*** 12
翌日も朝から少年は昨日と同じ部屋に連れてこられていた。
其処は来客をもてなす時のみ使う食堂で、白百合の間という名前らしかった。
今日は当主エミディオと、知らぬ顔が3つ並び少年を囲んでいる。
「すまねぇです、旦那様。市民総動員で調べましたが、迷子や失踪者は一人も見付かりませんでした。」
一人は筋肉隆々でかなりガタイのいい年配の男性。髪にも髭にも白いものが混ざってはいるが、立ち姿もビシッとしている。
いかにも平伏した口調を使ってはいるが、表情には威厳も風格も乗っている。
「ヴォルクの子じゃないようだな。ピエドラ辺りから流れてきたんじゃないか?」
「今ピエドラの境界警備は厳重で亡命も難しいはずよ、お父様。内乱は鎮圧され政府介入が上手くいったとか。」
焼けた肌にストライプの入った紺スーツをまとう男性の言葉に、傍らにいた娘と思われる銀渕眼鏡をかけた若い女性が応える。
女性の髪はきっちりまとめられているが、とても綺麗な金の髪をしていた。
父親の男性は、茶色の髪であったが、スーツを纏っていても首や二の腕の太さは隠せず、元軍人と言われても信じてしまいそうな立派な体躯である。
ズボンのポケットに手を入れながらうつ向き加減の少年を見下ろした。
「まだ10歳前後といった所か。心を無すほどの経験をしたんだ。素性を調べずこのまま預かっていればいいじゃないか、兄さん。」
「本人が望むなら大歓迎だけどね、ダンテ。事情ぐらい把握しとおかないと。」
「そうよ。ケルベロスかダークが関与してたら大変だわ。」
「なんだ、レベッカまで反対か。」
「私達はネスタの影。ネスタを守ることを最優先に考えなければいけませんわ。」
「ハハハ。ダンテ、お前の隠居は早そうだな。」
「俺を引退させようとしないでくれよ、兄さん。」
当主が年配の男性に顔を向けた。
「ゲント、街の組員に警戒だけはしておくよう伝えてくれ。子供を探す不審者は特に。それから、レベッカちゃんの調べによると、またケルベロスの組員が観光客を装ってヴォルクに入ったらしい。」
「承知いたしました。」
「俺の方も監視してるけど、何かあったら俺の方からも連絡するぜ。」
「お待ちしております、ダンテ様。」
「おいおい、俺には敬称いらないって。次男だ。」
「ヴォルクにとって大事なお方には変わりませんから。では、自分はこれにて。」
「漁に出た船が帰ってくる時間かしら。」
「流石にございますな、レベッカ様。」
人懐っこい優しい笑みを向けてから、一礼してゲントは白百合の間を出ていった。
「流石、はこっちの台詞だよな。騎士の家系は見た目と違って礼儀正しい。」
「お父様は誠実そうな見た目のわりにズボラ過ぎますからね。」
「相変わらず手厳しい娘だなぁ・・・。」
弟と姪のやり取りを微笑ましく見ていた当主だが、表情を引き締めた。
「レベッカ、ケルベロスの動向はどうだい。」
「変りありません。ですが一つ判明したのは、彼等が拠点としているトゥーリヤの土地は、ピエドラ内乱を引き起こしボイドゥ家から実権を奪い取ったポール・ボイヤーが契約、買い上げたのですが、そのままケルベロスに譲渡していた様です。時期は不明。」
「たしか去年、オルトロスってギャングがケルベロスと名を改めたんだったよな?ボスは死亡したって報告あったが、今は誰が継いだんだか判明したのか?」
「アウルの息子の話だと、次男のジェットという男じゃないかと。今内部を調べて貰っている。」
「去年大量に捕まえた悪党共も多額の保釈金が納められ釈放されたって話もある。ボイヤーは何を企んでいるんだか。」
「ダークが悪党を手足にして何か悪さを働こうとしているのではないかしら。」
「せっかく去年のダーク襲来は防いだってのに、また隣街に居座られたら気が気じゃないよな。」
エミディオは切なげな瞳を弟に向けた。
その視線の意図するところに気づき、輝く白い歯をむき出しにして笑った。
「大丈夫だって、兄さん。体は問題ないから。」
「そうか・・・。」
「そうですよおじ様。この年で油っこいものを好む不摂生を叱って下さいまし。」
「こらレベッカ・・・!って、ガキの前でする話じゃなかったな。」
「ああ、そうだったね。変な話を聞かせてしまったね。」
