*** 6
ケルベロスがヴォルクの街に入ったのは、正午を少し回った頃だった。
ヴォルクは東と西に国道が走ってはいるが、国の外れにあり目立った観光施設もないので外からの出入りは多い方では無い。
とはいえ、
「人の気配が全くなくないか?車も全然通ってねぇじゃねえか。」
「田舎とは言え静か過ぎるな。」
ケルベロスの組員はいくつかに分かれ、国道だけではなくヴォルクに繋がる道から
それぞれヴォルクに入っていた。
スキンヘッドに鉄パイプを握った男が、辺りをキョロキョロと眺める。
「エンリカはどうした。精霊使いは全員出動しろとの命だろうが」
「月のモンがきたから休むってよ。」
「ハァ!?そんなのアリかよ。」
街の中に入ると、違和感がどんどん強くなった。
本当に人がいないのだ。
街の端にあっても此処は元老院のネスタ家が統治する街だ。
昼間っから仕事をさぼってるなどあり得ない。
十中八九、罠であろう。しかし、街の民全員参加で罠を掛けられるとは、
どれほどの統率力があれば実行出来るのだろうか。
罠だと分かっていても、ボスにもダークさんにも逆らえない今、喜んで飛び込む他ないだろう。
部下に指示しながら街の中に入り大通りを進む。すると、通路の真ん中に人影があった。
白い制服に身を包んでいる。ヴォルクの私設護衛部隊、グアルガンだ。
号令を上げて、仲間に警戒態勢を取らせる。
相手は腕にはめた疑似召喚装置でそれぞれ精霊を召喚し攻撃を仕掛けてくる。
こちらにもダークからあてがわれた精霊使いが数人いたので対応する。
数手交えたところで、突然白服が精霊を引っ込めて小路の方へ逃げだした。
「相性不利と見て逃げやがった!」
「追え追えー!宝具と小僧の居場所を吐かせろ!」
屈強の男達は、白服を追って小路の中に入り込む。
元老院のお膝元の割に、街の小路は入り組み汚れ、全く整備されていなかった。
街の開発は見て見ぬ振りをしてきたのか。
いや違うと、ケルベロスの1人は気づき始めた。
この街は、わざと複雑化を残している。街に慣れぬ余所者を惑わすために―
「コダマ、やれ!」
女の声がしたと思った時には、彼等の足は何かに絡め取られ、宙に浮いていた。
網だった。巨大な網が大の大人6人を簡単に持ち上げ絡め取ってしまった。
体格のいい大人が積み重なって自由が利かず、頭をなんとか捻って眼下を覗く。
白服が数人集まって、小柄な女が指示を飛ばしていた。
やはり罠だった。街に人がいないことに警戒し過ぎて、人の影を見付けたのが嬉しくてつい跡を追ってしまった。
だが、気づいた時にはもう遅かった。
*
中央区より北、旧貴族が多く住む高級住宅街が建つ丘の下にグアルガン本部はある。
なぜ中枢に本部を作らなかったのかといえば、北のトゥーリヤに移動したケルベロスに睨みをきかせるためであった。
本部上階の大会議室には、次々ケルベロス組員の捕獲情報が入ってくる。
だが捕獲したのは下っ端ばかりで、ダーク及びボスの目撃情報は入ってこない。
西の統治者でありヴァンの父親であるカフの結界はもう完全に解けた頃合いだ。
ヴォルクのそこら中にしかけた監視カメラの映像がいくつも並べられたモニターに映し出され
指示を出し情報を共有するオペレーターの声がいくつも重なっている。
出入りする隊員の合間を縫って、赤髪の男が現れた。
「今どういう状況?」
ヴァンが問いかけたのは、部屋の中央で椅子に座ってモニターを睨んでいる女性。
美しい金髪をきっちりとまとめ、スリットを入れたタイトスカートからのぞく長い脚を組んでいた。
華美さはないかわりに、にじみ出る凜とした雰囲気と刺すような視線。
