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*** 13

古代ラティス帝国建立以前の時代から存在していた一族・クレメンス王家。
帝国時代も、王政が崩れた現在にあっても多大な影響力を与える由緒正しき王家である。
だがしかし、気高いクレメンス家による君主制から民主主義へと変わったのが60年前。
原因は当時の王が狂気に触れたからとされていたが、本当の原因は、精霊ダークの悪戯だった。
当時ダークの適合者はいない状態だったにも関わらず人間界に降りた彼女は、賢王とさえ崇められ慕われていた王様の心を乱すため、悪の種を撒いていった。
種はすぐに芽吹いた。
種とは悪意、嫉妬、妬みなど人間なら誰しもが持つ負の感情を、増殖させる栄養剤のようなものである。
悪意は悪意を育て、ダークは最初のキッカケしか作っていないのに、悪意は瞬く間に王宮内に根を張り、
潔白で気高い王族の内側は、裏切りや暗殺、妬みと陰謀が渦巻くドロドロと悪質な環境になってしまった。
それは民主主義に移行し実質的に王族の政治的影響力が無くなった今も続いていると聞く。

 


エミディオは使用人達にお茶とおやつを用意させていた。
普段は客人を招く為に使われる白百合の間のテーブルには、いくつものスイーツや軽食が並んでいた。
ヴァンは皿に5個も6個もケーキやスコーンを乗せ、テーブルの下で足をバタバタさせながら上機嫌に口に運んでいた。

 


「知らなかった・・・。ウチの息子ケーキ好きだったとは。そういえば買ってやったことなかったな・・・。これからは定期的に―」
「アウル。親バカ発揮するのは後にして。」
「ヘイヘイ。」

 


ヴァンの隣で、上品にサンドイッチを食べるシルヴァーノに視線を戻し、小声で話し始める。

 


「ディアナちゃん、王子様拾ってくるとは、玉の輿じゃねぇか。」
「そんな平和な話ならよかったけどね。第8王子は現王が一番可愛がってるって話を聞いたことがある。」
「だから陰湿な嫌がらせが多発して、母親が息子連れて逃げ出したってわけか。」
「問題は、一国の王子が逃げ出したってのに通達が何もない。」
「俺もそんな情報掴んでねぇな。ま、俺様はヴォルク専門だがよ。ヴァン、もう少し話聞いてくれよ。」
「今忙しい。」
「あっそ。」

 


シルヴァーノ王子は相変わらず無口で、大人に心を開いてくれずにいる。
ヴァンの問いには応えるのだが、肝心な部分は知らないか、無回答。
唯一わかったのは、母親が彼を連れて逃げ出したが途中で追っ手に捕まりそうになり別々になってしまったこと。
幸いなことに、もうヴォルクの街に入っていたことで元老院の一角であるネスタに睨まれたくないのか―はどうかはわからないが、追っ手から逃れ運良くネスタ家の娘に拾われ保護されたらしい。


「身分がわかっただけ進歩かな。あとはこっちで調べてみようか。」
「送り返さなくていいのかよ。王子匿ってるなんて知れたら、いくらネスタでもお咎め受けるぞ。」
「アウルが心配してくれるなんて光栄だね。」
「心配はしてねぇよ・・・。」
「私は王子だなんて知らなかった。迷子を保護しただけさ。当の本人が無口なんだから、問題ないだろ。」
「問題だらけだろ。そんな言い分、通用すっかよ。」

 


サンドイッチを食べ終えたシルヴァーノが、横にいるヴァンの頬についたクリームをナプキンで拭ってあげた。

 


「サンキュー。」
「お前、少しは王子様見習って品良く食えよ。」
「フン。てか、こいつ王子なの?」
「そう。内緒だぞ。」
「王子と貴族ってどっちが偉い?」
「断然王子。」


彼の故郷ピエドラは貴族が権力を牛耳っていたので、偉さの基準はそこらしい。
またフォークを動かし始めた息子を横目に見ながらアウルが紫煙を吐き出すと、王子が此方を向いてることに気づく。
初めて目が合ってる状況に、流石のアウルも気分が落ち着かなくなる。
睨んでいるわけではないらしいが、品定するような、じっとりとした視線は鷹に上空から狙われてる気分になる。
ケーキ3つめに取り掛かったヴァンが。友人の異変に気づく。

 


