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*** 7


「静かだな。」

 

レースカーテンを手で開き、窓の外を見ながら呟いた。
ネスタ家は緩やかな丘の上に建ち、辺り一帯も私有地のため街の騒ぎが届かない。
今ごろ街ではケルベロスとグアルガンが戦ってる最中なのだろうが、このネスタ邸はいつもより静かであった。
使用人の半分は避難させているため屋敷内を忙しなく働く姿は減り、ネスタ家を訪れる客人は当然いない。
その代わり、普段は忙しくて滅多に一緒にいられないディアナと、食堂でお茶を楽しんでいた。
香りがよいアールグレイの紅茶に、アフタヌーンティースタンドには軽食やスイーツ類が乗せられていた。
普段なら喜んで飛びつくアルベルだが、ケルベロスとダークが今まさにヴォルクに迫っている状況に気が落ち着かず、そわそわと椅子に座ったり立ったりを繰り返していた。

 


「ベルちゃんが落ち着かなくてどうするのよ。危ないのはディアナちゃんなのよ?」
「フフフ。そうですわ。わたくしを守っていただかないと困りますわね。」

 


狙われている本人はというと、今日も優雅にカップを傾け不安そうな様子は無い。
セウレラは空中浮かびながら足を組んで座っていた。

 


「ヴァンの父ちゃんが結界張ってくれたと言ってもよー、相手はダークだろ?大丈夫なのかよ。」
「確かに精霊のトップはダークとライトだけれど、私だって四大精霊の一角なんだから、もう少し信用して欲しいわね。」
「こないだ手も足も出なかったじゃねぇか。」

 


唇をとがらせ抗議する。
アルベルは、ヴァンがさらわれる際ダークの分身に体を強く押さえつけられるあの感覚が忘れられないようである。

 


「カフも守って下さいますよ。」
「カフってそんなに凄いのか?精霊より?」
「私達精霊はそれぞれの元素に影響されるし、精霊王と人間王の契約に支配されている。人間をむやみに攻撃出来ないとか、色々誓約があるの。
でもカフは人間でありながらこの世界に存在する不可視の力を利用出来る唯一の存在。絵本の魔法使いとか魔術師とか言った方が想像しやすいかしら?私達精霊よりずっと自由なの。」
「まったく別の力ってこと?」
「そう。私達は人間界では人間より下位になるから、当然カフの技に絡め取られる。ほら、ヴァンくんの実家に結界があったから私は入れなかったでしょ?」
「少し安心した。ダークはこの屋敷に入れないってことか。」
「そういうこと。でも人間は別よ。悪い人間が不法侵入しようとしてきたら、ベルちゃんと私の出番よ。」
「おう!任せとけ!」

 


安心したのか席に着き、スタンドからマカロンを一つ手に取り口に放り投げる。
今は行儀が悪いと睨んでくるメイドもいないので自由気ままだ。

 


「いい機会ですわ。セウレラさん。聞きたい事があるのですが、よろしいでしょうか?」
「ええ、もちろん。」
「初代ネスタの娘は、どういった方でしたか?」

 


空中に浮かんでいたセウレラは、目を見開いて動きを止めた。
手にしたカップの水面を見ながら、薄く笑った少女の生気を感じない作られた歪な形に気づいた精霊が、指を鳴らした。
すると、アルベルが突然テーブルに突っ伏して動かなくなった。
カップが音を立てたが、中身は無事だった。
ディアナもカップをソーサーに戻す。


「大丈夫。眠らせただけ。ベルちゃんには聞かせられない話なの。私が初代ネスタを知っていると、何故思ったの?」
「宝具を引き継いだときに、記憶も引き継ぐようで。一部ですが、セウレラさんが見えました。」
「初耳だわ。」
「記憶だけじゃありません。何やら、声が聞こえるのです。宝具を守れと、囁くのです。それは夜ごと強くなり、闇が来るぞと、警戒してくるのです。」
「ああ、なんてこと・・・。」
「歴代の宝具所持者の記録を見ましたが、この現象はネスタ家の鍵だけがもつ特性らしいのです。」
「私も、宝具所持者との接触はほとんど無かったから・・・知らなかったわ。」

 


宙に浮いていたセウレラは、ディアナの左側の椅子にちゃんと腰掛けた。

 


「ネスタは、レヌス王の身の回りを世話していた使用人だったけど、王が最も信頼した友でもあった。
いつも穏やかで優しい女性だった。可愛らしくて、芯があった。」

 


遠い昔を懐かしむように、窓の外を見て口角を上げた。
けどすぐに表情を引き締めディアナを真っ直ぐと見つめた。

 


