** 15
謎の占い師に拾われて3日経った。
占い師アウル曰く、まだ核は破壊出来ない。
なのでヴァンも、自然と彼の家に厄介になっている。
お金は一切持ってないし、行くアテも無いので助かってはいるが、流石に他人の家は居づらく、
何より、怪しさ満点とはいえ善人であるアウルと一緒にいては、また不幸に巻き込んでしまうのではないかと不安になる。
早く核の破壊を見届け出て行きたかった。
アテなどないが、住み込みの仕事を探したり、ピエドラより平和なヴォルクならばなんとかなるだろう。
そんな計画からか、ヴァンは数刻に一度アウルの仕事場を覗きに行くのがクセになっていた。
仕事場は、本業である占い道具がそこかしこに、無造作に置かれている、ゴチャゴチャした二階の部屋。
金の香具からは刺激がある匂いが常にしているし、仕事場にいるアウルは普段より神秘的に映る。
褐色の肌と、金の瞳が特にそう思わせるのかもしれない。
ヴァンが部屋に入ると、彼は煙管をくわえながらテーブルの真ん中で、変てこな機材に置かれた核を睨んでいる最中であった。
円形の土台に細長い筒が刺さり、その先端は3本のコウモリの鈎爪みたいな物がついており、その鈎爪が核を支えるように持っている。
煙管から煙を吐いたアウルが目線を外さずヴァンの視線に応える。
「催促されても、まだまだ時間がかかるぞ。」
「そもそも、どうやって壊すんだよ。その置物か?」
「ちげーよ。」
アウルはすぐ後ろにある天蓋付きの仮眠用ベッドに腰を下ろす。
「これは視覚的には人間にも確認できる代物だが、形成してる物質は人間界のもんじゃない。まずその物質情報を素数から理解して、俺様の力を溶け込ませ、存在を消失させる。」
「全然わかんない。」
「つまり、すんげー時間かかるってこと!」
難しい話はさっぱりだが、この家から離れられる日も遠くなったことだけはわかった。
気の緩みからか、明から様にため息を溢してしまう。
「厄介事を頼んでおいて勝手に失望するなんて失礼なやつだな、おい。」
「す、すまない。」
「早く出て行きたいのか。」
「そういうわけじゃ・・・。」
「居候の件なら気にすんな。これも何かの縁(えにし)だろ。」
家主に手招きされて、隣に腰かける。
「いいか、この世に偶然なんてねぇ。あらゆる出来事は起きるべくして起きる。お前の母が死んだのも、
お前がオルトロスなんかに入ったのも、必然で、決まった出来事だ。そういうのは、ちょっとした人間同士の触れ合いや、選択で決まる。」
「難しい話わかんないって。」
「だからよ、お前が俺のトコに来たのは、間違いなく運命だったんだ。なぜなら、あの核を壊せる人間はこの世界に数人しかいないし、その一人である俺様にお前は辿り着いた。此処にいて悪いなんて思ってねぇよ。」
煙管を持ってない手でヴァンの赤毛をかき回す。
「俺に核を運んだだけ。友人が死んだのも、全部予め決められた事で、お前が悲しむ理由はねぇよ。」
「・・・全部が全部、その必然とか運命とかいうののせいには出来ない。エンリケは、俺のせいで・・・。」
「死は誰かのせいで降りかかる場合もあるが―殺人とかな―、そのエンリケとやらは自分で選択した結果だろ。」
「見たのか、記憶。」
「なぁ、今はまだ無理かもしれんがな、生きると決めたなら自分を責めるのはよせ。お前みたいなガキは、食って寝て遊んでればいいんだ。いつか、生き残った意味がわかる日が来る。」
顔を上げると、金の瞳をヴァンを覗いていた。
今は、太陽の光のように生命力に溢れた輝きをしていた。
まだ頭に乗っていた武骨な手が、優しく髪を撫でた。
なんだか恥ずかしくて、むず痒くて、胸が詰まる感じがする。
「ウルはふざけた奴かと思えば真面目になったり、複雑なやつだな。」
「おい、俺様の名前を勝手に縮めるな。」
