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日が落ちたのに夜の帳がやけにじらすせいで、空が紺色になるまで時間がかかった。
長細い窓は開けっぱなしでカーテンも無いので、冷えた風が室内に入ってくる。
テーブルライトのオレンジ色だけが、部屋の暗闇を拒絶している。
テーブルの上には、昼間占ったタロットカードがそのまま置かれていた。
これは世間一般的に使われている大小アルカナで占うタロットカードではなく、故郷の民が使う古代のカード。

 


「ああ見えて、受動的なのか?」


独り言が静かに落ちる。
クチナシに連れてこさせなかったら、グアルガン本部に殴り込みに行くか、ヴォルクを出てトゥーリヤに向かっていたかもしれない。そう思った。
話せば分かる子であった。頭も悪くない。ずいぶん、印象が違う。違和感が拭えないのは、何故だろうか。
一枚のカードを手に取る。占いで、過去と現状の位置に出たカードだ。
そこに描かれていたのは、糸でからまって動けなくなった顔の無い人形。それから薔薇と、白と黒の仮面。
これは、あやつり人形のカード。束縛、停滞、他者によって動けない状態を表す。
そういえば、オレの力を持ってしても幼馴染みである光の契約者の動向は掴めていない。
随分、力が弱ったもんだ。
扉にノックがあった。顔に紙を貼り付けた式神クチナシが扉を開けて入ってきた。

 

「主、申し訳ありません。表で呼ばれまして、勝手ながら、連れて参りました。」

 

クチナシは表情が一切読めない代わりに、申し訳なさからか声が子猫のようにか細くなってしまっていた。

自分の式神に続いて部屋に入ってきたのは、背が高くこの薄暗い部屋にあっても嘘のように整った顔が輝かしい青年。

 

「構わないよ。お前は辺りを警戒しておいで。」
「御意。」

 

式神が退室し、客人に目の前にある背もたれ付き木造椅子を勧めた。

 

「仕事はいいのかい?」
「お嬢様の許可は頂いております。」
「ネスタ家の執事が西地区に足を踏み入れた所を誰かに見られたら、ネスタ家の立場が悪くなって困るんじゃないのー?社交界はねちっこいだろ?」
「回りを警戒して参りました。目撃者はいないかと。これは私・・・いや、俺個人の勝手な行動です。」

 

いつもの執事服ではなく、白シャツとグレースラックスという簡単な服装でも、雑誌のモデルのようである。
柄が悪い息子と違い、座る姿勢も美しい。ネスタ家によく育てられたようだ。

 


「まずは謝罪を。アポイントもなく突然の訪問、申し訳ございません。」
「構わないよ。君ならいつでも。」
「いくつか、お伺いしたいことがあり参りました。」
「どうぞ。」

 


テーブルの上のカードを片づけて、両手を組み肘をついて向かい合う。

 


「オニキスの研究所で本と杖の複製品を見ました。五老院のコペリ家・プラチド家がかつて保持し、ダークによって力を失った宝具です。」
「わざわざ複製品を用意するとは趣味が悪いね。歴史を刻み続けるという本を失ったのは、人類にとっての損失だった。」
「数百年前の出来事のため、精霊王から預かった宝具は初めから3つであると歴史を偽りコペリ家とプラチド家の発言権は低下。それでも五老院で有り続けたのは、精霊王が信頼し直接宝具を預けた者の末裔であるからです。」
「歴史のお勉強かい?」
「残りの宝具をもつ家はネスタ家、トラエッタ家、ルシウス家。宝具を所持しているからこそ現在3家の権力は絶大です。
ですが・・・。独自調査で、ネスタ以外の宝具は当主ではなく別人が所持しているとか。本当であれば問題です。」
「真偽はともかく、無理もない話だとは思うよ?精霊王と一番親交が深かったネスタ家はともかく、宝具は人を選ぶらしいからね。」
「カフというのは、砂漠の民の中でも選ばれた術者しか到達出来ない力を得た者しかなれぬと伺いました。」
「オレが宝具を持っていると?大胆な事聞くよね~。」

 

シニカルを含んだ笑みを深くして首を傾げる。金の瞳が細められる。

 

「君たちこそ、最近の怪しい動き、オレが知らないとでも?工具店の店主に何作らせたのさ。」
「ダークに宝具を渡さぬように策を講じてるだけです。」
「ベックマンの指示か?」


機械のように感情も見せず淡々と話していた青年が、初めて言葉に詰まった様子を見せた。
ハァと深めのため息をわざとらしくこぼし、組んだ腕を解いて、テーブルの端に転がっていた煙管を手に取る。
吸ってもいいかと、一応客人に許可を取る。

