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*** 3

ケルベロス本部にて無事ヴァンを助け出した一向は、尾行されることなく、一時避難場所である宿屋に辿り着いた。
トゥーリヤ中心部から大きく外れた田舎町。建物は古く寂れ、地震でもくればすぐ崩壊してしまいそうな外観をしている。
しかし、中に入ればそこそこ綺麗な作りをしており、外観程酷くはなかった。
むしろ、わざと酷い外装をして人を避けているのかもしれない。
案内された2階の部屋で、まずシャルは袋を差し出した。


「はい、着替え。」
「サンキュー。」
「なんで和服着てるの?」
「俺にもわかんね。」


リカルドは宿屋の女将と打ち合わせがあるとかで、ユリウスを連れて部屋を出て行った。
シャルに手渡された地味なカットソーとズボンに着替え始める。
冷蔵庫に入っていた冷たい水を取り出しながら、シャルルはヴァンの身体中を埋めつくすような生々しい傷跡を見てしまった。
青い大きな痣がいくつもあり、首と手首には縛られたような跡、赤い染みも沢山つけられt。

 


「ごめん・・・。」
「え?」
「さっき、車の中でひどいこと言った・・・。ちょっと興奮してて。」
「シャルは何もひどいことなんて言ってないじゃない。」


着替えを終えベッド脇に座ると、シャルルが水を差しだして、隣のベッドに腰かける。
襟がないので、首元の痣がかえって目立ってしまっている。

 

「むしろ、ありがとう。シャルのおかげで、頭冷えた。」
「お礼はちゃんとリカルドにも言うんだよ?彼がウルさんに直談判して君を助けるって言い出したんだから。僕はこっそりついてきただけ。」
「なんでわざわざ作戦を無視してまで余計なことを・・・。まさか、アイツも記憶が・・・。」
「?」

 

扉が開き、紙を数枚持ったリカルドと、トレイを抱えたユリウスが入ってきた。
トレイには紅茶とスコーン、アップルパイとチーズケーキが乗っていた。


「夕食までの繋ぎにどうぞ、だって。女将さんが。」
「ユリウス、それは後。ヴァンに説明するから。」
「お茶冷めちゃうよ?」
「・・・。」

 


お腹が空いていたらしいシャルルが早速アップルパイに手を伸ばし、ヴァンは改めてユリウスを見た。

 


「今更だが、お前の精霊喋れるじゃんか。」
「いや、契約した時から声を失っていた。ヴォルクから離れて、今はウルさんの守りの中だから、らしい。詳しくは不明。」
「ふーん。さっきは運転してたし。精霊って運転していいの?無免許だよね?」
「細かいことを気にしない。」
「それでいいのかネスタの執事!?」
「ヴォルクの外の決まりを守る所以はない。」


手にしていた紙をベッドの上に広げる。
トゥーリヤの地図のようだ。

 


「さっきウルさんから通信が来た。」
「この宿は中継地点だったかぁ。」
「ああ。女将さんも情報屋だとかで味方だ。大方の予想通り、ケルベロスはヴォルク襲撃の用意を始めたようだ。実に俊敏に。」

 


ヴァンの眉間が歪んだのをリカルドが確認する。
リカルドが地図の1箇所を指差した。トゥーリヤの中心街から南東、ヴォルクの少し上あたりだ。

 


「今居る宿屋は此処。俺達は明朝まで此処で待機して、わざと敵に居場所を知らせながらヴォルクに帰還する。」
「俺がちゃんとヴォルクに入ったと教えたいわけ?」
「そう。」
「面倒だから、俺達で少し敵を減らしていけばいいじゃん。」
「これはヴォルク防衛戦じゃないんだ。これからネスタ、グアルガン合同でケルベロスを殲滅する。」

 


ヴァンは、しばし黙り込んだ。


「俺が上手く誘導すればヴォルクの地を荒らす事無くダークの無力化を図れた。なぜこんな余計な真似をした。グアルガンもネスタ家も承諾してたんだぞ。」


俯いて絞り出される声は低く、あまりに鋭くて古くからの友人であるシャルルでさえ震えた。

 


「君が確実にケルベロスを誘い込める保証は無なかった。あっさり殺されて話が終わる場合もあった。」
「そんなに俺を信じられないか。」
「ああ、その通りだ。大体、全部自分が犠牲になれば物事が順調に進むと思い込んでいるのが腹立たしい。」
「ンだと!?」
「オニキス研究所潜入に勝手に入ってきて何の反省もなく、親や友人に心配をかけた無責任さも気に入らない。シャルルくんまで巻き込んでいる。」
「俺だって反省してないわけじゃねぇよ!だが、そもそも俺がヴォルクに来たせいでこんな面倒くさいことになったんだ!」
「自惚れだろ。」
「お前―!」

