*** 5
リカルド達が無事ヴォルクに帰還したという報告を受けたアルベルは、自室から出て食堂に向かっていた。
ディアナはまだ応接室で仕事しているようであるので、姿を現さない。
肝心のリカルドはウルの元で休んでからネスタに戻ると聞いた。
これで安心して食事が取れる。
「ベルちゃん、街に変な車が入った。」
「ケルベロスか!?」
「いいえ。敵じゃないわ。車3台に人がぎっしり・・・。あら、でも真ん中の後部座席は空いてるわね。うーん?」
「どうした。」
「この屋敷に向かってるみたいよ?」
アルベルは食堂へ向かう足を反転させ玄関に急いだ。
広い邸のため玄関までかなり遠い。
階段を降り長い廊下を渡りきり玄関に辿り着いた時、そこには使用人数人を引き連れたディアナが客人を出迎えた後であった。
「あら。あの人たち、王族直下の近衛兵じゃないかしら。紋様に覚えがある。」
横を飛んでついて来ていたセウレラがアルベルに囁く。
ディアナが対応している客人は皆体格がよく、軍服のようなものに身を包んでいた。
代表と思わしき初老の男性以外は、後方で綺麗に整列している。腰には剣をぶら下げていた。
ディアナと何やら言葉を交わしていたら、後ろの扉が開いて、リカルドが顔を見せた。
ウルの家で仮眠を取ると聞いたのに、もう戻ったのだろうか。執事服ではなく、私服である。
リカルドに向かって、初老の男性も頭を下げ、また言葉を交わす。
邪魔にならないように後方で身を潜めているので、会話は聞こえてこない。
ディアナが深くお辞儀をした。
当主である元老院のディアナがあんなに深く礼をするのを初めてみた。
相手はそんなに身分が上なのだろうか。
すると、客人達と一緒にリカルドもそのまま外に出て行ってしまった。
アルベルが玄関に進み出る。
「なあディアナ。リカルドはどこに―」
玄関の外を見ると、横付けされた黒塗りの車、その中央の後部座席にリカルドが身を滑らせるところであった。
セウレラが言っていた、人がいない箇所はリカルドが乗る予定だったからだろうか。
軍服の1人がリカルドが乗った後に扉を閉めて、車はさっさと発進してしまった。
「リカルド、どこ行くんだ?」
「王都です。」
「はぁ?半日後にはケルベロスがヴォルクに攻めてくる大事な時に出掛けている場合かよ。」
「いいえ。出掛けたのではなく、我が家に戻ったのです。」
開いた玄関の向こうをじっと見つめていたディアナだが、使用人に扉が閉められてからやっと、アルベルに目線を動かした。
「あの方はリカルドという名前ではないのです。暗殺の危険があったので我がネスタ家が大切にお預かりしていた、クレメンス王家正統王位継承者、シルヴァーノ・シャロン・クレメンス様なのです。」
「・・・は?」
「詳しくお話したい所ですが、これからグアルガンとの会議がありますので、これにて失礼いたします。」
使用人を連れディアナはさっさと玄関から去って行った。
取り残されたアルベルは、しばらく動かず固まっていた。
まるで、魂が抜けてしまったかのように。
焦点の合わぬ瞳を、セウレラが恐る恐る覗き込む。
「ベルちゃん・・・?」
「・・・あ、ああ・・・。驚き過ぎて頭動かなかった。」
「さっきね、ユリウスから通話が来たの。カフが呼んでるから行ってくれって。」
「ユリウスは?」
「当然、リカルドくんと一緒に・・・。」
「そう、だよな・・・。わかった、行こう。」
徒歩で西地区へ向かうと、待っていたとばかりに顔に紙を貼った式神が通路に立っていた。
お互い何も言葉は交わさず、背を向けて歩き出した式神の後ろに着いていく。
