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*** 2


次の訪問者は、ダークであった。


「坊や、マスターが呼んでるわよ。」


出入り口に立って腰に手を当て微笑む。
相変わらず気味が悪い程肌が白く、そしておぞましい程美しい。
けれど、子供の頃に感じた、対面しただけで全身が粟立つ感覚が無いのだ。
恐怖なのか、絶対的存在と対面した時の本能から来る自己防衛なのかわからないが、拒絶し、その場から離脱したい強い衝動が走ってたのを体がよく覚えている。今のダークに、それらを一切感じないのだ。
長い時間人間界に顕現してるせいで丸くなったのか。中世より人間界の中央政府をいたずらにかき回してきた彼女に、そんなことがあり得るのだろうか?
ロベルトに対しても、恐れて従っているように見える。
さすがに正規適合者に対してはダークだろうと下手にならざるを得ないのか。
ダークの後に続いて部屋から一歩出た瞬間、最初に連れて行かれた黒大理石の部屋に移動していた。
相変わらず薄暗く、王座の椅子にはスーツ姿のロベルトが座っていた。
ダークは当たり前と言ったぐあいに椅子の斜め後ろに控える。

 


「少しは大人しくなったみてぇじゃねぇか。」
「いい子にしてますよ。」
「クック。今日はヴォルクについて話を聞かせろ。特に宝具とやらについてだ。」

 


ついに来た。
表情に出さないように気を引き締める。
ヴァンはレベッカに教わった台詞を思い出しながら慎重に言葉を紡ぐ。
宝具についての知識について述べ、ヴォルクに足を運んだ方がいいと上手く誘導する。
欲を出しすぎないように、ケルベロス進行に対する嫌悪感や拒絶を出すのも忘れないように。
一通りの話を聞いたロベルトは、前屈みになって顎を撫でた。

 


「ダークも父親が残した宝具を手に入れたい。そうだな?」
「ええ、マスター。」
「願いを叶えてくれるアイテムか。そそられるなぁ。薬売るのも飽きてきたところだし、領土拡大して港を手に入れるのも悪くない。」
「ヴォルクを攻めるの?」
「いや、やらない。」
「え?」

 

嫌そうな演技をしていたのに、素の反応が漏れてしまう。

 

「俺の目的はお前だ、ヴァン。お前が手に入ればもう蜂の巣をつつく必要はないだろ。ダークも、それでいいな。」
「マスターの御意のままに。」


まずい。非常にまずい。
そもそもケルベロスのボスがロベルトではなくジェットだと想定しての人質だった。
ヴァンが知るジェットは頭が良くなく、目先の宝には何も考えず飛び込むタイプだ。
慎重派なロベルト相手だと計画が通らない。
個人的にはヴォルクがケルベロスに荒らされないのは嬉しいが、このために手を回していたレベッカとルチアーノの努力が水の泡になる。
ケルベロスの狂犬薬はたしかに許せない。ケルベロスの牙と爪がいつヴォルクに向くかわからないのだ。

 


「どうした。」
「あ、いや・・・。もし、このまま俺がロベルトの隣にいたら、ヴォルクには手を出さないでいてくれるのかなーって。」
「そこまであの街に愛着あるのか?それはそれで気に入らねぇが・・・。まあそうだな。
ヴォルクを人質にして置けば、お前も反抗するようなことしねえだろ。」
「・・・なら、俺は―」


突然、耳をつんざくような破裂音に咄嗟に頭を守った。
続いて、瓦礫が崩れる音。
顔を上げると、この部屋に、大穴が空いていた。
廊下から漏れ出す明かりを浴びて、細かい破片が床にパラパラと落ちるのが見えた。
部屋に入って来たのは、黒髪の若い男。
逆光で顔は分からなかったのだが、ヴァンにはシルエットですぐにわかった。
リカルドだ。

 


「誰だ。ダーク、随分と簡単に侵入されやがって―」


ダークが甲高い悲鳴を上げた。
顔に爪を立てる勢いで悲壮な表情を浮かべ、一歩後ろに下がる。

 

「あぁ・・・!なんということ!」
「おい、ダーク!」
「葉の刻印だわ!ああ、マスター、私はあの男の手を出せない!」
「はぁ?何ふざけた事言ってやがる。」

 

ダークが怯えて錯乱状態になっている隙に、リカルドが部屋の中に入ってきた。
手から蔦を出し、大理石を這ったそれがヴァンを縛り付けた。


「え?」
「おいこら!俺のモンに何しやがる!」
「これはヴォルクに返してもらいます。」
「テメェ、わかってんのか。ケルベロスに喧嘩売った以上、ただじゃ済まねぇぞ。」
「お好きにどうぞ。」

 


ロベルトが腰から拳銃を取り出し、素早く二発放つ。
ダークの悲鳴が響いた。
しかし弾丸は空中で止まり、リカルドの足元に落ちる。よく見ると、リカルドの周辺に光る透明な膜が見えた。
結界のように守る膜が彼を覆ってるせいで、ダークに一切気付かれずにケルベロス社内に侵入出来たのだろう。この謁見の間を見付け、壁を壊したのもその力だ。途中まで、完全に気付かれなかったのだから。


「ヤクトの魔術師だな!?ヴァンを隠した、憎きカフ!!!」
「後追いは無用です。どうせ俺に傷一つ付けられず、後追う事も適いません。ヴォルクの地にて、お待ちしております。」


踵を返したリカルドに引きずられながら、ヴァンは謁見の間に出来た穴から出て行った。
拳銃を床に投げたボスは椅子に座り直し、肘掛けに寄りかかる。
そして、

 