「ネスタの霊がそう囁くなら、早く宝具を1箇所に集めお父様を起こした方がいいかもしれない。」
「独自の調べで、剣と冠の現在の所持者は丁寧に隠され見つかっておりません。」
「元老院の血筋に宿らなかったのね。」
「はい。」
「それは困ったわね。でも大丈夫よ。お父様が必要になる時には、必ず揃う運命にある」

 


ディアナの青い瞳の奥に不安の影が過ぎった。

 


「それともう一つ。レヌス王の心臓はご存じでしょうか。精霊が人間界に顕現出来る媒体であったそれが、墓からなくなっておりました。心臓の代わりに、精霊の息吹が込められた玉鋼があったとか。」
「その玉鋼、どうしたの?」
「加工し、箱に。わたくしの味方が空間の精霊と契約を済ませました。」
「なるほどね。空間の精霊の力を借りて宝具を異空間へリンクさせて保存保持することが可能。空間の精霊は人間がいたからこそ生まれた後期の存在だから、ダークやライトの影響を受けにくい。精霊の息吹が入った素材で作ったなら強固になる。よく思いついたわね。」
「それも、囁く声が教えてくれました。余程、宝具を守りたいのでしょう。胸騒ぎが止まらないのです。ダークは、何か企んでいるのではないですか。」

 


セウレラが、ディアナから視線を外し眉間に皺を寄せ難しい顔をした。
重ねた手をギュッと握る。


「ディアナちゃん。私は―」
「うう・・・。」

 


鈍い声を上げ、アルベルがゆっくり頭を上げた。
打ち付けた額をさすっている間に、セウレラが口の前で人差し指を立てた。
今の話は内緒だというジェスチャーだった。

 


「あれ、アタシなんで・・・。」
「安心して糸が切れたんじゃない?昨日もろくに寝られなかったでしょう。」
「あ、そうかも。寝てる間何も無かったか?」
「ええ。」

 


先程の声より明るい声を出す精霊に違和感があった。
なぜ契約主であるアルベルに隠し事をしたのだろうか。
とぼけた声で話を誤魔化した精霊はまた浮かび上がって、椅子から離れた。
アルベルは特に不思議がることもなく、スタンドからサンドイッチを取って食べ始める。
メイドが1人食堂にやってきて、ディアナに紙を手渡してすぐにまた出て行った。

 


「何かあったか?」
「作戦開始されたようです。すでにケルベロスが数人街に入りグアルガンに捕らえられたと。」

 


ケルベロス本部の鎮圧の件も書いてあったが、アルベルには伏せておいた。

 


「任せろよ、ディアナ。ダークが来てもアタシが守ってやるから!」

 


曇りの一つもない笑顔に、肩に入っていた力が自然と抜けていく。
彼女の精霊が、主にきな臭い話を聞かせないようにしているのも納得した。
メイドを退室させているので、自分でカップに紅茶を注ぐ。

 

「なあ、リカルドのこと帰しちまってよかったのか?アイツも、世話になったくせにさっさといっちまって。」
「いつかこうなると分かっていたことです。」
「アイツが王子ねー。見た目はともかく、王子っぽくはないな。」
「フフ。そうですね。リカルドは、自分で何かを決めるのが苦手でしたから。
なので、ヴァンさんを助けに行くと言い出した時は驚きました。」
「あいつら、喧嘩ばっかだけど仲がいいよな。」
「ええ。」

 


遠き日を思い出すように窓の外を眺めた。
屋敷の周りは相変わらず静かであった。
顔をアルベルに戻す。

 

「バジルさんは、どういった方なんですか?」
「うーん。よく村のおっちゃん達は女みたいだってバカにしてたよ。畑仕事より料理とか縫い物、本が好きだったんだ。反対にアタシは男みたいだってよく言われてた。」
「羨ましいです。わたくしは、幼いころから友もなく1人でしたので。」
「何言ってんだ。今はアタシがいるだろ?」

 


キョトンとした顔で小首を傾けるアルベルに、さすがのディアナもポカンと口を開けて唖然としてしまった。
遅れて、目の奥が熱くなったので慌てて笑って誤魔化した。
今は、泣いている場合ではない。私はネスタ家当主なのだ。この嵐が収まるまでは、気を持ち続けなければ。

 

「まあ、嬉しい。」
「ケルベロス倒してダークも追い払ったらさ、また風呂入って一緒に寝ようぜ。
ディアナ、最近忙しくて全然顔合わせてくんなかったじゃん。」
「ええ、もちろんですわ。街が落ち着いたら、黄昏市場にも参りましょう」
「いいな!またゲントさんとこで魚買おうぜ。」

 


少女達が楽しく語らう外では、ケルベロスの組員とグアルガンが戦っているのを人の気配を読み取れるセウレラには探知していた。
どうか此処では何も起きず、蚊帳の向こうで全てが終わってくれることを祈った。

 

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