こないだ案内された行き止まりの道ではなく、通りの途中にあった扉を開け。入っていく。
セウレラに頷いてみせてから、中に入る。そこは、建物の一階。民家の一階であった。
白い壁の廊下が続き、アーチの出入り口に薄紫のカーテンが掛かっている。
右手にも同じようなアーチとカーテンもあったが、人の気配があるのは廊下の先である。
「ん?あ、あれ?お前、消えてないじゃん。」
「今日は精霊避けの結界張ってないみたいよ。あとこのお家、靴を脱ぐシステムよ。此処で靴脱いで。」
おう、と戸惑いながら靴を脱いで廊下を進んだ。
何やら、肉を焼いたいい匂いがする。
薄紫のカーテンをそっと手でどける。そこは、アーチから右手に向かって長く広い部屋だった。
緑を基調とした絨毯と椅子。インテリアは全て外国のデザインで、とにかく者が多い。
観葉植物、壁に掛かるタペストリー、棚の上には必ず煌びやかな小道具が乗っている。
部屋の右奥に大きなクッションと、足の低い楕円テーブル。このテーブルも、6人ぐらいはよゆうで座れるだろう。
深緑の大きなクッションには、シャルルが丸くなって眠っていた。
この部屋の一番奥にはキッチンが隣接しており、皿を両手に持ったウルが顔を出した。
「おはよーさん。飯食ってけよ。」
聞きたい事は山ほどあったが、朝食はおろか昨晩夕飯もまともに喉を通らなかったせいで
スパイシーな料理の匂いをかいだだけで、腹の虫が激しく主張した。
ウルはテーブルに料理を次々並べていく。
と、シャルルがもぞもぞしながら目を開けた。
「シャルルくん、ご飯出来たよ。」
「ん~・・・。あれ、ベル。」
「おはよう。」
「うん、おはよう。」
「まずは食え!話はそれからにしよう。」
食卓に並べられた料理は、ネスタ邸で出される料理と全く違っていて、初めて食べるものだらけだった。
バターのピラフも、香辛料が少し効いた独特なシチューも今まで食べたことがない味ながらとても美味しく、アルベルとシャルルはがっつくように頬張る。
パンも焼きたてで、葡萄ジュースも濃厚でとても美味しい。
そんな彼等の様子をウルは嬉しそうに眺めると、後の世話は式神に任せ、タバコを吸って来ると言って2階に上がった。
そこに、水色髪の妖艶な美女が立っていた。
「こないだは仲間はずれにしちゃってごめんね、水の精霊さん。」
「ベルちゃんを止めてくれて助かったわ。少し、いいかしら。」
「もちろんさ。」
仕事部屋に精霊を招き入れる。
締め切ったままであったカーテンを開けて、窓から朝の心地よい風を招き入れる。
窓の縁に腰掛けて、煙管に火を点した。
「あなた、全部知っていたでしょ。」
「どれのことかな?」
「何もかもよ。」
「フフ。1人の人間が全てを把握するなんて不可能さ。まあそれでも、水の精霊である君が頭を悩ませる一端は垣間見たと思うけどね。」
セウレラの顔がどんどん曇っていき、自分を抱きしめるように肘を撫でた。
紫煙を窓の外に吐く。
「知ってて、黙っててくれたのね。」
「俺はカフだ。さすがに見える。君が側に居る理由は?アルベルの幼馴染みっていう光の適合者の指示かい?」
「私の意思よ。私が、ベルちゃんを選んだの。」
「いいのかい?光の適合者が何を企んでるか知らないけれど、彼女は巻き込まれる。当人も、何も聞かされてないのだろう?」
「ベルちゃんは、あの無垢なままでいて欲しいの。」
「それがエゴだとしても?」
「貴方も親のエゴとやらで動いたじゃない。」
「ハハ。それを言われちゃ何も返せないなぁ。」
また煙管に口をつけ、美味そうに味わいながらゆっくり煙を吐く。