「アウルって、言いづらい。」
「ピエドラの人間は母音の発音違うんだっけか。ま、いいさ。勝手に呼べ。
―――ウルか。さすらいの占い師にはピッタリな響きな気がしてきたなぁ~。今度使うか。」
「どこでだよ。」
「ガキには内緒~。」
*
ヴァンがヴォルクにやって来て1ヶ月経ち、まだヴェルノには早いというのにやけに寒い日であった。
ヴォルクより暖かなピエドラ出身のヴァンが寒さを遠ざけるため、暖炉の前で微睡んでいた。
寒い寒いと繰り返しながらウルが来て、温めた葡萄酒をあおりながら言った。
「よし、出掛けるぞ。」
「どこに?」
行き先は告げられないままウルによって着替えさせられ、ヴァンは久々に外へ出た。
彼の式神と近場に買い物へ出掛ける時以外はウルの家に引きこもっていたので、西地区以外へ足を踏み入れるのはピエドラからヴォルクへ逃げてきたあの日以来だった。
徒歩でどこへやら向かっている間も、ずっと不安だった。またあの女の声が聞こえてくるのではないか、隣の占い師が攻撃されて死ぬのではないか―。
その不安をくみ取ったのか、ウルがヴァンの手を取った。
「ほら、あの丘に建つデッカイ家あるだろ?あれがヴォルクの統治者、ネスタ家の屋敷だよ。」
坂下から見上げるネスタの邸はとにかく広くて、ピエドラの貴族邸なんか話にならないぐらい威圧感があった。
表門ではなく、裏庭の小さな出入り口を勝手に開け、裏庭を抜けると手慣れた様子で扉を開け中に入っていく。
廊下の美しさや調度品の立派さはヴァンが生きてきて初めて目にする輝きで、夢を見ているような心地だった。
「アウル様、時間通りですな。」
「ようベックマン。エミディオは?」
「謁見の間でお待ちでございます。」
背筋がピンと伸びた初老の男性は、黒い燕尾服を纏い仕草も衣服も一糸の乱れを感じさせなかった。
ウルが連れている子供をちらと一瞥はしたものの何も言わず、案内する。
扉が開かれて通されたのは、正方形の一見何も無い部屋だった。
だが深緑を基調とした絨毯とカーテンは重々しくも気品があり、円形型絨毯の真ん中にいた男性が此方を向いた。
茶色の髪に仕立てのいいスーツを纏った、30代後半の男性。彼もまた立ち姿は美しく、双眸は力強い。
彼がネスタ家の当主なのだろうとヴァンにはすぐにわかった。ピエドラの貴族と風格が全く違う。
「その子がヴァン君かい?」
「おう。始まりそうなんで一緒に連れてきた。」
「それがいい。」
スーツの男性がヴァンに歩み寄って、目線を合わせる為に身を屈めた。
近くで見る深めの青い瞳が、宝石のようだと思った。その奥に燻る熱い炎が宝石のきらめきを複雑に仕立て上げているようであった。
全てを魅了する人は、こういう目を持っているのだろう。
「初めまして。私はエミディオ・ネスタ。ネスタ家の当主です。
君がダークの精霊核を持ち出してくれたことで、ダークの策略を見破り事前に防ぐことが出来た。感謝してもしきれない。ありがとう。」
真正面から礼を言われてどういった顔をしていいか分からず、ウルの背に隠れた。
「なんだお前、人見知りか?」
「ハッハ。可愛いね。さて、現状を聞かせてくれるかい。」
執事が部屋の隅に持ってきてくれた小さな椅子に座るようヴァンに言いつけてから、ウルも円が描かれた絨毯の中心に寄った。
「オルトロスの生き残りと街の荒くれ者達が境界付近で集結中。警備とゲントさん達自警団が見張ってるけど、まあ十中八九入ってくるだろうな。」
「ダークの姿は?」
「この1ヶ月、一度も姿を現してないらしい。」
「ふむ。精霊核を取り返しにきたのか、ヴァンくんを本気で主にしたいのか。」
「精霊は正規適合者がいた方が本来の力を出せるし、人間界の顕現も自由だ。光と闇の精霊は特に正規適合者が生まれにくいというしな。」
「だが、本当にヴァンくんは正規適合者候補なのかい?」
