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光が瞼を差す眩しさに目が覚めた。
薄いカーテンの向こうにある空は鮮やかな青。今日もよく晴れそうだ。
心地よいそよ風がカーテンを揺らし、鳥の可愛らしい声が聞こえてくる。
微睡みの誘惑を断ち切って、ベットから抜け出した。
着替えて庭に出る。
生まれたてのまだ弱い陽光に包まれる自慢の庭には、手塩に掛けて育てた作物がすくすく育っている。
畑の手前で、バラに水を上げている人影を見付けて歩み寄った。

 


「おはよう、イリーナ。」
「あら、お寝坊さんが今日は早いのね、バジル。」


バラと同じショート丈のピンク髪を揺らして微笑む少女の笑みは、爽やかな朝日よりずっと眩しく尊いものであった。
お気に入りのじょうろで、彼女が大切に育てているバラの茂みに水を与えている。水が陽光を吸って輝き、バラの葉も輝いた。

 


「朝ご飯作るわ。昨日ティックおじさんが小麦粉を分けてくれたの。パンケーキにでもしましょうか。」
「じゃあ卵をもらってくるよ。2つでいい?」
「ええ。」

 


家の斜め向かいにある養鶏所には、村人合同で世話をしているにわとりが4羽飼育されている。
産んだ卵は早い者勝ちで、無事卵を2つ手に入れて家に戻る。
早くもイリーナはエプロンをして朝食造りに専念していた。料理は彼女の担当だが、簡単な作業を手伝いながら朝食を一緒に作る。
彼女お手製のフワフワパンケーキに、庭で出来たブルーベリーを使ったジャムを塗り、自家製の野菜でミニサラダを盛る。

 


「いただきまーす。」


ここは、イリーナと2人で過ごす城。
木造の手作りの家は、流行り病で死んでしまったイリーナの両親が残してくれたもので、
僕はイリーナの両親が拾ってくれた孤児。イリーナと一緒にすくすく育った。
僕らが住むルカの村は山の奥の奥にある孤立した一帯のため、電気は通っておらず自給自足が基本だ。
生活用品で足りないものは、自作の絹糸や野菜を近い街まで降りて売りに行く。
だが、村人がそれぞれ自家製の野菜などを交換しあったりするので、そこまで生活に困ったことは無い。
イリーナの両親は優しかったけれど、親なんていなくても、僕は幸せだった。
笑顔が可愛く優しいイリーナがいてくれれば、僕はそれで良かった。


ある日、山を下り片道1時間かかる街へ行った。
イリーナの父親がやっていた蚕業を受け継いで、時間を掛けて作り出した糸は評判が良く、
いつもの市場で店を開けばあっという間に完売した。
イリーナからのリクエストである砂糖と、不足していた生活用品を少し買い足して、また1時間掛けて山を登る。
朝食を食べてすぐ家を出たのに、ルカに戻ったのはもう夕方近くになってしまった。
今日はイリーナの為に、余ったお金で髪留めを買って来た。ピンクの髪に合う、白いヘアピン。
もうすぐ彼女の誕生日なのだ。
またムダ遣いをして、と小言を言いながらも喜んでくれるに違いない。
早く手渡したくて、山を登る足が自然と早まる。

 

戻った村にあったのは、濃厚な血の臭いと、死体。

顔見知りの村人が3人、血まみれになりながら土道の上に倒れている。
生気はなく、絶望の表情で事切れている。離れている数時間で何かが起きたことは明白であった。

 