「そういえば、ヴァンくんは?」
「着替えてさっさとグアルガン本部にいっちまったよ。」
「大丈夫なの?ダークに酷くやられたようだけど。」
「まーったく、言うこと聞かねぇんだよ、ウチのやんちゃ坊主は。」
「フフ。お父さんも大変ね。」
ちげぇねぇ、と嬉しそうに笑って、ウルはまた煙管をくわえた
「お前さん達精霊が何を企んでいるか知らないが、オレは可愛い息子を守れればそれでいいよ。」
*
一方、1階の2人は並べられた料理を全部平らげていた。
「はぁー!美味かった。初めて食べる味だったけど。」
「ウルさん家の郷土料理だって。」
「食べたことあんの?」
「うん。子供の頃に、何度かご馳走になった。」
「そっか、ヴァンと幼馴染みだったな。」
空いたグラスに、式神が葡萄ジュースを注いでくれた。
「ありがとう、クチナシさん。」
「式神とも顔見知り?」
「よくヴァンの迎えに来たり、僕を家に送ってくれたりしたんだ。」
表情は全く見えない式神だが、纏う雰囲気が柔らかくなったのにアルベルでも気づいた。
空いた皿を片付け、キッチンに消えた。
「ウルも酷いよ。アタシには止めたくせに、リカルドとシャルルは行かせたなんて。」
「仲間はずれにされてヘソを曲げてるの?」
「曲げてる!!」
正直にふて腐れるアルベルに苦笑を漏らす。
「ヴァンを助けるには、リカルドくんが適任だったみたいだ。リカルドくんは・・・。」
「さっき、王都から軍人がリカルドを迎えに来て、連れて行ったぞ。」
「うん・・・。帰りの車で、聞いたよ。」
「どういうことだよ。」
やや俯いたシャルルが、手にしていたガラスのコップを、指の腹で撫でる。
「リカルドくん、王子様だったんだって。でも、王位継承争いで暗殺されそうになって、ヴォルクに逃げてきて、ネスタ家が匿った。」
「王子を?」
「そう。ウルさんが本人と回りから記憶を抜いた上で、ネスタ家がバレないようにディアナ様の執事として育てることにしたんだって。でね。王族の血筋には、"葉の刻印"っていう精霊にしか見えない模様が刻まれてて、精霊は絶対に手出し出来ないようになってるんだって。」
少し遠くで、皿を洗うカチャカチャという軽快な音が聞こえてきた。
「それは、精霊王の友人である人間王、初代ラティス国王の末裔を精霊が間違えて傷けないようになんだって。」
「だからケルベロスの本拠地に行っても、無傷で帰ってこれたのか。四大精霊のセウレラでさえ、ダークに頭抑えられたら力が出せないってのに。」
「うん。だからリカルドくんがケルベロスに行って、君にディアナ様を守って欲しかったんだ。適材適所だって言ってた。」
「事情はわかった。」
葡萄ジュースを半分ほど飲む。
「ってことはよ。お迎えが早かったのも、ダークが王都に告げ口したからってことか。リカルドがいないヴォルクに、ダークは簡単に侵入して大暴れ出来る。」
「ヴァンがろくに休みもせず出ていったのもそれが理由だよ。ダークから完全に身を守れる人間は、もうウルさんだけだ。」
「ディアナの雰囲気が固かったのもそれが原因か・・・。」
残り半分のジュースも一気に飲み干した。
「あと数時間でケルベロスはヴォルクに入るって聞いた。アタシもディアナのとこに戻って護衛に徹する。」
「うん。ディアナ様と宝具を守り切ればこっちの勝ちだ。僕も商工会の詰め所に寄ってみる。」
アルベルは立ち上がった。
「ヴォルクを守ろう。」
「おう!終わったら、またメシ食おうぜ。」
クチナシに主に礼を言うよう言付けて、セウレラを呼び戻してウルの家を出た。