 


「昔は気のいい執事長だったんだが、エミディオが死んで、ディアナちゃんが心配なあまり自分の死期を恐れたと見える。責任感が強いのはいいが、後続に託すというのもいい加減覚えて欲しいもんだよ。」

 


箱から煙草を取り出し雁首に詰めて、マッチで火を付けた。

 


「いっそディアナちゃんの体内に全部納めちまおうって腹か。いくらネスタ家の者でも、他の宝具を触れることも収納することも適わないと思うがね。オレの力を借りようとしてるならお門違いだ。8年前の結界生成でネスタ家がオレに恩がある状態だからな。これ以上貸す恩は無いよ。」


なるべく青年の肺を汚さぬように、開け放たれた窓に向かって紫煙を吐く。

 


「あなたの息子を取り戻す許可を頂きにまいりました。」
「・・・あぁ?」


気の抜けた素っ頓狂声が漏れてしまった。

 

「君も作戦は聞いてるだろう?ヴァンは生け贄としてケルベロスに置いた。アイツがケルベロスにいる限り、位置と情報がオレの所に届く。」
「はい。レベッカ様より子細伺いました。彼をもう一度餌にして、確実に街にダークを連れてまいります。」
「そんなことしなくても、ヴァンにはネスタ家宝具の奪い方について嘘情報を使えるようにレベッカちゃんが言ってある。あいつの演技が大根じゃない限り、ケルベロスは好機とばかりにヴォルクへやって来る。」
「ダークよりも、ケルベロスのボスがヴァンを欲しがっています。ヴァンを手に入れたことで満足されては困ります。二度失えば、確実にヴォルクにやって来る。今度こそ、ヴァンの帰る場所を無くすために。」

 


ウルの表情筋が固まった。余裕を崩さなかった男が見せる、初めての焦り。
リカルドの表情も声も変わらなかった。何もかも、いつも通り。
ジリと草を焼く火の音が聞こえる程に、回りの雑音が遠のいてしまったように感じる。

 

「なんで、知って―・・・まさか、君。」
「全部ではありませんが、一部分だけ情報を得ました。俺なら、ダークと対峙でき、速やかにヴァンを取り返せます。」
「ああ、そうか。結界を一部緩めたせいか・・・。すまない。いやでも、君も外に出すわけには―。」
「一発殴らせて頂きたいのです。」


再び情けない声を漏らすのをぐっと堪えたが、煙管を危うく落としかけた。
青年はいたって真面目に答えた。

 


「悲劇の主人公気取りで勝手に作戦に加わり、そして勝手に人質になった。身勝手にも程があります。前々から、回りの心情を考えようともしない所が嫌いでした。アルベルもずっとヴァンのことが気がかりなようで、実が入らぬ様子にお嬢様にまで心配させる始末。」
「それで、殴ると?」
「はい。彼には言葉でいくら言っても伝わらないようですので。」

 


煙管を指に乗せたまま、キョトンとした顔で呆けていたウルだが、やがて大声で笑い出した。
軽やかで清々しい笑みは紫煙より高いところで弾んで、部屋の中を駆けているようであった。
青年は相変わらず表情一つ変えることがなかった。

 

「はー、こんな笑ったのいつぶりだ。わかった、わかった。手を貸すよ。」


煙管の灰を灰皿に落として、椅子から立ち上がる。


「動くなら早いほうがいい。今夜、行けるかい?」
「はい。」
「用意して欲しいものもある。準備してる間に車も手配しよう。おって連絡する。」

 

椅子から腰を上げると一礼して、無表情のままリカルドは退室した。去り際まで静かなままだった。
式神に指示を出し、情報屋の配下に電話で車の手配をさせてから、煙管をまた握って部屋の奥に立った。
窓の前にある絨毯に、突如円と不思議な紋様が現れ光り出した。
不思議な紋様は発光すると体をうねらせ勝手に動き、絨毯から壁、そして窓から外に這い出て行った。

 


「これも運命かな。」


もう紫煙を吐いていない煙管を指で回しながら、窓の外で輝く星を見上げた。
その声はどこか切なく、どこか冷たかったが、誰も聞くことはなく吹き込んだ夜の風に混じって消えた。

 

 

 


 

 

 


そろそろ夜が深まる23時。
ヴォルクから隣町へ繋がる国道をリカルドが運転する小型車が走っていた。
車両保持者が少ないこの街はこの時間になるとすれ違う車はほとんど無く、あっという間に隣町のトゥーリヤに入れた。
腕時計を確認してハンドルを握り直す。


(ん?)


