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気付いたら、夜になっていた。
必死に歩き続けていたせいで、体はクタクタなのだが、歩みを止められない。
ヴォルクは、ピエドラと比べ物にならないぐらい豊かで温かな街だった。
行き交う人は笑いあい、活気に溢れている。
街は綺麗で、野良犬一匹いない。
蒼白な顔で歩き続けるヴァンを見て、心配そうに声をかけてくれる人が何人もいた。
ピエドラじゃ他人の心配なんてするだけ損なのに。
もう安全な場所にいると分かっていても、止まれなかった。
あの精霊が追ってくるんじゃないかという恐怖と、自分だけが平和な場所に逃げてきてしまったという罪悪感。
そして、こんなに幸せな街や人々を、自分のせいで不幸にしてしまうんじゃないかという思い。
自分は死神なのだ。
その考えが頭から離れない。
鉛のように重い足を引きずり、闇を好む殺し屋の習慣からか、外灯のない入り組んだ小路に入ってしまった。
どこもかしこも似たような建物が並び、道は迷路そのもの。
建物のせいで星もよく見えず方角もわからない。
目的もあるわけでもないので、ヴァンは構わず足を進め続けた。
今何時だろうか。
一日中走ったり歩いたりで頭は上手く働かず半分以上は眠っているみたいだ。
それでも長年積み上げた修練のおかげか、自分のではない足音を聞いた。
足を止め、自然とナイフがある腰のポシェットを探る。
足音は聞こえるのだが、距離感覚が掴めない。疲れているせいか、場所のせいか。
ボヤける頭で警戒心を高める。
「何が迷いこんできたと思ったら、ガキか。」
声が掛けられたのも、すぐ目の前に人が現れたのも突然だった。
瞬間移動でもしたみたいに、いきなり出現したのだ。
「腰のモンから手を放しなよ、坊主。敵じゃないさ。」
声の主は男だ。
闇夜に慣れた目でも、その人物の輪郭はよく見えなかった。
黒い髪に黒い服を全身に纏っていたからだ。
男は頭から布―フードらしきものを後ろに払う。
すると、月明かりのように妖しく美しい金色の双眸が見えた。
神秘的で、目が離せなくなるような輝きをしている。
「得体の知らないモンが近づいてきたと思ってわざわざ外出したんだが、赤い子犬だったな~。」
「・・・。」
「そう警戒しなさんなって。お前が持ってるソレ、見せてみな。」
男がヴァンの上着のポケットに指を指す。
そこには、ロベルトから受け取った精霊の核が入っていた。
この男は、核の存在に気付いたというのか。
「お前、何者だ。」
「その言葉まるっとお返ししてやりたいが、仕方ないね~。俺は占い師だよ。」
「占い?」
「お前さんがポケットに隠している何かから、嫌な感じがすんだよね~。」
ピエドラにはインチキ占い師しかいなかったが、世界には占いで未来を視たり、特殊な力を使い不可思議な現象を作り出す者がいると聞いたことがある。
ボスも、この核を壊せる奴を探せと言っていた。人間じゃ壊せないから、と。
「見せる代わりに条件がある。」
「聞こう。」
「これを、壊せるか。」
「んー。多分。」
真剣味のない、頼りない返事である。
この人物がインチキ占い師である可能性だって、精霊の回し者である可能性も出てきた。
「占い師だって証拠みせろ。」
「面倒くさいな~。」
「・・・。」
「・・・わかった、わかった。」
男は、金の双眸でヴァンを暫し見下ろした後、悲哀な色を瞳に宿した。
「お前・・・・・・死相が出てる。」
「死相?」
「お前自身のじゃない。親しい人間の死だ。今日、誰か死んだのかい?」
声の調子を落とし、哀れんで聞いてきた金瞳の男。
ヴァンは、エンリケの死に際を思い出してしまった。
胸が痛い。
男は、ヴァンの赤毛をそっと撫でた。
「そうか。逃げてきたのか。それを持ち出して。」
「・・・何で・・・知って。」
「安心しなさい。君はもう大丈夫だ。」
何が大丈夫なんだと聞きたかったが、いきなり意識が遠くなり、ヴァンはそのまま瞳を閉じた。
*
見知らぬ天井を3度も見ることになるとは。
今度は、木目の天井。
寝かされているベッドの脇に褐色肌をした黒髪で金瞳の男が座っていた。その瞳は、昨夜の男と同じだ。
暗闇でわからなかったが、男は思っていたより大分若々しい。気配で何となく中年かと思っていたが、20代半ばか後半ぐらい。男は、黒いダブダブの服から出ている腕を組んだ。
「オルトロスにいたのか。」
「・・・・・・俺、何か話したか?」
「いんや?言ったろ、占い師だって。」
「占いはそんなことまでわかんのか。」
「占いというよりは、奇術だ。寝てる間に記憶を引き抜いた。目覚めるの待って事情聞くなんて面倒だからな。」
突拍子もない事を平然と言われる。
つまり、寝ている間に個人の記憶を盗み見られたということか。
普通の人間なら気味悪がって信じないのだが、ヴァンもやや普通じゃないので、平然と返した。
「便利だな。」
その反応に、金瞳の男の方が驚いたようであった。
ヴァンの髪をガシガシと撫でてやる。乱暴に。
「おもしれーガキだなぁ、お前。」
「ヤメロっ!事情がわかってんなら話は早い。核は壊せんのか?」
「ああ、これか。」
男が布を重ねただけのような黒服の間から精霊の核と呼ばれる菱形の石を取り出した。
いつの間に取り出したのか。
というか、ヴァンは真新しい服に着替えさせられていたのにそこで気づく。
「壊せるぜ~。」
「本当か!?」
「ちょっと時間は掛るがな。オレ的にもこんな物騒なもん持ってたくないしね~。」
「助かる。」
菱形の石をまた服に仕舞いながら、男はヴァンを見た。まだ10歳前後だろうに、大人びた喋り方だ。
勝手に見た記憶には、子供には壮絶な出来事ばかりであった。
多少ひねくれていても仕方ない。
「お前、名前は?」
「記憶抜いたんだろ?」
「映像を微かに拾うだけで名前まではわからん。」
「ヴァンだ。」
「ああ、悪名高いヴァン・ダストルガってお前?おっさんかと思ってた。」
「よく言われる・・・。その名前は組織の長が勝手につけて、勝手に広めただけだ。俺は名字なんてない。」
「ただのヴァンか。いいんじゃないの?せっかくヴォルクに来たんだしな。名前は捨てるこった。」
「あんたは?」
「アウル・イル・バラム=ラウジャ・オッド。俺も家の名前やら過去の名声やらなんやら、長ったらしい名前なんだよね~。ま、短く簡易に名前だけ言うと、アウルだ。」
「ふーん。」
男、アウルは椅子から立ち上がった。
「飯持ってきてやる。」
「いや、俺はもう出ていく。」
「いいのか~?核を破壊するの確認しなくて。」
「・・・。」
「ハッハ。大人しく待ってろ。」
扉が閉まる。
改めて部屋を見渡した。一人用の質素な部屋だ。
家具はベッドと小さなタンス、机と椅子のセットだけ。
ベッドの上で、色々と思い出す。
目頭が熱くなってきたので、ヴァンは布団を頭から被って勢い良くまたベッドに潜った。
こうして生きている。
友との約束は一応守られているのだろうか。