「シルヴァーノ、どうした。」
「君のお父さん、“冠”を持ってる。」


アウルは煙管を落としそうになった。
頭の中で鳴り響く警鐘を押さえ込み、息子の前で強い警戒心を剥き出しにさせないよう気をつけながら、用心深く問いかける。

 


「何故わかった。」
「・・・。」
「この事実は長老とエミディオしか知らないはずだ。」
「シルヴァーノ、答えてやってよ。俺の父親とこの人は大丈夫だから。」


ヴァンの言葉に頷き、王子は再びアウルを見る。

 


「僕には、視えるんです。」
「宝具をか?」
「はい。」
「まさか、王族の人間はみんな見えるのかい?」

 


シルヴァーノは小さく首を横に降った。

 


「今は僕だけ、だと思います。僕は生まれてすぐ、“賢王の目”に目覚めたって、母さんが言ってて・・・。内緒にしなさいって・・・。」

 


話ながら、母の言いつけを破っていることに気付いたらしく、段々と頭をうつ向かせる。

 


「気にすんなよ。お前もう自由なんだし、話しても平気だって。せっかくだから知ってることとか言いたいこと、全部ぶちまけちまえ。」
「・・・わかった。」
「偉そうだがよく言った。好きなだけ食えヴァン。」
「おう!」


シルヴァーノの頭がまた持ち上がったのを見て、アウルがケーキが乗ったトレイを息子側に押してやる。

 


「賢王っていうのは、先々代の王だね。君のひいお祖父さんにあたる人だ。」
「はい。賢王は・・・えっと、宝具が見える目を持ってる人の呼び名みたいなもので・・・。たまに、そういう目を持った王子が生まれる、らしくて。それを闇の精霊に狙われて・・・。それで・・・。」
「ゆっくりでいいよ。」
「目の存在が、闇の精霊にバレたら大変だから、秘密にしてたんですけど、逃げた夜に見つかっちゃって、ずっと、影に追われてたんです。」
「ダークに?」


上機嫌でケーキを食べていたヴァンの手が止まった。
顔色がどんどん悪くなり、口に残ったケーキを紅茶を流し込む。
ヴァンの前に座るアウルが息子に優しく言葉をかけてやる。

 


「心配すんなヴァン。オレ様がいる限りダークは街に入れない。」
「あの・・・。」
「ああ、すまない。そいつダーク恐怖症なの。気にせず続けてくれ。」

 


赤髪の少年の肩が微かに震えてるのを見て、シルヴァーノまで不安になってしまう。
それを表情から読み取ったエミディオがすかさず話す。

 


「ダークは去年の春にこの街を襲ったことがあるんだ。ヴァンくんも狙われてね。」
「彼は冠を持ってません。」
「ダークがヴァンくんを狙ってたんだ。色々因縁があって。」
「・・・冠も鍵もあるから、街が狙われたんですか?」
「私が“鍵”を持っているのも見えたかい?」

 


少年はコクリと頷く。


「それと・・・、足元に“レヌス王の心臓”が見えました。」


エミディオとアウルが目を合わせた。


「驚いた・・・。アレの存在まで見えるのか。」
「雨の日、歩いてるときに、なんとなく見えました。“心臓”は細かくなってて・・・。」
「ああ。分子化してヴォルクの地脈と融合させた。これも鍵を守る為の策だ。」
「あの、でも・・・。僕と母さんを追ってきていた影は、精霊の残思だって、母さんが言ってました。王宮にいた使い魔みたいなのが、追ってきたって。精霊は“葉の刻印”には手を出せないから、何もしてこなかったけど。」
「葉の刻印?」
「王族血縁者にある、タトゥーみたいなもので、精霊には見えるらしいです。僕にも見えません。」
「闇の使い魔が君たち親子を追いかけたけど、直接手が出せないから諦めたのか?わざわざ追ってくるなんて非効率に感じるけど。行き先ぐらいは把握したかったのかな。」
「直接には、攻撃できないだけで、僕のお兄さん達は、毒殺されたなんて噂があります。本当はダークが裏で手を引いてたって、ユース様が言ってました。」

 


落ち着いたらしいヴァンが紅茶をチビチビ飲みながら、口にクッキーを放り込むのを横から見て、王子はホッと胸を撫で下ろす。


「第一王子だったね、ユース様は。」
「はい。一番上のお兄さんです。お母さん以外だと、ユース様が唯一僕に優しくしてくれて、色々お話してくれました。とても、いい方で・・・。」

