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*** 10

ヴォルクの私設警備部隊グアルガンとトゥーリヤ政府、警察と合同で行われたケルベロス本部の一斉家宅捜索は無事に終了し、狂犬薬は無事没収され、組員は逮捕、順番に裁判が行われる予定だ。
全国に派遣されていた数人のメンバーも全国に指名手配された。
ケルベロスのボスは証言により死亡が確認され、事実上ケルベロスは解体となった。


そして。

国が雇う専門家の調べにより、光の適合者バジル及び水の適合者アルベルの出身と思われていたルカという村は、9年も前に廃村となっていたことが判明した。村人は全員死亡が確認されており、余所へ移住した者は確認出来ていない。
当然2人の出生届は無く、どこの誰で、どこから来たのか一切情報が掴めなかった。
ラティス国首都ミオソティスにて行われた政府官僚及び、ネスタ家を含む元老院の決定により、光の適合者バジルと水の適合者アルベル2名の国際指名手配が決定された。
世界が守るべき宝具の盗難は国家反逆レベルの重罪であると断言され、2名は世界の敵になった。

しかし、光の精霊は精霊界のトップに君臨する精霊である。
闇の精霊と同じく、光の精霊に対抗する手段は無いに等しく、元老院、そして国会でその対策と防衛策が国家の急務となっていた。
2名はかねてより念密な計画を立てネスタ家に潜入し、まだ幼い当主に近づき警戒心をゆっくり解いて近づいたとされる。
くわえて、継承者にしか触れられないと言われていた宝具を”引き抜いて”みせたトリックが波紋を広げている。
それは建国と共に築いてきた歴史と宝具の守り手である元老院を脅かす驚異の事実となっている。


残りの宝具、剣を所持するトラエッタ家、冠を所持するプラチド家は王族近衛兵も派遣され今も固く守られているが、いつ指名手配2名が襲ってくるかもしれない恐怖に震えていた。
この事実は国民全員にも知れ渡り、前代未聞の事件に世間はざわめいた。
今まで都市伝説ぐらいでしか伝わっていなかった宝具の話は、現実として広められ
宝具を集めれば古に人間と契約を果たした精霊王を起こして、何か良からぬ事を願うのではと噂されている。
陰謀論や世界終末論などと結びつけられ、不安にかられた国民が暴動を起こす騒ぎも起きたほどであった。
社会不安は伝染病のように広がったが、国王及びその一族は”葉の紋様”という精霊にしか見えない刻印があり
葉の紋様を持つ者は精霊が一切手出し出来ない神聖な存在であり、残り二つの宝具は必ず守りぬくので精霊王が目覚めることはないと、病に倒れた王に代わり王位継承第一位の王子が国民に向け異例の発表をしたことで、一応の落ち着きを得た。

 


“葉の刻印”を持つ1人である王位継承第8位のシルヴァーノ・シャロン・クレメンス王子は
王族でありながら精霊と契約している戦闘能力を評価され、3ヶ月後に執り行われる成人の儀を終えた後、
剣の宝具を受け継ぐトラエッタ家の守護につくことが発表された。

 

*    *    *

 

青柳色の林が風になびいて葉を揺らす。
重なりあう葉の海は波紋のような模様を浮かべながら、柔らかな風に身をまかせ、爽やかな葉音を奏でながら枝がやんわりとしなる。
真白の窓枠近くにテーブルを寄せて、リカルド―本名シルヴァーノ―は静かに一人紅茶を飲んでいた。
彼の小姓は仕事が早く気配りが利くだけでなく、紅茶の煎れ方も上手かった。
より深い味わいを出すためのお湯の温度、蒸らし時間など茶葉ごとにしっかり把握している。
しかも、それを主であるリカルドの体調や気分に合わせ調整出来る。
執事として生きてきた彼は、まだ十代半ばの小姓に清清しいほどにあっさり完敗してしまった。
さすが王室で雇われるだけはある。自分が中途半端な執事だったと認めざるを得ない。