 

怒鳴りながら立ち上がったヴァンはリカルドと睨み合う。
静かに怒りを交わらせてる間に、スッとシャルルが立ち上がり、また何か言い始めた二人の口にカットしたチーズケーキを突っ込んだ。

 


「「むぐっ!?」」
「ハイ、そこまでー。喧嘩してる暇ないでしょ。」
「シャルル君、お見事。」


ユリウスがニコニコと手を叩き、一気にボルテージが下がった二人はベッドに腰掛けチーズケーキを紅茶で流し込んだ。
先程とは逆の立ち位置で、シャルルは腰に手を当て二人を見下ろした。

 


「宝具とか過去の因縁とかよくわからないけど、ヴォルクを思っているのは僕達市民も同じだって、忘れないでよね。」
「その商人がバカやらないようにグアルガンが生まれたってのに・・・。」
「もう動いちゃってるなら仕方ないよ!皆でヴォルクを守ろう。ついでにヴァンも守ってあげる。」
「・・・シャルが一番男前だったわ。」
「そうだね。」

 


扉にノックがあり、ドアの下に紙が差し込まれた。
代表してユリウスが紙を掴み、リカルドに渡す。


「この街の情報屋からだ。ケルベロスの一陣がヴォルクに向かい動いた。」
「此処でのんびりしてていいわけ?おとりと言え、流石にまた捕まるのはイヤなんだけど。」
「ウルさんの結界がある。俺達の居場所は探知出来ないよ。姿を現すまで、探し続けてもらおう。」
「お前、結構サドだよな。」
「ならヴァンはマゾだろ。」
「ンだとー!?」


数秒後、また二人の口にチーズケーキが突っ込まれることとなる。

 

 

 


夕食を終え、シャワーを浴びたヴァンはベランダに出た。
今にも崩れそうなコンクリートの出っ張りで、リカルドが小型機械をベランダの手すりに貼り付け熱心にいじっている。

 


「なにやってんの。」
「通信機の準備。」
「携帯あるじゃん。」
「そういう類の電波はダークに探知されかねないから、トランシーバーを応用した機材を買っておいた。ウルさんから連絡きてもいいようにしとかないと。」
「古典的だね~。」


ヴァンはベランダの手すりに寄りかかり、夜空を見上げた。
田舎故周りに外灯すら建っていないので、星がよく見える。
冷えた星々の瞬きが鮮明に映る。

 


「お前さ、記憶戻ってるだろ?」

 


星を見ながら独り言のように投げ掛けられた質問に、動きを止め横顔を覗く。
リカルドは手元の作業を再開した。

 


「一部だけだ。まだぼんやりしてる。」
「俺も。推測するに、ヴォルク結界と一緒に記憶を封印されてたみたいだな。オニキスに行った時間は短かったけど、おかげで緩んだな。ケルベロスで人質やってる間に、また少しずつ戻ってきたみたいだ。」
「怒ってるかい?」
「いや。俺がお前の立場だったら、同じ事する。」

 

体を反転し、今度は手すりに背中を預け、南天の星座を探るように首を反らす。
視界いっぱいの星空というのも、中々いい物だ。だが、ヴォルクで父親に教わった星の位置と少し違うのが、此処が隣街だと思い知らされる。ピエドラでも、ヴォルクでもない場所でリカルドと星の下にいるのが、なんだか現実味を感じられなかった。

 


「俺なんかより、お前がヴォルク出る方が大問題じゃねぇか。よくお嬢もウルも許したな。」
「君と同じだよ。俺だって、もう守られているだけなんて嫌なんだ。」
「お互い、巣立ちの時ってやつか。」


通信機の設置が完了したのか、リカルドも手すりに寄りかかり、星ではなく地平線の向こうを見極めるかのように見つめた。

 


「宝具は全部で5つあった。うち2つは突然力を失った。」
「本と杖ってやつか。」
「精霊王が信頼していた人間に宝具を預け、彼等は元老院となった。ただし、剣(つるぎ)を所持するトラエッタ家は実際には持ってない。」
「え、そうなの?」
「剣は鞘が必要らしく、鞘役は世襲ではない。今は分家であるアンドレイニ家の長女が鞘の役目をしていると聞く。」
「ロディア国の貴族が?」
「さらに言うと、“冠”は表向きプラチド家が所有しているとされてるけど、ヤクト一族が所有しているはずだとお嬢様が言っていた。」
「げっ。」