 


俯いてしまった王子の中に、渦巻く想いが駆け巡っている。そんな気がした。
王族内部は今ドロドロの増悪の巣だと聞く。喋れなくなるぐらい辛い目にも沢山あったのだろう。

 


「色々聞きすぎて疲れちゃったね。」
「ごめんなさい・・・。あまり話すの、得意じゃないんです。先生達には、無駄話は禁止されてたし・・・。」
「いいんだ。こうやって話をしてくれただけ嬉しいよ。とにかく、まずはお母さんを探そう。事が落ち着くまで我がネスタ家が責任持って預かるから。」
「・・・・・・ありがとう、ございます。」

 


お礼の言葉は、すっかり気落ちして大人しくなってしまったヴァンの横顔を見つめながら放たれた。
今は王宮には帰りたくないだろうし、初めて出来た友達が気になって仕方ないみたいだ。
新しいカードを手に入れた確信と、しばらく手放してはいけないという使命感で、エミディオの胸は満ちていた。
決してダークに、この王子を渡してはならない。そう思った。

 

 

 


「いや~。参ったねコリャ。」
「全然参った顔してねぇぞ、魔術師。」
「占い師だっての。」


第一会議室は、ネスタ家で最も重要で、最も防御性が高い部屋であった。
窓は防弾ガラス、壁は盗聴されぬよう防音素材が何重にも埋められており、四隅には精霊が入れぬようお札が埋め込まれている。
真夜中近くになってから、エミディオ、アウル、そしてネスタの分家でありエミディオの弟ダンテが集まっていた。

 


「王子様はどうした?」
「ウチのガキと一緒に寝てる。」
「お前んとこのヤンチャ坊主と一緒で大丈夫かよ。ギャング育ちだろ。」
「今のヴァンは子兎並に大人しいっつーの!」
「それに、王子がヴァン君にしか心を開いてくれなくてね。ディアナですらおっかなびっくりだ。まぁ、年下の女の子との接し方がわからないというのが一番だろうけど。」
「拾ってきたのはディアナだっていうのにな。」

 


執事すらこの部屋に入ることを許されないので、エミディオは自分で紅茶をカップに注ぐ。
本当はワインが好ましいが、この時間に飲酒をしたら目ざとい娘にまた怒られる。

 


「さて、報告会議といこうか。」

 


ダンテが表情を引き締めまず話し出した。


「王子の母親は結局捕まえられなかったが、情報は集めた。
名前はラビィ。一般の家出身でただの洗濯係だったが、現王に見惚れられ側室になりシルヴァーノ王子を産んだ。
現王のお気に入りな上に一般人とあって、王宮ではかなりいじめられていたみたいだが、当初シルヴァーノ王子の王位継承順は19番とかなり低かったため、それなりに平和に生活していた。
が、数ヶ月前。
継承順上位である王子や王の兄弟が次々毒を盛られ殺される事件が起き、継承順位が8位にまで繰り上がってしまった。それからシルヴァーノ王子への虐待はエスカレート。
ついに暗殺未遂事件まで起きたんで、逃げ出したんだと思う。ちなみに、シルヴァーノ王子暗殺を企ててたのは、ユース王子だっていう噂まである。」

 


穏やかなエミディオの雰囲気が一気に険しくなった。


「そんなことしなくても、ユース王子は継承第1位だろ。民衆からの指示も高いらしいじゃねぇか。」
「ああ。孤児院の援助だとか、貧民層でも医療受けさせる為に活動したり、王族ながら政治家みたいなアピールしまくって支持率上昇中。まだ28歳でかなりの美貌の持ち主ってんだから、もはや人気は不動だな。」
「人気もあり、王位継承一位でありながら、暗殺を企ててどうする。それに、あの王子様もユース王子には懐いているみたいなこと言っていたろ。」


アウルがいつの間にか火をつけていた煙管から紫煙を吐き出す。


「ユース王子の評判落とす為誰かが仕組んだ罠か、本当にユース王子が裏で糸を引いているか・・・。まだ判断はつかないな。」
「ダークの手引きという可能性もあるぞ、兄さん。ダークが王宮内を掻き回してるって話は本当だったんだ。」
「王子の話じゃ、ダークの分身とやらが人の憎悪や妬みを増長させてるらしいじゃない。王都は今やドロドロした闇の餌場だ。」
「清く気高いクレメンス家を堕落させたのもダークとは・・・。やはり去年なんとしてでも精霊王を起こすべきだった。」
「宝具が揃わなかったんだ。仕方ねぇよ。文句は反対姿勢を貫いたコペリに言え。」
「まぁいい。今はシルヴァーノ王子だ。」

