ、オレもベルちゃんって呼んでいい?やっぱり男性名で呼ぶのは気が引けるんだよね。」
「うーん、まあいいけど・・・。」
「ああ、よかった、女の子で合ってるのか。口悪いし男性名だから、可愛らしい男の可能性もあるのかと。」
「ハッハ。胸ペッタンコだしな~、イッテ!」

 

ヴァンの頭にチョップを入れたのは、お使いから戻ったセウレラだった。

 

「ベルちゃんは女の子なのよ。あんまり失礼なこと言うと、体内の水分抜くわよ。」
「はい、すみません・・・。」
「あ、じゃあ僕、そろそろ仕事に戻るね。精霊さん、先にお弁当届けてくれてありがとう。」
「どういたしまして。」
「また工房覗きに行っていいか?シャルルが物を作ってるの、ゆっくり見学させてくれよ。」
「う、うん。いつでもどうぞ。」
「えーズルい!オレには来るなって言うくせに!」
「職人街じゃ白服は嫌われてるんだ、仕方ないだろ。」


じゃあまた、と挨拶してシャルルは工房に戻っていく。
セウレラも気づいたら具現化を解いて消えていた。
ベンチに座り直して、二人して公園内で遊ぶ子供達を何とはなしに眺める。


「オレも街の案内しようか?まだ全部回ってないんでしょ?」
「仕事はいいのか。」
「オレは幹部だから暇なんだよね~。」
「アタシもお前と一緒だな。街と宝具を守れと言いわれても何したらいいかわかんないし、小さいいざこざはお前達白服が解決する。シャルルみたいにまともに働いてる人を見ると、罪悪感が凄いよ。」
「平和な証拠だよ。正規適合者がいてくれるだけで、非常時は心強い。」
「なぁ。」
「んー?」
「8年前にダークが攻めてきたって言ったよな。その時既にケルベロスのボスと契約状態だったってことか?」
「いや・・・それはない。8年前のダークは、誰とも契約状態になかった。」
「精霊は契約者がいないと現世に来られないはずだ。」
「答えは、コレだよ。」


表情を再度引き締めたヴァンが、左手首に巻いた腕時計をアルベルに見えるようにかざした。


「装置の中に黒い板があるの見えるだろ?これは精霊核と言って、精霊と疑似的な契約を交わすのに必要な媒体。これを発明したのが、ダークなんだ。」
「はあ?どういうことだよ。」
「ダークの適合者は滅多に生まれない。自分が現世に来るための方法を、自分で生み出したんだよ。」

 


それがいつ頃のことなのかは不明だが、と付け加えて腕を下ろす。

 

「8年前にこの精霊核をダークから奪って、破壊に成功した。
ダークは人間界から去り、グアルガンの創始者が精霊核を分析して模造、増産して疑似召喚装置は誕生した。
あれから数年後、ケルベロスの内部でダークらしき女を見たって目撃情報があった。真偽はわからなかったけど、俺達も警戒を強めてたんだ。
今、光の適合者も動いたんなら、本当に闇の適合者が生まれて、それがケルベロスのボスだってことだ。」

 


適合者は、生まれた時から適合者ではあるものの、精霊サイドから契約を申し込むタイミングは決まっていない。
大抵はある程度分別がつくようになった10代後半から20代前半に精霊が目の前に現れるが、老人になってから貴方は適合者ですと知らされるパターンもあるという。
ケルベロスのボスも、最近契約の申し込みを受諾した口だろう。

 

「精霊は基本非適合者の人間を傷付けてはならない。シャルの母親も被害にあったなら、何かしらペナルティがあるんじゃないのか?精霊王は何もしないのか。」
「父親が放任主義で何もせず眠りこけてるから、今もダークは人間と手を組んで悪さしてるんだろ。長い歴史の中でも、ダークは人間にちょっかいだしては混乱を招いてる。一昔前の王族もダークに荒らされたらしいが、天罰は下らなかった。それこそ、ダークを止めるのはキミの幼馴染みの仕事なんじゃない?久々に生まれた光の適合者だ。」
「ああ・・・そうか。そうだよな。」

 


憂いを見せたまま俯く少女の顔を、覗き込む


「どうしたの?」
「いや・・・アタシは何も知らず、今まで呑気に生きてきたんだなって。アタシが考えてるより、光の適合者は荷が重い。バジルとはずっと一緒に生きてきたのに、アタシはこうして待ってることしか出来ないのが情けない。置いて行かれて当然だ。」
「光の適合者に惚れてんの?」
「そういうんじゃねぇよ!真面目な話してんのに、頭お花畑か!」
「アハハハ!ツッコミ優秀じゃーん。」


軽やかな笑い声を上げて、ヴァンはアルベルに微笑みを向ける。

 


「確かに世界情勢はキミが考えてるよりずっと悪いし、キミは光の適合者のおまけで、一時この街に留まっているだけに過ぎないかもしれない。それでもこの街を思って戦ってくれるなら、オレも喜んで手を貸そう。手始めに、修行でもするかい?」
「・・・そうだな!グダグダ考えるのは性に合わない。体動かしてたほうがよっぽどマシだ。」

 

ベンチから立ち上がって、スッキリした笑顔を浮かべた。
近場にある空き地を教えてもらって、ヴァンが呼び出されるまでの間、炎の精霊も呼んで技を磨いた。

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