何か音が聞こえた気がして、バックミラーを確認する。
後部座席に詰んでいた荷物に布が被っていた。荷物は西区の情報屋ウルからこの車を借りた時から用意され乗せられていたものなので、特に確認しなかった。左手の裾から細い植物の蔦を出して、さっと布を払う。

 


「ヒィ!?」
「シャルル様っ・・・!?」


リカルドも驚いて、とりあえず車を路肩に寄せて停車させ。ハザードランプを点灯させた。
シートベルトを外して体ごと振り返る。
後部座席で荷物の間に挟まっているのは、紛れもなくロデ工具店の跡取り息子・シャルルであった。
いつもの八の字眉毛がさらに情けなく下がり、今にも泣き出しそうな情けない表情で震えている。

 


「シャルル様、どうしていらっしゃるのですか。」
「あの・・・その、ええっと・・・。」
「ずっと布に隠れていらしたのですか?気配すら感じなかった。」
「僕が隠したんだ。」


リカルドでもシャルルでもない若い男の声が聞こえた。
シャルルの隣、荷物がない別の隙間に人が突然出現した。
まるで絵本に出てくる中世の貴族が纏うような白いコートを着て、リカルドと同じぐらい整った顔、緑色の鮮やかな髪を持った若い男。

 


「ユリウス、お前今―・・・喋ったか?」
「ヴォルクを出たからかな、喋れるみたい。やあ!初めましてシャルルくん。僕、リカルドくんと契約してる緑の精霊ユリウスです。」
「え、あ・・・初め、まして。」
「待て。隠したとはどういうことだ。なぜお連れした。」
「ちち、違うんです!僕が、勝手に・・・忍び込みました。」

 


青と紫が混ざった複雑な色味の瞳が伏せられる。泣き出す一歩手前なのか、涙で濡れて街灯の光を多めに反射している。

 


「商工会の会議で、聞きました。ヴァンが、ダークにさらわれたって。それも全部、作戦だって。帰り道、ヴァンのお父さんの式神さんを見掛けて、リカルドさんが車でヴァンを助けに行くっていうから・・・。」

 


ヴァンとシャルルはミドルスクールからの友人だと聞く。友を助けるために動いたのだろうが、無謀過ぎる。


「これから向かうのはケルベロスの本拠地です。マフィアの巣窟にシャルル様をお連れするわけには参りません。引き返しますので―」
「僕も連れて行って下さい。」
「なりません。正規適合者ですらなく武器すらない貴方様を―」
「ヴァンを一発ぶん殴ってやらなきゃならないんです!!」

 

両の拳を握り前傾姿勢で叫ばれ、リカルドも動きが止まった。
先程まで震えていた少年が、一気に街の職人達のような気迫を手に入れているのだ。驚きもする。

 


「作戦のことは聞きました!またこのヴォルクを狙わせるっていうの、凄く気に入らないけど、ヴァンのお父さんがまた街を守って、今度こそダークをやっつけてくれるって言うから納得しました。けど、大人しく人質やってる根性無しを、僕がこの金槌で殴ります!」

 


作業着のポケットから取り出したのは、使い古された仕事道具である金槌。

人に対して振り回せば強力な武器になるだろうが、精霊相手に意味があるのか。
真剣な瞳を見て、肩の力を抜く。


「私も同じ事思いました。気づいたら、作戦を無視して西の統治者様の元まで足を向けていたのです。なんだか、彼のおかげで事が進むのが腹立たしくて。」
「わかります!アイツの、俺が犠牲になってます顔想像するだけで、ウザイです。絶対俺が我慢すれば皆が助かる・・・とか悦に浸ってますよ。」
「ハハ。ヴァンくんの話の時だけ、シャルルくんは饒舌になるね。」

 


ユリウスが誰よりも楽しげに笑う。反対に、シャルルは顔を真っ赤にして黙ってしまった。
精霊が主を見る。その表情は慈愛に満ちた母のような落ち着きがあった。

 


「カフは当然シャルルくんが車に忍び込んだのを分かって、黙認したんだよ。」
「何故?」
「大事な息子を思って動いてくれた、友人だからだよ。君もね、リカルドくん。」
「俺は違うが・・・。西の統治者が許したなら仕方ないか・・・。
いいですか、シャルル様。今後ヴォルクに無事戻るまでは必ず私の指示に従い、勝手な行動は控えて下さい。」
「はい!出来れば、僕にも、敬語やめて下さい。もうヴォルクは出ましたし、僕達、同い年なんですから。」

 