 


テーブルに肘をつき指を組んだエミディオの顔は、厳格な当主の顔だった。
普段彼は穏やかで物腰柔らかい父親なのだが、当主の顔になると無惨な命令だろうが冷酷な罰だろうが、利益と目的のためなら下せるし、判断力と、見方によっては残忍性も持っている。
そのカリスマ性が人を引き寄せるのだろう。
アウルが肺まで届く煙をゆっくり吐きだした。


「どーすんの。」
「とりあえず母親を探すしかあるまい。母親の方が詳しい話を知っていそうだしな。」
「ダーク退治の切札にでもするのか、兄さん。」
「王子がこの街にきて、ディアナが連れてきたのも必然だろう。宝具が見える目の存在も知れたし、王宮内の切迫した現状も痛感出来た。元老院の一角であるネスタが。ダークから王をお救いして差し上げねば。」

 


アウルは横目で、鋭く、そして妖しく光るエミディオの瞳を見た。
獲物を狙う猛獣の、油断も隙もないあの姿勢と同じ。
命を狩る疑問など甚だ持ち合わせていない、気高い気迫。


「王室にはまだナイショにすんのか?」
「王子が帰還を望んでいないんだ。此処にいてもらえばいい。」
「わー。お前惚れ惚れするほど汚い大人だな。保護してるとみせかけ、実は捕虜にしましたってか。」
「そういう見方もあるがね。悪の巣窟と化した今の王都には返せないよ。」
「賢王の目とやらを手に入れたいだけなんじゃないの~?」
「兄さんを侮辱するな、魔術師。」
「占い師だっての。何度このツッコミさせんだよ!」

 

腕組みを解いて、ダンテは紅茶を飲んだ。

 


「そもそもだ。宝具ってのは精霊王がレヌス王の友人達に贈った友好の証であり、王の末裔を守るという誓いの現れだ。守られる側の王族が宝具を見分ける目を持ってどうなる?意味ないじゃないか。」
「制約書の改訂と破棄は宝具を集めた者だけが可能だと聞く。初代レヌス王の血筋にも権利を与えるためか、宝具の不正利用を防ぐための監視装置、とかか?」
「なら賢王の目は何故必ず現れない?現王は持ってないと王子は言ってたぞ。」
「宝具が揃う運命にある年代に、必然的に現れるんじゃないかな。」
「ハッハ。ずいぶんとロマンチックな話だな。未来が確定しているような話も気に入らないね。」

 


先程見せた当主の牙を引っ込め、エミディオは優雅にカップを傾けた。


「私はね、ダークがピエドラに舞い降りたのも、ヴァンくんや賢王の目を持つ王子がヴォルクに逃げてきたのも必然だと思っている。必然は全て、心臓に引き寄せられいてる。」
「良い必然ならいいがな、エミディオ。」
「フフフ。アウルとヴァンくんの出会いは素晴らしい必然だと思うよ。人嫌いで、悪も正義も知ったことかと俗世を捨てた君が、父親をやると言い出した時は、頭打ったかと心配したものだがね。」
「・・・うっせ。」
「ハハハ。全くだぜ。」
「お前が言うなダンテ!どうせ今回の王都事情を調べたのだってレベッカちゃんなんだろうが!」
「な、なんでバレた・・・!」
「カッカ!ネスタの影が娘に負けるなんて、情けねぇの!」
「お前だってな――!」


昔の―10代の頃のように口喧嘩を始めた二人を眺めながら、エミディオは紅茶を飲んだ。
変わらないものが今も目の前にあるのが確認できるのは、いいことだと思う。
願わくば、このまま年寄りになるまで友人や弟と仲良くお茶を飲んでいれたらと思うが、因果率が回す運命の輪とやらは、きっと優しくないのだろう。
わかってはいたが、エミディオは輪に絡め取られ、やがて弾かれる。
ダークと人間の絡みほつれた関係を、自分の代で消し去りたい。
娘にこんな重荷を負わせるわけにはいかない―
それは、友人二人も同じ想いだろう。
未来は常に希望で溢れてなければならないのだから―――

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