「いや違うだろうね。本当に適合者ならとっくに契約は成立され、ヴァンの言うことを聞く。主をたぶらかす必要もないだろ。1ヶ月も前にボイドゥ家は惨殺され、ダークの契約者ポール・ボイヤーが統治者になった。現在も好き勝手やっているらしいから、愛想を尽かして次の操り人形を手に入れたいのだろう。」
「精霊核は?」
「お前に言われた通り、レベッカちゃんとその友達に一時貸し出し中。いざとなったら呼び出して即壊せるぜ。」
絨毯の模様を見下ろしながら、当主は顎を撫でた。
「ベックマン、ダンテに連絡を。市民を地下シェルターへ急ぎ誘導し外出禁止を徹底させろ。それからゲントさん達自警団は屋敷に呼び戻してくれ。ディアナ達を守って貰いたい。ついでに宝具も狙ってくる可能性もある。人質にさせるわけにはいかないからね。」
「かしこまりました。」
それからしばらく2人は難しい話をしていた。
闇の精霊の目的が精霊核の奪還であるなら、この街の人達が必死に動いている事実にいたたまれなくなってきた。
精霊核を持ち込み巻き込んだのは自分だ。いっそ自分の身を差し出せば丸く収まるのではないか・・・。そんな気がして指先が震えてきた。
街の境界を越えるとき闇の精霊が囁いた言葉が嫌でも脳裏を過ぎる。自分は死神だ。周りを巻き込んで、皆殺してしまう。
平和で優しいこの街の人も、ピエドラのように荒らされて苦しめられてしまう。
不条理に殺され炎で焼かれた母の姿が浮かんでは消えていく。
途端、髪を撫でられた。
「お前は生きろと、友達にも言われたんだろ?じっとしているのは辛いだろうが、踏ん張れ。」
「・・・っ。」
母が死んだ時も、エンリケが死んだ時も流れなかった筈の涙が頬を流れた。
限界近くまで高まった不安と緊張の糸が、ウルの言葉で切れてしまったようだ。
優しく掛けられた言葉にうんうんと頷き、乱暴に袖で涙を拭う。
その後の事は、よく覚えていない。会話だけは耳に入った。
オルトロスはしばらくしてヴォルクに侵入。建物を壊しながらヴァンを探していたようだが、自警団の手腕とネスタ家の策でオルトロスや不良達は次々捕らえられた。
しかし、街の男の子が1人ヴァンだと勘違いされ、姿を現したダークによってさらわれそうになり、その母親がダークによって殺された。
死傷者はその1人だけに留まった。
街の被害はかなりあったようだが、最小限に抑えたとネスタ家当主は喜んでいた。
ダークはネスタ家の中に入ろうと粘ったようだが、ウルが他人に貸出していた精霊核を瞬時に移動して、ネスタ家当主が見守る前で破壊してみせた。
あれだけ頑丈だった菱形の石は、かなりあっさりと粉々に砕けて、そのまま欠片も残さず大気に溶けて消えてしまった。
ダークの顕現は解かれ、人間界から消えていくのを自警団の全員が目撃し、気配を察知出来るウルも消失を確認した。
残されたオルトロスの不良達は簡単に制圧され、当主が細く息を吐きながら肩に張っていた力を抜いた。
「終わったね。」
「すまいない・・・。もっと早く破壊していればモア・ロデは犠牲にならなかった。俺のせいだ。」
「何を言う。破壊に待ったをかけてレベッカとルチアーノくんに精霊核の研究をするよう言ったのはこの私だよ、アウル。
精霊核の研究はヴォルクにとって必要だったのだ。それに、外出禁止令を無視して外にいたのはロデ家だ。気に病むことは無い。クレイも分かってくれる。」
「宝具が無事ならそれで良し、か。さすがネスタ家当主だな。」
「私も人の親になった。1人の男として、闇の精霊がやって来たのに妻子が無事とわかって、この上なく安堵している。事後処理は任せてくれ。」
「・・・・・・帰るぞ、ヴァン。」
「うん。」
帰り際、ネスタ家の当主に何かを言われたのだが
心身共に疲れ過ぎて、頭の中に残らなかった。