隣のユリウスが、嬉しそうに笑みを深めた。お節介なのは昔から変わらない。
体を前に戻して、シートベルトを締め直す。


「目的地までまだ時間があるから、寝てていいよ。シートベルトは締めてね。」
「はい、じゃなかった・・・うん!」

 


ユリウスが助手席に瞬時に移動して、ご丁寧にシートベルトを締める。
ウィンカーを出して、車が再び発車する。


「リカルドくんと声でお喋りするの本当に久しぶりだよね。」
「いつも話してるだろ。」
「頭の中ででしょ?やっぱり、ちゃんと喉を使いたいじゃない。」
「警戒怠るな。ケルベロスの索敵にもう侵入がバレてる可能性だってある。」
「そこはカフさんがうまくやってくれてる。でも、任せて。リカルドくんとシャルルくんに怪我一つさせないから。」

 


目を細め綺麗に微笑んで、胸の高さに上げた右手に細い蔦を這わせた。
優しい声音に、どこか抜け目のなさが隠れている。
さすが緑系精霊の頂点。力は四大精霊に劣らない。
車は等間隔に並ぶ街灯の明かりを受けながらトゥーリヤを西に進んでいく。
やがて緊張が解けたのか、後部座席から規則正しい寝息が聞こえてきた。

 

 

 


*  *  *


月が顔を出し、美しい庭の中程にある白く塗られた東屋が存在感を増した。
咲き誇る花々は夜であっても色を失わず、凜々しくも逞しく咲き誇っていた。


『主、確認が取れました。アンドレイニ家の出身でした。」
「そうか。」


姿の見せない式神に向けてか、独り言かもわからぬ言葉をこぼして庭を進む。
模様の描かれた石畳の道を辿り、屋敷へ続く数段の上で、夜空から舞い降りてきた天使かと見間違うほど、美しい少女が待っていた。
月の光を含んだ金の髪、夜空の星のように青く燃える瞳。
まだ十代前半だろうに、立ち姿は指先足先まで洗練され、纏う空気は主君が背負う高潔さである。

 

「初めまして、西の支配者様。」
「実は、お前さんが生まれてすぐ会ってるから、俺は初めましてじゃないんだわ。」

 


軽くお辞儀をした少女と、階段の数段下で向かい合う。


「君の執事を行かせてよかったのかい?」
「これも全て、貴方が辿った運命の糸の仕業では?」
「選んだのは彼らだ。誰が好き好んで息子とその友達を敵地なんかに送るかよ。」
「そうですわね・・・。リカルドが自分から頭を下げ私の側から離れるなど、初めてのことでございました。そろそろ、手放すころかと思っておりました。今なら、リカルドを守ってあげられますから。」
「変わらないものはない。街も、人も。」
「ええ、わかっております。母と父を失ったあの日から―・・・。」


決意に満ちた青い瞳とは反対に、ウルの金目の明かりが弱々しくなる。
どこか傷ついたように、口元が引きつった。


「すまない。オレにもやってあげられることがもっとあったかもしれないのに。」
「十分過ぎるぐらい、貴方様にはこの街にも父にも尽くして頂きました。この度の作戦も、貴方様任せに。情けない限りでございます。」
「オレもいい加減、ダークにイライラさせられるのは飽きたんで、決着つけたいと思ってた。ちょうど良いよ。」

 


袖の広い黒衣の袖を合わせて、僅かに足を開いた。
緊張しているのはこちらの方なのかもしれない。
向かい合う幼い少女の覚悟は、とっくの昔に決まっていて、あのサファイアのような大きな瞳は、空に浮かぶ月の向こう側を見ているのだ。
旧友の横顔が脳の奥から浮かび上がって、胸の奥がチリリと痛んだ。
追憶の日々と後悔が、指の間から逃げていくのがわかった。もう過去には戻れないと理解しても、どうも心が追いつかない。

 

「精霊王を起こして、なにを願うんだい?」
「精霊の、人間界からの撤退を。」
「この世界は精霊の恵みによって成り立っている。だが・・・、精霊は戦争の道具にされ悪事にも使われてきた。
いい機会なのかもしれないな。」
「精霊王がふいに目覚め、この世界の惨状を嘆き恩恵すら奪われる前に、人間は人間界に、精霊は精霊界のみで生きるようにすればよいのかと。」
「3つの宝具をどうやって集めるか・・・は、聞かなくていいか。君なら見事やってのけそうだから。
正直、エミディオは臆病なところがあったからな。娘の方が、なんだか逞しく見える。気が強く芯が通ったところは、ティナそっくりだよ。」

 


そこで少女はやっと、心底嬉しそうに微笑んだ。


 

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