メガネの奥にある瞳を細め注意深く情報を注視している。
その瞳の鋭さが、彼女の持つ夜に浮かぶ月のような美しさを油断ならない獰猛な女豹へと変えている。
「貴方は前線から外したはずよ。」
「冷たいこと言わないでよ、レベッカ。」
「自分から人質をやると言い出したくせに、決定打を決めたのはネスタ家の執事さんだそうじゃないの。本当に役に立たないわね、貴方。」
「う・・・。」
「今回も大人しく自宅待機してなさいな。」
ヴァンと話をしながら、モニターをチェックし部下が次々入れてくる報告に耳を傾けていた。
「いやいや!こんな大事な時に大人しくしてられるかよ!俺が今度こそ囮役になるよ。俺が出たら姿見せるだろ。」
「うぬぼれが過ぎる、と言いたいけど、ボスはずいぶん貴方にご執着らしいじゃない。」
「ケルベロスのボス、ロベルトだったよ。ジェットじゃなかった。」
「報告は受けたわ。貴方を手に入れた後、ヴォルク攻略を諦める程、貴方お兄さんに好かれてたのね。」
無意識に、首の傷を撫でる。
ヴァン自身も、何故ここまでロベルトに執着されてるのかわからない。
本当の弟のように可愛がってくれてたとは思うが。
「ダークのせいだと思う。」
「まあそうでしょうね。ダークは人間の闇を増幅し利用する。そうやって何度も実際に手を出せない王族を外堀から瓦解させようと試みた。弟に対する愛情と執着を利用され自分の目的のためにケルベロスなんて作らせたのでしょう。時が満ちるのをずっと待っていた、というところかしら。時間概念がない精霊は長期戦を打てるから、羨ましいわ。」
微塵も羨ましいと思っていなさそうな淡々とした声音で吐き出すと、小走りでやってきた部下が差し出す
紙の報告書を見て、椅子から立ち上がり、ヴァンと向き合った。
メガネの奥にある鋭く光る青い瞳が、全てを見抜いていると言いたげな強い瞳でヴァンを見返してくる。
意思の強さと、進行に対する迷いのなさは、出会った頃から何も変わらない。
「貴方が顔を見せた甲斐があったみたいよ。」
「え?」
「ヴォルク進行にケルベロスは戦力のほとんどを割いた。30分前、我がグアルガン、トゥーリヤ政府と警察によってケルベロスアジトを同時に強制家宅捜査に踏み切った。組員は全員捕獲、アジトも全て制圧完了。ケルベロスはもう壊滅したわ。」
「ハァ!?い、いつの間に。よく実行に踏み切ったね。中だって不透明だったのに」
「ルチアーノが人質になった際にデータを全部抜いてきたのよ。」
「抜け目ないな・・・。」
「やっと頭痛の種が消えた。あとはダークとボスを制圧出来れば完了する。餌の役目、承認してあげる。」
ただし、と目がさらに鋭く細くなった。
「貴方が動くことで悲しむ人がいる。友人も動いたのよ。貴方の動きはそれらを無視し過ぎている。」
「守られているだけじゃ嫌なんだ。」
「ほら、それも自分勝手な行動じゃない。」
「やめてよレベッカ!そんな母親みたいなこと―」
「いい加減分かりなさい。もう子供じゃ無いのよ、私も、貴方も。」
心の奥まで見抜いてくる瞳は、喉元に刃を向けられたのと同じ。
身動きを奪われ、見ようとせず頭の隅に放り投げた戸惑いと焦りすら浮き彫りにさせてくる。
何故か、子供みたいに泣きたくなる。彼女の前では、威勢も嘘も通用しない。
「ケルベロスのボスも正規適合者ではなく、精霊核による疑似召喚であると報告にあった。」
「え、じゃあロベルトは・・・。」
「闇の正規適合者は生まれていない。ダークは誰でもよかったのよ。少しでも心に闇を持つ人間なら。この時代、闇を持たない人間なんて、そうそういないでしょうし。