「フフ・・・フフフ・・・フハハハハハハハハハ!!!」


狂喜が滲む異常な笑い声が轟いた。
壁に反響した声がまた反響し、反響し、野獣の遠吠えのように無意識の恐怖が体を突き抜けるような音に成る。
申し訳なさそうにダークが声をかけると狂喜の笑いをパタリと止めて、いきなり椅子から飛び上がりダークを足蹴りした。

 


「この役立たずめがっ!易々逃げられやがって!」
「ご、ごめんなさい・・・!でも、葉の刻印に傷でもつけたらアタシも貴方もタダじゃ済まないわ!」
「ったく・・・。いい機会だ。ヴァンはまだ未練が残ってるから俺に心を委ねなかった。一度戻って、大事なもんが目の前で消し墨になりゃ考えも変わるだろ。準備しろ。今度こそヴォルクを潰す。必ず潰す。ついでに宝具を奪い、ネスタ家も掌握しろ・・・。聞いてんのか?!」
「はい、マスター。」

 


弱々しく震える声で、そう答えることしか出来なかった

 

 

ケルベロスの組員達が銃を乱射しまくり通路の壁がズタズタの穴だらけになる中、リカルドは涼しい顔で右手にヴァンを引きずりながら歩いていた。
廊下からまた二人、マシンガンを抱えた人相が悪い男が出てきて引金を引くが、弾丸は侵入者が纏う透明な膜に当たるだけで、虚しく潰れ地面に落ちてゆく。
リカルドは空いた左手に草のツルを作り男達の横っ腹と首の後ろを叩き気絶させる。
この動作の間、リカルドは一切足を止めなかった。着物の襟首を掴まれたままのヴァンが鈍い声をもらす。


「リ、リカルド・・・!離せって!歩きづらい!」
「仕方ないでしょ。この絶対防壁は掛けられた本人と触れてないとダメなんだ。穴だらけになりたいの?」
「ならわざわざ首絞めなくてもいいだろ!腕掴むとかにしろよ。」

 

廊下の角を曲がり、対面した男達をツルのムチで次々眠らせていく。


「それに、俺の離脱は作戦にないだろ!?」
「結果的にヴォルクに誘い込めた。」
「ヴォルクがまた荒らされちまうだろ!俺が裏道や侵入方法を伝えて安全に―」
「うるさいな。集中力乱れるから黙っててよ。」
「なっ、」
「この力も侵入方法も全部、君のお父さんに借りた。早く帰って、お父さんに怒られればいい。」
「・・・ッ。」


ケルベロスの猛攻撃もリカルドの足を止められることは出来ず、簡単に裏口から外に出ることが出来た。
外はまだ昼間だったようで、久しぶりの外の明かりに目がくらむ。
裏手口の扉を蔦で覆い簡単にに開けられないよう細工していたリカルドが、ボソッと溢す。


「そうだ。お父さんの前に、怒られなきゃいけない人がいた。」
「は?」

 


訪ねる前に、出入口のすぐ前に車が横付けされ、リカルドはヴァンを後部座席に押し込み自分は助手席に乗り込んだ。
車は急発進し、見事大通りへ紛れこんだ。
リカルドが触れている箇所を通じて、車に先程の膜がかかるのを感じた。
そしてヴァンは、隣に座っていた人物を見て絶句していた。

 


「・・・・・・。」
「なにその顔。」
「な、な、なんでシャルがいるの!!?」


車内にいたのは、リカルドの精霊ユリウスだけではなく、工具店跡取り息子シャルルも居た。
此処は紛れもなくヴォルクの外だ。

 


「居ちゃ悪い?」
「悪いっていうか、なんでこんな危ない場所に?」
「ヴァンを殴りにきた。」
「へ。」
「歯をくいしばれ。」
「いきなり!?わ、ちょ、待って!」

 


普段の弱気な八の字眉が真逆に形を変え、ヴァンに詰め寄り握っていた金槌を振り上げる。
ヴァンはかなり混乱していたので、反射的に目を瞑る。
痛みはなかったが、両頬を両手で包まれた。潰されていて口がタコみたいになる。

 


「・・・・・・むぐ。」
「ヴァン、ケルベロスにいる間自分が犠牲になればヴォルクは安全、みたいな自惚れたこと考えてたでしょ。」
「ひょれは・・・」
「街の為に大人しくしてようとかかっこつけてたんでしょ!」
「イヒャイ!」

 


手の内側で頬の肉を思いっきり押され口が更にとがってゆく。


「ヴァンごときの自由でアルベルが守れるわけないじゃん!バカなの?!」
「ごひょきっへ・・・!」
「自分の価値を考えろ!お父さんも仲間も友達も・・・ヴァンが何より大事なんだ。もっと自分を大事にしなさい。」

 


シャルの眉はいつの間にか元に戻っていて、運転する精霊も、助手席のリカルドもクスクス笑っていた。
今目の前で展開されてる現実に圧倒されながら、ヴァンは頷いた。

 


「はひ・・・。ごめんなはい・・・。」
「よろしい。」

 


ヴァンから手を話し座り直したシャルルは、ぷいっとガラスの向こうに視線を投げ見えない壁を作ってしまっう。耳が少し赤いのは、慣れない事をしたせいだろう。
自分の頬を撫でながらヴァンも座席に座り直す。

 


「あー・・・誰か説明してくれない?」
「僕達、というか、リカルドくんがウルさんに頼み込んで助けに来たんだ。」

 


運転席のユリウスがニコニコしながらそう口にした。

 


「頼み込む?ウルに?よく許したね。」
「ウルさんは街から出れないんでしょ?」
「それはそうなんだけど。」
「リカルドくんが適任だったみたい。お友達だからかな。」
「「友達じゃない。」」
「ほら、ハモってるじゃない。」

 


気まずそうな二人に、ユリウスがまたクスクスと笑った。

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