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*** 18

         
時間は昨夜に遡る。


友と久々に酒を飲み交わしたアウルは寝静まるネスタの屋敷を歩いていた。淡い月明かりが廊下に差し、窓の影を落とす。
3階のとある部屋の前で足を止めた彼は、ノックもせず扉を開け中に入った。
天蓋付きのベッドの向こう、窓際に置かれた椅子に、シルヴァーノ王子は深く腰掛け月を見上げていた。

 


「まだ起きてたのか。ガキは寝る時間だぞ。」
「貴方が来る予感がしていました。」
「俺が来た理由、わかるのか。」
「記憶を消しにきたのですよね。」

 


あっさりと口にしてみせたが、月明かりを受ける横顔は寂しそうだった。
受けた教育のせいか、感情の起伏は少ない少年だが、ヴァンやディアナと触れ合う内に自然と感情を漏すようになった。

 


「僕はこの街に来てはいけなかったのでしょうか。」
「全ては必然だ。お前さんがネスタの子に拾われたのも、ヴァンと親友になったのもな。現にお前さんが来たおかげで好転したこともある。」

 


空に昇る月より色が濃い、神秘的な金色の双眸を見上げる。

 


「お願いがあります。」
「聞こう。」
「“賢王の目”を僕から抜いて下さい。」


アウルが藍青の夜にありながら新緑のように輝く翠の瞳を見つめる。

 


「記憶を消されて、僕はネスタの使用人になる。ただの一般人になるなら、この目は不要です。」
「確かにな。だが俺じゃ抜き出して終わりだ。消せはしねぇし、手持ち無沙汰になる。」
「なら、貸出しということでお預けします。譲渡は流石に王族以外の人には無理かもしれないので。」
「・・・難しい事情をよく知ってんなぁ~。」
「お母さんと、ユース様が教えてくれました。僕が知っておくべき知識を、全て。」

 


薄く架っていた雲が流れたのか、月明かりは明度を上げた。
少年の緑の髪が星の瞬きのように輝いている。アウルは人差し指を、少年の額に置いた。


「王族相手にどこまでいけるかわからんが、やってみよう。」
「お願いします。」


頭に蓄積された知識をフル活用し胸中で呪文を唱える。
額に乗せた指先が淡く光りだした。
すると、少年の髪がみるみる内に黒くなっていき、無事“賢王の目”を抜き終わり指を離した時には、その瞳も闇色に染まっていた。

 


「こりゃ驚いた・・・。髪も目も真っ黒だ。」
「おそらく、元々の色だと思います。母も黒髪黒目ですから。」
「どういうことだ?」
「“翠のゆりかご”という子守唄をご存知ですか?」
「確か、スクールで習う童謡だったか。」
「元々は昔のクレメンス王妃が作った子守唄で、一般民衆にも伝わったと聞きます。曲中に出てくる“緑の人”とは、賢王のことらしいのです。伝書によれば、不定期ながら緑髪翠目の王が存在するらしく、彼等は皆賢王の目を持っていたんじゃないかと、ユース様が言ってました。」
「目を抜いたから、緑の君としての象徴も消えたと。」
「これで良かったと思います。貴方なら目を扱える。この街に宝具を持った人間が入ればすぐ気づくはずです。おそらく、剣の所持者も。」
「大切に使わせてもらうよ。」


出した手を一度は引っ込めたが、骨張った大きな手で少年の髪を撫でた。


「すまねーな・・・。大人の都合で・・・。」
「ヴァンの中にある僕の記憶も消すんですよね?」
「ああ、帰ったらな。」
「そうですか・・・。僕も、ヴァンをダークに渡さないためなら、我慢します。」

 


少年は目線を下げたまま言った。
アウルは申し訳なさそうに顔を歪めたが、わずかに笑ってみせた。綺麗に笑えた自身はないが。


「お前達の縁は確かに刻まれた。きっとまた、親友に戻れる。同じ街に住んでんだ。必ず会える。」
「ええ、必ずまた友達になります。」


アウルが再び呪文を唱え出すと、シルヴァーノは静かに瞳を閉じた。

​・


思い出すのは、ヴァンと二人で街に繰り出したあの日。


「ヴァン!」
「シルヴァーノ!」


ダークの分身とやらが消え、全てが終わってからその部屋の扉を開けると、ヴァンは椅子の上で丸くなっていた。

友人が駆けつけると椅子から飛び下りた。式神の女性はいなくなっていた。


「無事か?」
「ヴァンこそ。怪我、大丈夫?」


額に張られたガーゼをいち早く気遣うと、ヴァンは笑みを作った。


「大丈夫。俺も怪我したの気づかなかったぐらいだから。ウルは?」


彼は先程謁見の間で起きたことを説明し、二人は椅子ではなく、壁を背にして絨毯に直接腰かけた。
大きなガラス窓から、まだ弱々しい夕日の橙色が差し込んできていたのに気づく。もう夕刻になっていたようだ。
ヴァンの赤毛は弱い夕日を浴びてオレンジに、シルヴァーノの緑髪は黄色く染まった。