8年前も、自分のせいでヴォルクが傷ついたなんて自惚れたことを考えてるみたいだけど、お門違いよ。今回だって―」
「もういいよ、レベッカ。心配かけてごめん。」
冷たい視線を真っ向から受けて、ヴァンは力強く、堂々と返した。
「精霊核をヴォルクに持ち込んだのは、確かに俺だ。ピエドラでの縁を絶ちきらず逃げ出してきたのも俺だ。
お願いだよ、レベッカ。ここで過去を断ち切らせてくれ。じゃないと、前に進めない。」
「・・・ヴァン。」
レベッカの瞳が、初めて揺らいだ。
「俺は恵まれてる。こんな俺を息子にしたいと言ってくれた家族も、俺のために危険を冒してくれた友達も出来た。皆と一緒にいて、恥ずかしくない自分になりたいんだ。」
たじろぐのは、レベッカの番だった。
目の前に立つのは、かつてスラム街で憂さ晴らしをしていた少年が、ずいぶん立派になったものだ。
―私の選択は間違いではなかった。だが、巻き込んだ責任はある。
紙を一枚差し出した。
「このポイントに向かいなさい。一定の被害承認エリアで人員の避難は完了、ケルベロス侵入の危険性もない。」
「・・・わかった!」
「それから、キアラかマリオをつけなさい。貴方、もう腕輪ないのでしょう。」
「腕輪がなくても体術でなんとかするよ。ダーク相手じゃ精霊は勝てない。姿さえ現してくれれば、ウルがなんとかしてくれる。」
「それもそうね。過保護な親のこと忘れてたわ。通信装置持っていきなさい。退避命令出たら言うこと聞きなさいよ。」
「了解。」
レベッカから紙を受け取り、部下の1人からトランシーバーも借りて退出した。
本部の建物を出てトランシーバーを腰に付けイヤホンを耳に差す。
本部で行われている情報のやり取りが邪魔にならない程度に音量をしぼる。
「1人でおいしいとこ取りですか。つれないッスね。」
出入り口で柄の悪そうにしゃがみ込んでいた男が立ち上がった。
部下のリントであった。この非常時でも慌てた様子もなく飄々としている。部下としては心強い。
「ついてくる気?」
「当たり前じゃないッスか。ヴァンさんの後ろが一番面白いんスから。それに、ダークなら俺も相手させてほしいッスね。」
何ものにも捕らわれずといった様子で飄々としていた男の顔が一変した。
双眸に野蛮な光が差し笑みが消える。放たれる殺意は刃のようである。
「そっか、お前もダークに因縁有りだったな。」
「ご相伴に預かりますよ。」
「お好きにどうぞ。命の保証ないからな、俺もお前も。」
「もちろんッスよ。」
リントを連れ街を走った。
人通りはもちろん車の横行もない。遠くで爆発音らしきものは聞こえるものの、普段のヴォルクからしたら静かなものだ。
まだ昼過ぎ。太陽は真上より少し西にある。ダークの出現報告はまだなく、宝具を所持したディアナ様がいるネスタ家もまだ平和そのものらしい。
カフであるウルの結界が効いてるのだろう。王族ではないにしろ、カフの技はダークも安易に手が出せないに違いない。
ロベルトは逃げた自分をさっさと捕らえろと命令している。ダークは何故か主に逆らえず、むしろ怯えていた。
ならば、主の命を第一に自分を狙ってくる。第一目標が宝具に切り替わったら別だが。
「リント、ダークが出現したら即本部に連絡しろ。」
「了解。」
「お前は距離を取って―」
「それは嫌です。」
「お前なぁ。」
「グランドストン家を壊滅に追いやって、妹を殺したやつだ。悪いけど、ヴァンさんより先に因縁あるんで。」
「わかったよ。」
「俺にも、執事さんみたいに葉があればよかったのに。」
「・・・そうだな。」
2人は、車が行き交う国道を堂々と走り続けた。