エミディオは少年に向き直り、相変わらず微動谷しない少年の髪を撫でてやる。
「じゃ、坊主の顔も確認したし、俺達も探してみるよ。」
「すまないね。二人とも、只でさえネスタを守るために忙しいのに。」
「いいんだよ。分家は兄さんの為にあるんだ。好きに使ってくれ。」
「そうだ、レベッカ。ディアナに顔だけ見せてやってくれるかい?最近従姉妹と遊べなくてヘソを曲げていてね。大学が忙しいと説明したんだが・・・。」
「喜んで、おじ様。」
弟と姪が退室すると、またすぐ扉が開いた。
「ダンテのやつ、また太ったんじゃね?」
「廊下で行き違ったかい?ダンテは骨が太いだけさ。今は姪っ子が体調管理してるからね。」
入ってきたのは、昨日の黒衣のもじゃもじゃ髪の男―アウルだった。
すたすたとテーブルの方までやって来たところで、エミディオは彼の後ろにぴったりくっついている人影に気付いた。
燃えるような赤い髪をした子供だ。
「おや、ヴァン君を連れてきてくれたのかい?」
「ホラ、ヴァン、挨拶しろ。」
父親に頭を軽く小突かれ、上衣を握りしめていた赤髪の少年が、のそのそと顔を覗かせた。
「こ、こんばんは。」
「バカ。今は昼前だ。」
「アハハ。久しぶりだね、ヴァン君。」
「すまねぇな。例の一件以来すっかり人見知りでさ。」
「どういう風の吹き回しだい?どんなに頼んでもヴァン君連れてきてくれなかったのに。」
「ああ、ガキにはガキをってな。ヴァン。その子と遊んでこい。」
腰辺りにくっついている息子を無理矢理剥がし、背中を押して椅子に座る少年に近付ける。
「い、いや・・・聞いてねぇよ!」
「新しい友達作るチャンスだろうが。ちょっとばかし無口な子だが、面倒みてやるんだぞ。」
「はあっ?!」
「エミディオ、裏庭貸せ。嬢ちゃんからも見えない絶好の遊び場だ。」
「もちろん。」
「ほら、そこの扉から外に出れっから、庭で遊んでこい。ただし、敷地内からは出るなよ。」
突然のムチャ振りに困惑して顔を赤くする少年は、父と椅子に座る初対面の少年を交互に見る。
いきなり遊んでこいと言われても困るし、少年は先ほどから指先一つ動かさない。
目を開けたまま寝てるのではないかと疑ったが、ちゃんと瞬きはしていた。
いきなり見知らぬ子とどう接したらいいかわからず救いの目を向けるも、野良猫を払うしっしという仕草をされ、さらに目に見えないプレッシャーを感じ、仕方なく赤髪の少年は見知らぬ少年の手首を掴んだ。
「行くぞ。」
椅子に大人しく座っていた少年は、手を引かれるまま椅子から降り、二人はガラス窓の脇にある扉から庭に入った。
屋敷を離れ、庭というよりちょっとした林になっている木立を辿る。
見知らぬ少年を連れてきたはいいが、何を話しどう遊べばいいかわからない。そもそもこの庭だって入るのは始めてだ。
というか、生まれてこの方友達が2人しか出来たことはないし、どちらも向こうから歩み寄ってくれたので、ヴァンには術がわからなかった。おまけに連れてきた少年は人形のように無反応。
目の焦点すら合ってない。
とりあえず、木立の先にあった芝生に腰を落ち着ける。
一昨日はかなり雨が降っていたが、此処は水はけがかなりいいのか芝生はすっかり乾いていた。
ヴァンは腰を下ろすも、無口な少年は立ったまま動かない。
「どうした。座れよ。」
声をかけると案外素直に座った。
一挙手にビクビクしながら、次の言葉を探す。
「えっと、どうしたら。・・・あ、まず名前か。俺はヴァン。お前の名前は?」
「・・・。」
「名前だよ。あるだろ?」
「・・・シルヴァーノ。」
あ、喋った。
ずっと黙ってたわりに、しっかりとした声に関心しながら、まじまじと観察する。
日焼けした自分と違い、肌は白くきめ細かい。
新緑の緑よりも、この芝生よりも鮮やかな緑色の髪、同じく緑色の瞳。
顔立ちはかなり整っているので絵画や彫刻作品のように、どこか浮世離れしていた。
この子も貴族の血筋なのだろうか。
ヴァンは改めて庭を見渡した。
庭というよりちょっとした植物園のようだった。
色とりどりの花は種類が沢山あり、木も草も植えられている。
裏庭に位置するそこで座っていると、木々によって建物から隠されてしまうため、先程の食堂にいる筈の大人達からは姿を隠せている。まるで秘密基地にいる気分だ。