「・・・っ、イリーナ!?」


最愛の存在の危機を察して村を走った。
井戸の周りで女性の屍が2体、逃げようとしたのか、家の玄関から半身だけ出した死体もある。
熊でも出たのだろうか。だがまだ春先。熊が活発化するには早すぎる。
それに、死体が綺麗過ぎる。熊に襲われたなら、手足や体の一部が食いちぎられていてもおかしくないし、こんなに大量に襲うことはないだろう。
とにかく、バジルは自宅に急いだ。
慣れ親しんだ家の扉が半開きになっていた。
心臓が五月蠅いぐらい鳴っていた。
彼女の名を叫びながら家の中に入る。イリーナがいつも綺麗にしていたリビングは荒らされ、調味料の瓶が転がって中身が床に散乱していた。
喉元がキュッと締まり息が途端に出来なくなった。先程見た死体の山が脳裏を過ぎる。
やめてくれと思いながら廊下を辿って、部屋を1つ1つ確認する。
イリーナの寝室は綺麗なままだったが、自分の寝室のベッドの上で、イリーナはうつ伏せになっていた。
寝ているだけなら良かったのに―。
イリーナは全裸で、体中に暴行された赤や青の痣があった。ピンクの髪は乱れ、手首は縄で縛られたままで、胸元に包丁が突き刺さっていた。それは、いつも台所でイリーナが愛用していたものだ。
頭が真っ白になる。現実が理解出来なくなり、目の前の光景を受け入れることが出来ず夢や幻覚だと疑い出す。
食堂からこみ上げる強い感情は恨みなのか怒りなのか、悲しみと絶望なのか、何も判断出来ない。
何も、理解などしたくない―。
窓の向こうで、何かが動いた。
反射的に寝室を飛び出した。血が熱い。顔が熱い。背中に背負ったままだったカバンが邪魔になって適当な場所に放り投げた。
外は夕暮れが進みオレンジの明かりが村を支配している。
村の中央には、唯一の憩いの場である広場がある。
広場といっても、草が綺麗に刈られて木彫りの手作り椅子がいくつか並んでいるだけの円形空間。
その真ん中に、村人ではない見知らぬ男が膝をつき、両手を後ろに縛られ猿轡をされていた。
男の後ろには、女がいた。この世のものとは思えぬ存在だった。
なぜなら足が地面から浮いて、髪やドレスの裾が波打っている。髪は、水中の中にでもいるのかと思うぐらい空に向かってうねっている。
肩がむき出しのドレスと夕焼けに染まった髪は、元々の色は何色なのだろうか。
女は瞼を閉じたまま、笑った。


「こんにちは、バジル。」


何故名前を知っているのか聞きたかったが、口の中が乾いて声にならなかった。

 


「私は光の精霊です。」
「せい、れい・・・。」


精霊という存在がこの世にいるのは聞いた事があった。
だが目に見たことも話に聞いたこともなかったので、絵本の中の架空の存在だと思っていたが、地面から浮く存在を目の当たりにして、疑う理由はない。

 


「この男は、余所の街で殺人を犯し逃げていた犯罪者。この村に行き着いて親切にしてくれた村人を疑心暗鬼の末全員殺し、貴女の幼馴染みに乱暴をしてから殺した犯人よ。」


今日の天気を語り合うぐらいの手軽さで、恐ろしい事をさらっと言う。
精霊に捕まっている男は怯え、震えていた。転がっていた村人を死においやった犯人とは思えないぐらい情けない有様だった。

 


「さあ、復讐するなら好きにしていいのよ。貴方の為に捕まえておいたの。」
「は・・・?」
「刺すならコレを。自分でやるのが嫌なら、私に言ってちょうだい。」

 


この未知の存在は何を言っているのだろう。
もう思考が限界であった。
裸で横たわるイリーナの光景が、思い出したくないのにフラッシュバックしてくる。
動かず冷たくなったイリーナ。いつも可愛く優しかった彼女が、こんな男に汚された上に短い人生を終えていいのだろうか。そんなこと、許されるわけが――――。
怖かったのだろう、乱れた髪の合間から覗いた目は赤く充血し、涙の跡が続いていた。
気づいた時には、手の指全てが男の首に絡みついて、ぐっと力を込めていた。
男の唸る声が不快だった。指の下で、生命が足掻く熱さを感じて、本能が震え始める。
人が人を殺す時、遺伝子に刻まれた禁止事項を破るなと警鐘が鳴るのを、初めて知った。
それでも、込める力を緩める事が出来なかった。
事切れた男の体を、精霊の女が雑に放り投げ、震えるバジルに目線を合わせてきた。
精霊の肌に燃える夕日が映える。間近で見る女は、浮世離れした雰囲気と存在感があった。
人間ではないのだと、すぐ理解出来た。

 

「よくやったわね。彼女の恨みを晴らしたのよ。」


体の芯から震えていた。何かとんでもない間違いを犯したと理解しながら、もう頭が限界だった。
この村で見た死体、動かないイリーナ。何も理解出来ないまま感情が理性を越えて動いてしまった。
今全部を理解してしまったら、精神崩壊が起きて自分が自分じゃなくなると何かが叫んでいる。
わからない。わかりたくない。
イリーナは、もう―


「彼女を生き返らせる方法が、1つあるの。」
「え・・・。」

 