「市場探検、ちょっとしか出来なかったな。」
「ピエロは楽しかった。今度は、色々食べてみたいな。」
「まだまだ面白い所あるんだぜ?俺も最近やっと外に出れるようになったから、また二人で行こう。」
「今度こそ叱られちゃうよ?」

 


やんわり忠告すると、ヴァンは悪戯っこの笑みを浮かべ肩で笑った。

 


「今度こそバレないように、こっそり出てこっそり戻れば大丈夫だって。もうダーク居ないし。」
「フフ、懲りないね。」
「まーな!」

 


二人は額を合わせるように、徐々に強さを増す夕日を浴びながら笑いあった。

 


「約束な。また一緒に遊ぼうぜ。」
「うん、約束。」


ネスタ家の最も大事な部屋で、親友二人は最も大切な約束をこっそり交した。

 

 

 

*  

 

 


ネスタ当主エミディオ宛てに、一通の手紙が届いた。

差出人は、クレメンス家第一王子ユース。


手紙には、今回の騒動に対する謝罪と、シルヴァーノはユースとラヴィの息子であることが書かれていた。

父の側室であるラヴィとユースは年が近く、すぐに意気投合し恋仲になり、シルヴァーノを出産。
狂気に侵されている父にこの事実が露見すれば母子共々殺されてしまうと、シルヴァーノは王の息子とした。
そのまま穏やかにいけば良かったのだが、王子暗殺の魔の手が伸び、ユースはラヴィと息子を守るため外国に逃がす手筈を整えていたが、予想より早くダークの残思にバレてしまい、ラヴィが息子を連れ逃亡。

いよいよ捕まりそうになってしまい、別々に逃げる決意をした。ラヴィと違い、息子のシルヴァーノには葉の刻印があるのでダークが直接攻撃するようなことはしないだろうと判断し、囮になって引きつけることにした。

その後息子の安全を確認したラヴィは、ユースの判断でシルヴァーノはそのままネスタ家に預け、ラヴィは国外にあるユースの別荘で匿っているとのことだ。
今までは王がダークのせいで狂い、真っ当な判断が出来なくなっていたためユース王子が代行して政治に関与していたが、王が正気に戻ったため政治から身を引き、2人はそのまま別荘で暮らすことにしたらしい。
手紙の最後には、ネスタを巻き込んでしまったことへの謝罪と、シルヴァーノをよろしく頼むといった内容で締めくくられていた。

もしネスタ家で手に余る時が来た場合、もしくは本人の希望により母の元に帰りたいというならばいつでも引き取るという旨も記載されていた。
この内容を信じるなら、ユース王子の息子であるシルヴァーノは王位継承順第2位となるが、現王の息子であると嘘を突き通すのであろう。
ダークの呪いが解けた王都は前より幾分かマシになったと聞くが、ダークが利用した人の嫉妬は本物だ。王家に戻ればまた暗殺に巻き込まれかねない。ユース王子が息子を引き取らないのもこの辺りが理由だろう。

それに、これでネスタ家には力強い味方が出来たことになる。そういった狙いは書かれてはいないが、手紙をわざわざ寄越して真実を記したのは、エミディオの推測通りで問題無いだろう。
1つ大きなため息をこぼして、王子からの手紙を丁寧に畳み引き出しの一番下に仕舞う。

机から離れたエミディオは、窓際に立ちヴォルクの町並みを見下ろした。
宝具の鍵がネスタにあるのも、ヴォルクが今日も平和であるということも変わりなかった。一時の平穏でないことを願うしかない。
その時、執事見習いの少年が庭を横切っていくのが見えた。

 

 

 

 

 

 


リカルド・マフェイは、空いた時間を利用してよく裏庭に来ていた。
ディアナお嬢様に拾われ、もうすぐ1年になる。
どうやら親に捨てられ街をさまよっていたらしいが、雨の中お嬢様に拾ってもらった以前の記憶が無かった。
きっとろくでもない記憶だろうと、思い出したくもなかった。
執事見習いとして、彼は毎日忙しく過ごしていた。
執事長ベックマンには毎日厳しく躾けられ叱られてばかりだが、早く一人前になるため頑張っていた。
拾ってくれたお嬢様に早く恩返しがしたい。早くお側にお使えしたい。その一心で彼は日々努力している。
そして空き時間になると、こうやって裏庭にやってくる。
何故か此処にいると懐かしい気持ちになるのだ。
大切なモノを失った悲しさが胸を締め付けると同時に、大切な何かを手に入れた喜びを噛み締める。
執事見習いである自分が、ネスタ邸の裏庭に思い出があるわけないのに――。
リカルドは無意識に、芝が輝く小立の中で小さく呟くように歌いだした。
有名な子守唄。
誰に習ったわけでもないのに、隙間だらけの記憶中に確かに存在していたメロディ。
この歌も、酷く懐かしく微かに甘い痛みが走るのだ。
――――突然。
真っ青な空がキラキラと輝きだし、眩い粒子が集まってきた。
羽虫かと思った粒子が一つにまとまり、弾けた後に一人の若い男性が空中に現れた。
緑の髪に、緑の目をもった綺麗な顔の青年は、白いコートをなびかせやや地面から浮きながら、リカルド少年の顔を覗き込み微笑んだ。