父親からネスタについて色々話は聞いていたが、貴族という人種はやはり自分の常識とはかけ離れた規模の財力で、ばかデカいテリトリーを持ちたがるようだ。
さて、遊ぶといってもどうしたらいいのだろうか。
ヴォルクに来るまで同世代の子供と遊んだことは皆無であり、ナイフを振り回したり体術を習ったりした経験しかない。
あとは本を読んだり文字を習ったり。庭で遊ぶスキルが自分には全くないことにそこで気づく。
「なぁ、お前、やりたいこととかある?」
「・・・。」
「なぁって。おい・・・。」
余りの反応の無さにちょっとイラだってきた時、突然少年が立ち上がった。
いきなりの行動にヴァンがビックリして、体を魚みたいに跳ねさせた。
「急に動くなよ!」
今まで微動だにしなかったくせに、少年は首を忙しなく左右に回して辺りを探りだすと、林の中へ入っていってしまった。
「ちょ、待てって!」
面倒見てやれと父親に言われた手前、ヴァンも慌てて林に入る。
背の低い木立であるため、少年達を覆い隠すには十分な高さで、青々とした葉群が頭上で茂っている。
前を行く少年は段々とスピードを上げていき、ヴァンは葉っぱをかきわけて見失わないように進むのが精一杯だった。
木立が終わると、この屋敷をぐるりと取り囲む黒い柵が並んでいた。ヴァンより背が高く。よじ登って不法侵入が出来ないように、先端に鋭利なものが付けられている。
柵の前で、シルヴァーノが立ち止まった。
「おいお前。急にどうし―。」
ヴァンの耳に、唄が届いてきた。
女性が歌っている。
セイレーンのように人を引きつけるような清く透き通る声で、心を直接振動させられるような芯のある響きであった。
曲名をヴァンは知らないし、聞いたこともなかった。
シルヴァーノ少年は、この声を聞いて猛進してきたのだろう。
黒い柵の向こう側で、女性が歌っていた。
少年はなんの迷いもなく、唄に引き寄せられるかのように女性に近付いていく。
足音に気付いたからか、唄が終わったからか、女性はこちらを向いた。
柵越しでもわかるぐらい、綺麗な人だった。
長い黒髪に、白い肌。瞳は大きく美しい、すっと通った鼻筋に、形の整った唇。とても美しいのだが、色濃い疲労が美しさに影を落としていた。
身につけている上品な服の胸元には、浅の黒紐に繋がれた黒石のネックレスぶら下がっていて、なんだか不釣り合いに見えた。
「無事だったのねシルヴァーノ。」
女性は少年の名を呼び、柵に両手をついた。
「さあ、もっとこっちに来て、顔を見せて頂戴。」
シルヴァーノは柵に顔をつける勢いで近付いた。
女性が柵の細い隙間に手をを伸ばし、シルヴァーノの頬を撫でた。
「いきなり置いていったりしてごめんなさいね。」
ヴァンは数歩後ろから成り行きを見守っていた。
不審者だったら引き離そうかと思ったが、二つの顔は、そっくりであった。
「母さん、お前と離れなきゃいけなくなったの。ごめんなさい。一緒にはいられないけど、ずっとお前を愛しているわ。寂しくなったら、あの唄を思い出して。いつだってお前を想っているから。」
シルヴァーノは反応しなかった。
女性はもっと触ろうと手を伸ばしたが、柵の隙間は細く手の平が精一杯であった。
もどかしさが動作で伝わってくるが、僅かに触れられる指に思いをこめた。
「さあ、シルヴァーノ。もう授業は終わりです。先生達ともさよならしたから、好きに喋っても大丈夫よ。」
「終わり・・・。」
「そう。もう解放されたの。命令も聞かなくていいのよ。貴方は自由になったの。」
「・・・お母、さん・・・。」
シルヴァーノが目線を上げ、柵の間へ腕を伸ばした。
細い子供の腕は柵の合間を抜けることができ、女性は息子の手を強く握った。
「お母さん・・・、僕も連れてって。」
「ああ、出来る事なら一緒にいたい。でもダメなの。一緒にいると狙われる。だから、此処で預かってもらいなさい。これも巡り合わせ。いつか全てが落ち着いたら、会いに来るから。」
「お母さん。」
「元気でね、シルヴァーノ。」
息子の手にキスを落として、女性は柵から遠ざかりあっという間に姿を消してしまった。
しばらく柵の向こうを見つめていた少年だが、やがてノロノロと踵を返した。
「今の、お前のお母さん?」
「うん。」