横目で軽く睨まれ、体を元に戻す。


「ヤクトってウルの出身一族じゃん・・・。」
「聞いてないの?」
「全然。宝具については何も教えてくれなくてさ、俺が独自に調べたぐらい。帰ったら聞いてみよう。流石に所有してないと思うけど。」
「どうして?」
「ウルは一族の掟やら考えやらが嫌で飛び出してきたんだ。裏切り者にお宝預けたりしないだろ?」
「確かに。」

 


冷たい夜風に並んで吹かれる。


「お嬢様は、宝具を全て手に入れ精霊王を起こすつもりでいる。」
「どうやって?脅迫でもすんのか。」
「奪い取る。」
「それこそ無理だろ。お嬢が触れるのは鍵だけ。他の宝具を、選ばれてない人間は触れない。」
「レヌス王の心臓を使って入れ物を、シャルの父親に作ってもらった。」
「レヌス王って・・・精霊王が契約を結んだ初代人間王だろ?え、心臓って何。」
「精霊と人間の契約の要だ。王家代々の墓地にて大事に守られてきたが、お嬢様に頼まれて、俺が盗んできた。」
「はあああ!?」


声が田舎の夜に響いてしまって、慌てて口を塞ぐ。


「王家の宝を、お前・・・斬首じゃすまないぞ。てか、大事な契約の要を加工しちゃっていいのかよ。」
「あれは偽物だった。本物は、なぜか消えていた。伝承にある切り取られた心臓ではなく、玉鋼だった。古い製鉄方法で鍛えられ精霊の息吹が与えられていた。すり替えたことも王族の歴史には記されていない。」
「だから盗んだって?お前大胆過ぎだろう・・・。その鉄を使った入れ物だろうが、宝具は入らないだろ。」
「お嬢様には策があると言ってたが、子細は俺も知らない。」
「ふーん・・・。で、ずいぶん色々話した理由は?」

 


リカルドは背を丸め、手すりに乗せた腕に顎を乗せる。
執事をしている時には、絶対見せない恰好だろう。


「全てが、加速してる気がしないか。」
「・・・そうだな。」
「止まっていたことが動き始め、隠されてた真実が明るみになってきてる。真実とやらが全て顔を出した時に、ネスタ家は変化の中心にいる気がして・・・胸騒ぎがする。」
「同感。」
「最近のお嬢様は様子がおかしい。アルベルが来る前よりも、気難しい顔をするようになった。」
「元老院が何か企んでるって噂も、本当くさいな。んで、お前は迷ってんのか。」
「迷ってはいない。お嬢様についていくだけだ。ただ・・・」

 


一間あけて、リカルドは続けた。


「今のお嬢様なら、目的のためなら五老院さえ利用しそうだ。でも、本心と当主としての顔が反比例したまま隙間が開いてきてる。だからこそ、歳が近いアルベルに心を開くのだろう。」
「本心?」
「お嬢様は、ネスタ家とヴォルクを守れればそれでよかった。」
「なら、なぜ宝具を集めるなんて愚行を・・・。」
「わからない。野心など持っておられないはず。あるとするならば、鍵を引き継いだときに、ネスタ家の業までもあの小さな肩に背負ってしまったのではないかと。」
「ネスタは元々レヌス王の女中で精霊王に最も信頼された人間と聞いた。因果があっても不思議じゃないか。・・・ま、今は置いておこうぜ。俺らの課題は無事にヴォルクに戻って、ケルベロスを迎え撃つ。」
「そうだね。」


ヴァンの首に、冷たいものが触れた。
ベランダにずっといたせいか、指先は冷えていた。


「痛そうだね。」
「もう痛くない。」

 


ベランダに出て、初めて両者の目が合った。
夜の帳を吸い込んだようなリカルドの黒い瞳。果たして、昔から黒だったろうか。
昔は、鮮やかな―。
ベランダの扉が開き、肩にタオルを乗せたシャルルが顔を出した。


「リカルドさん、シャワー空きましたー。」
「ああ、ありがと。」
「・・・二人で密談ですか。やらしー。」
「「気持ち悪いこと言うな。」」
「またハモった。はいはい、邪魔してすいませんでしたー。」

 

難しい話をしていたと気付いたのだろう。蚊帳の外にされてヘソを曲げるシャルに二人は苦笑して、ベランダから室内に戻った。
それから三人は仮眠を取り、ウルから連絡が来たのは夜明けの少し前。
まだ帳がかかったままの午前4時だった。
明け方にも関わらずカウンターにいた女将に礼を言って、車に乗り込む。
ヘッドライトを灯し、静かな虚空にエンジンの音を響かせ、ヴォルクに向けて出発した。

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