 


「初めまして、僕は緑の精霊ユリウス。」


突然の訪問者に驚きも警戒心も見せない少年は、浮かぶ人の綺麗な瞳を熱心に見上げていた。
あまりに反応がない少年に、精霊が首を捻る。

 


「僕の姿見えてる、よね?」
「はい。」
「良かった!君は僕の適合者になったんだ。契約をお願い出来るかな?」
「・・・主である旦那様やお嬢様に許可を頂きませんと。」
「君は従者なの?」
「このお屋敷で執事見習いとして働かせてもらってます。」
「適合者のマスターは君だ。君が従者だろうと奴隷だろうと、契約を決めるのが君自身だよ。」

 


ふわりと軽やかに地面に着地した精霊は、にっこり笑いながら手を差し述べた。

 


「君は緑を育み愛する主にふさわしい人だ。契約を、えっと、名前は・・・。」

 


手を差し出されるのは二度目だ。
初めは雨の日に、お嬢様が。
そして―――・・・
彼の頭に、ノイズだらけの残像が走った。緑を背にして、手を差しのべてくれた、あの燃えるような赤毛は・・・。
現実と残像が混ざりあいながら、リカルドはその手をとった。

 


「リカルド・マフェイ。」
「よろしく、リカルド君!マスターに忠誠を此処に誓い―――あれ、君は、葉の刻印が・・・。」
「?」
「そっか・・・契約成立したから隠されていたものが見えて―・・・ふむふむ。君は何かと複雑そうだけど、僕が守ってあげるからね、緑の君。まさに我が主!」
「言ってることがよくわからない。」
「フフフ。何でもないよ、リカルド君。」
「まずは旦那様にご報告しなきゃ・・・ついてきて。」
「はーい。」
「精霊の勉強もしなきゃだ。」
「大丈夫!僕が教えてあげるから。」

 


記憶を失い、再び感情を失ったリカルドだが、緑の精霊ユリウスとの出会いにより話相手には困らなくなった。
そしてまた、ヴォルクに梅雨がやってこようとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

*     *      *

 

 

 

 

 

オルゴールが演奏を止め、リカルドは閉じていた瞳を開けた。
魔術師アウルによって記憶を封じられていた彼だが、アウル自身が亡くなってから、記憶は徐々に戻ってきていた。
王都に来て一人でぼんやり考え事をする時間が増えてからは、割れた花瓶の破片で再び花瓶を作るように、思い出は元の形に戻りつつある。
オルゴールの調べで最後の破片を埋め込んだ彼は、蓋を閉めて、オルゴールと一緒に入っていた手紙を開いた。
ディアナの美しくどこか可愛らしい字で簡潔に
『記憶が揃ったなら、いつでも戻っていらっしゃい。』
とだけあった。
短いながらも、思いやりが全部篭った手紙に自然と頬が緩み、再びオルゴールのネジを巻いた。
ディアナからの伝言と一緒に、ユース王子が前当主エミディオに送った手紙が同封されていた。
第一王子ユースの顔も、交した会話も、今となっては鮮明に思い出せる。
母もユース王子の元で元気に過ごしているだろうか。会いたいという思いがわき上がるが、今は時では無い。
7年前にダークの洗脳が解けた現王だが、今は病気で床に伏せ、再びユース王子が執務一切を執り行っていると聞く。

そのまま現王が崩御すれば、ユース王子が王位を継ぐだろう。
息子のリカルドは継承順が2位にまで跳ね上がってしまうが、これは世間に公表されていない。

世間的に現王の息子となっているおかげで、ユース王子が王位を継げば、リカルドの継承順は8位よりさらに下位に落ちる。
逃げるなら今のうちだ。何かと理由をつけてネスタ家に戻らねばならない。
言い訳は思い浮かばないが、肩の荷が一気に下りた気がして、リカルドは椅子の背に身を預けた。
やはり自分には王子より執事の方が性に合っているのだ。早くヴォルクに帰り執事に戻ろう。
問題は――・・・。


「・・・ヴァン。」

 


記憶と一緒に当時の感情や思いまで蘇った頭と、記憶が無かったここ半年の心情が混ざりあって、正直複雑な状態になっている。
ライバル、なんて言葉は不釣り合いとは思うが、初めはずっとヴァンに反発していた。
他人に一切興味が無く灰色であった自分の世界で、唯一輪郭を持ち個として存在していたのは、遠い思い出が起因していたかと思うと、どこかむず痒くなる。
最終的には友人未満にしろ仲良くなったので、縁というやつは恐ろしい。
彼の義父が言った通りだ。
記憶が無くとも、彼と出会えたのだから、良しとしよう。
また同じような友人になれるかは、これから次第であろう。

 

「・・・どうにかなるか。


そして簡潔に悩みを結ぶ。
リカルドは椅子から立ち上がり、ベルで小姓を呼んだ。

宝具・剣の守護者であるトラエッタ家の護衛を命じられたのは、そのすぐ後の事であった。

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