「よくわかんねぇけど・・・。良かったな、自由だってよ。」
うつ向いていた少年だが、先程の虚ろな瞳とは全然異なっていることに気づく。
先程はなんの感情も持たない人形みたいだったが、今は、凄く悲しそうだった。
「ヴァン、君。」
「ヴァンでいいよ。」
「自由って、なに。」
「えっ。あー・・・。」
雰囲気でなんとなくしか分からぬ単語の意味を問われても、ひらがなしか書けない自分に説明できるわけがない。
だがしかし、自分もつい最近自由にしてもらったばかりだ。
暗い世界から、明るい場所へと。
「つまりアレだ、やりたくない事をやらなくていいってことだよ。」
吹いてもいない風が吹き抜けたような、そんな衝撃を受けてシルヴァーノは目を見開いた。
虚ろだった瞳に光が、色味が蘇る。
「僕・・・もう命令きかなくていいんだ・・・。」
「みたいだな。お前のお母さんがそう言ってたし。」
「そっか。じゃあ――」
少年はいきなりヴァンの手を取って、周りの木々を輝かせる陽光を吸収したみたいな、キラキラした瞳を向けた。
「僕と友達になって。」
「へ?!・・・あ、うん。いい、けど。」
「ありがとう。僕、友達作るのが夢で。」
夢にするような行為じゃないと思うのだが――。
と、ヴァンはいきなり元気になった少年に圧倒されていた。
無表情は変わらないのに、目の輝きがまるで違う。
生き返ったというか、太陽のような強いエネルギーに溢れている。
「とりあえず・・・。戻るか。お前の母さん来たって知らせた方がいい、と思う。」
「うん。」
二人は手を繋いだまま庭を抜け屋敷の中に戻った。
昔受けた教育により一度通った道は忘れないヴァンは、すんなり庭から白百合の間に入る。
父親とエミディオはテーブルに着き、片方は紅茶を傾け、片方は煙管を蒸かしていた。
「なんだ、もう戻ってきたのか。」
「二人もこっちへおいで。おやつにしよう。」
「うん。ねぇ、ウル。」
「どした。」
「シルヴァーノの母親が来た。」
「シルヴァーノ?誰だそりゃ。」
「誰って、コイツだよ。」
自分の隣に並ぶ友人を指差す。
同時、大人二人が驚きの表情で体ごとヴァンに向いた。
「名前、喋ったのかい!?」
「え、あ、うん・・・。シルヴァーノ、って・・・。」
「てか今母親って言った!?」
凄い切迫した形相を向けられシルヴァーノがヴァンの後ろに隠れた。
隠れたいのは俺の方なんだけど・・・、と心中で突っ込みながら先ほど起きた出来事を事細かく説明する。
これまた昔受けた教育により、会話はほぼ正確に覚えているのだ。
ヴァンの話を聞いた当主はすぐ執事を呼んだ。
「ダンテとゲントに連絡しこれから言うことを伝えてくれ。アウル、」
「はいよ!」
既に椅子を立ち息子の脇まで来てたウルは、息子の頭に手を置き瞳を閉じる。
「長い黒髪、年は20代半ばか後半。身長160辺りで白を基調にしたワンピースと灰色のカーディガン。左目に泣きぼくろ。首に麻紐のネックレス。こりゃ黒曜石か?」
「聞いたな。今の特徴を全て伝え、この女性を探すよう指示をしてくれ。」
「かしこまりました。」
家令である老執事は丁寧にお辞儀をして退室した。
椅子から離れたエミディオもアウルの隣に並び、ヴァンの後ろに隠れる少年と目線を合わせるためしゃがむ。
「やっと名前を教えてくれたね。フルネーム、教えてくれるかい?」
「・・・。」
ヴァンが首だけ振り返ると、庭に居た時の目の輝きが消えてしまい、今まで通りの人形みたいな目に戻ってしまっているのに気付く。
ただ、ヴァンにはくっついたまま。
「アウルの言う通り、同世代の友人には心を開いたようだ。」
「ヴァン、頼む。」
「うん・・・。シルヴァーノ、名前教えろ。ファミリーネームあるか?」
シルヴァーノ少年はちらりと友人の目を覗いてから、ボソボソと名乗った。
「・・・シルヴァーノ・シャロン・クレメンス。」
「っ!?」
大人二人が、先ほどの倍驚いた顔をして息を詰まらせた。
シルヴァーノを凝視する目は、まるで信じられないものでも見てしまったかのようである。
「クレメンス・・・だと?」
「じゃあコイツは・・・。王宮から逃げ出したっていうのか。」
少年はただ、焦点があっているのかすら分からぬ虚ろな目を伏せながら、友人の後ろに立っているだけだった。