5日前。
リカルドは現王の息子で、訳あってネスタが預かっていたとディアナに直接告げられた。
自分の正体がなんであれディアナに尽したいと言った。
すると、ネスタの為を思うなら王族に戻れと言われたので、主の意向に従って此処へ来た。
自分が首都にある王家の家にいることでネスタ家に優位が働くならと、喜んで贄になろうと。
しかし、ネスタ家を出たあのすぐ後、ケルベロス騒動と共にネスタ家の宝具が、寄りによって客人として迎えていたアルベルとその幼馴染み光の適合者によって奪われたと報告を聞いた時は、我が耳を疑った。
自分が王族だと言われた時よりも、現実味がなく悪い冗談だと思った。
政治の場から切り離され軟禁に近い生活をしているせいで子細は分からず仕舞い。
ディアナの身は無事らしいが、歯がゆい思いをなんとか押し殺して生活するしかなかった。
アルベルは、国際指名手配になったらしい。なんとも笑える話だ。
マナーも何もない田舎娘が、何故宝具を奪ったのか。
言葉遣いは悪かったが、愛嬌があり心根の優しい子であった。
ディアナも心を許しまるで姉妹のように一緒に暮らしていた。周りは大人ばかりで子供らしく無邪気な面をすっかり無くしてしまったと悲しんでいたところで、友人が出来て明るくなり、使用人一同喜んでいたというのに。
あの愛嬌のある笑顔も、全部警戒心を無くす演技だったのだろうか。
果たして世間知らずなあの娘に、そんな高度な演技力が備わっていたのか、はたまた疑問である。
だが、自分は現場にいなかった。一部始終を目撃していないので、現状判断が出来ない。
本当に歯がゆい。
混乱の只中であろうネスタ家に戻って恩人であるディアナを支えることさえ出来ない。
いつか戻れると心のどこかで期待していたが、このままでは正式に王族の一員だ。
王子として生きていく覚悟など一分もなく、いまだ現状を受け入れられていないというのに。
今はまだ宮内官止まりの一般人だが、成人の儀とやらを終えてしまえばヴォルクには帰れない。
あのディアナが、王族の血を引いた人間をまた執事にするとは考えずらい。
彼の記憶は7年前、ディアナに拾われたところから始まりそれ以前の記憶はないというのに。
ノックの後に、扉が開いた。

 


「シルヴァーノ様、贈り物を持ってまいりました。」


一番受け入れ難いと彼が思っている本名を呼びながら、小姓が押し車に乗せた小さなプレゼントの箱を持ってきた。
まだ儀式前だというのに、貴族や首都の関係省庁上層部、首都の商人などから毎日のように贈り物が届く。
王族とお近づきになりたいという下心丸見えのプレゼントは開ける気にもなれず、中身も見ずに売れそうなものは売りに出し買い取り金額は施設などに寄付するよう言いつけてある。
1日でも王子の部屋にあれば受け取ったことになり文句もないだろう。
窓際までやって来た小姓が、小さな箱をリカルドに差し出した。

 


「プレゼントは全部売ってくれればいいと言ったはずだけど。」
「こちらはネスタ様より届いた品でございます。ネスタ様だけは特別だとお伺いしましたので。」
「ネスタから?」

 


片手に納めるには少し足りないだけの長方形の箱を受け取る。
サイズは小さいが、手にすれば重みがずっしりと感じられた。
果たしてこの重みはお嬢様からの新たな指令か、それとも―。

 


「ありがとう。下がって。」
「はい。」

 


小姓は綺麗に一礼して退室した。
リカルドは箱をテーブルに置き、慎重にラッピングを解き、出て来た白い蓋を開けた。
中には手紙と、宝石装飾された横長の木箱が出てきた。
アンティーク調のノスタルジックな木箱に、見覚えがあった。
ネスタにやってきて何度目かの誕生日に、お嬢様から頂いた品だ。
正式な誕生日は不明だが、ディアナに拾われた日を誕生日ということにしてある。
仕着せではなく、執事が主から贈り物など恐れ多く許されないことなのだが、幼く無邪気だったお嬢様にとって、使用人は家族同然であった。
特にリカルドは兄妹のように一緒に育ってきたため、押し切られる形で結局プレゼントを頂いたのだ。
自室の机の中に仕舞っておいた数少ない宝物だったが、わざわざ包装して届け返した真意に胸がざわつく。
まさか、もう私物は全て処分されてしまい、この木箱だけ丁寧に送ってくれたのだとしたら、本格的にお前は無関係の他人だと胸を押し返された気分になる。
蓋を開く。
すぐに、軽やかで優しい音色が奏でられた。
箱の正体はオルゴールだった。中にある金属のシリンダーが回転しピンが弾かれる。
曲は、国民のほとんどが知っているであろう子守唄の定番。

 


「翠のゆりかご・・・。」

 


静かに呟く。
オルゴール特有の軽快ではっきりした音と、重なる優しいハーモニーに耳を済ますと、頭の中で沸き上がるものがあった。
蕾が花びらを広げるように、それは手を伸ばし、頭の中に、胸の中に広がった。
それは、彼の失われていた記憶だった。
数日前から徐々に彼の元に帰ってきており、オルゴールの音色が仕上げとばかりに、残りの鮮やかで目映い光景を差し出してくるようであった。
オルゴールの和音に身を任せるように、リカルドは目を閉じた。

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