震える両手を見つめていた視線を上げる。
精霊の瞼が開かれていた。
精霊の目は、白目部分が黒く、瞳孔は夕日に負けないぐらいの目映い金色であった。

 


「私と契約して。そして、世界の宝具を全て集め、精霊王を起こすの。精霊王なら、死んだ魂を取り戻せる。」
「本当に・・・?」
「ええ。私が貴方を助けてあげる。私の名はヘメラ。さあ、契約を。」

 

精霊が手を差し出してきた。
その時の僕は、縋るようにその手を取っていた。

 




 


よく晴れた朝だった。
清々しい青い空が広がり、鳥が楽しそうに鳴いている。
今日も彼女が大切に育てていたピンクのバラは綺麗に咲き誇っていた。
もう何も植わっていない庭の真ん中で、ヘメラの言うとおりにそれを作った。
見た目は彼女と同じに作るつもりだったのに、顔を見た瞬間辛くなって
イリーナと似ても似つかない人形が出来てしまった。でも、髪の色は同じ。
隣に咲くバラ―アルベルティーナと同じ色。
関節はまだ繋ぎ目が残り、服はまだ着せていないので裸のまま。


「性器はないけど、胸もないから体は男の子みたいね。」
「イリーナは生まれつき体が弱くて、男の子になって元気に走り回りたいとよく言っていた。性格も活発な子にしておいた。貴族の娘の懐に入るには、これくらい野蛮な方が物珍しく映るからね。」
「名前は?」
「アルベルティーナ。」
「じゃあ、動かすわよ。」

 


ヘメラが力を込めると、庭の土から作った人形が鈍い動きをしながら僅かに震えだした。
関節が繋がり、ちゃんとした人間の腕や足になる。垂れていた首もしっかり据わる。
瞳が開かれた。イリーナと同じチョコレートブラウンの大きな瞳に、胸が締め付けられた。

 


「少しずつ記憶を植え付けて、動けるようにするわ。」
「いよいよだね。」


自分の服を適当に着せて、いなくなった幼馴染みを探すというシナリオを作った。
先に自分がネスタ家に訪問して、自幼馴染みが訪ねてきたら保護してほしいと先手を打っておいた。
あまり精霊に詳しくなかったのだが、光の精霊の影響力はかなり高いようであった。
何もせずとも、光の適合者というだけで一大貴族であるネスタ家にあっさり信用された。
後は時を待ち、ネスタ当主である少女の信頼を得たところで、人形に動いてもらおう。
何十年も待ったのだ。数ヶ月ぐらい余裕で待てる。


光の精霊と契約した時から、時が止まっているのに気づいたが、どうでもよかった。
一刻も早くイリーナに会いたかった。
また一緒に朝食を食べ笑いあえるなら、なんだってする―。

そうだ。
変な人形を作ったことを察した水の精霊が、文句を言いに精霊界からやって来たが
上位であるヘメラが支配することで、人形の精霊ということにして同行させることにした。
正規適合者であると偽った方が、護衛にもなるし重宝されるだろう。

 

 




ここは現世と精霊界の狭間の空間。


空は水色で、地平線は桃色に染まっている。
全ての輪郭線は曖昧で、時間の支配はない。昼も無ければ夜もない場所。
石で作った背の高い玉座に、ピンク髪の少女は座らされていた。
瞳は閉じ、動かない。


「もうすぐだよイリーナ。」


玉座へ続く階段を上ってきた少年―バジルが座る少女に近づいて肘置きに手を置いた。

 

「あと2つ揃えば、精霊王に面会出来る。」


自分で動くことが出来ない人形の手を取って、自分の頬に添える。
愛しいイリーナとは似ても似つかない人形だが、この人形が宝具を収納できる唯一の入れ物である。
こんなことが出来るのも、精霊の頂点である光と闇の精霊だけだろう。

 


「マスター。葉と剣が同じ場についた。」

 


姿を現したのは、光の精霊。
今日も髪は逆立って波打ち、ドレスの裾は踊っている。
瞼は今日も閉じていて、聖母のように柔らかく微笑んでいる。

 


「再開しようか、ヘメラ。いや、今はニュクスだったか?」
「フフ。どちらでも構わないわ。私達は、2つで1つ。光と闇は背中合わせ。」

 

彼女が大切に育てていたバラと同じ色の髪を撫でた。
もう少し。もう少しでまた会えるのだ。
再会だけを夢見てここまで進めてきた。
またルカの村のあの家で、穏やかな時間を過ごせるためなら、なんだって出来るのだから。

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