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宝具・鍵が盗まれてから、3ヶ月が経過した。


ヴォルクは相変わらずネスタ家の膝元で日々を穏やかに暮らしていた。
鍵を失ったネスタ家については、監督責任を問う元老院家からの声もあったが
本来所持者しか触れられないはずの宝具を盗まれたのは前代未聞であり、想定不可能な事案であるため
同情の声が多く、古来より王家を支えてきた信頼と丁寧に張り巡らせてきた縁で援助は多く得られた。
ネスタ家が元老院家であることに変りは無く、全ては宝具を盗んだ水の適合者が全面的に悪いと世論もまとまった。
現在も水の適合者、光の適合者2名は全国指名手配中であったが、あれから目撃情報などは一切出てこなかった。
精霊界最強と呼ばれた光の精霊を相手にすると、どんなに優れた精霊でも痕跡を追うのは不可能であったのだ。
人類側は警戒態勢を強める他は手段がなく、緊張が続く毎日を送るしかなかった。

 

 


*   *   *


その部屋は、まるで古代王宮の一室かのように豪華絢爛で贅沢と無駄使いの限りを尽くしていた。
壁や扉、いたる所に抽象彫刻が施され、ベージュの壁紙には金粉が混ぜ込んである。
カーテンは、リカルドが見たところによれば王室御用達有名店のオーダー品だろう。カーテン止めに店のロゴが入っている。見せつけているのだろうか。
白で統一された家具は海外ブランドの輸入品だが、今彼が座っている椅子と机に施された細かな装飾とデザインからみて、特注のオーダー品。
絨毯はピンク地で、20代の淑女が使うには幼稚過ぎ、当然男のリカルドには落ち着かない。カラーセンスの欠片も無い。統一性もゼロ。
極めつけは、幼稚な部屋には合わない紅茶カップ。
これまた有名な海外ブランド品で、玄人向けの渋いデザインは、部屋にも飲む側にも全く合っていない。
招待客や場所に合わせカップを変えるのは常識であろう――――。
などという一連の悪態をおくびにも表情に出さず、カップのアッサムティーを飲み顔を上げた。

 


「美味しいです。」
「よかったわ!シルヴァーノ様のお口に合って。」


茶葉を蒸らす時間が不十分で葉が開ききっていない上に、カップの温めすらしていないお茶ではあったが、お世辞で美味しいと言っておく。
何故ならば。
リカルドの対面席に座る貴族令嬢は、元老院の一角トラエッタ家の分家の1つであるチャルディーニ家の娘。
宝具・剣を宿したとされ国全体で護衛する対象になっている。
今も屋敷の外には王族の近衛兵、警官が配置されている。
ちなみに、剣を宿す者は“鞘”と呼ばれ、トラエッタ家本家ではなく分家に宿ると言われている。

 

「こうやってゆっくりお茶を楽しめるのは貴重ですわね。只でさえシルヴァーノ様はお忙しいく、中々お目にかかれないのですから。」

 


リカルドより4つも年上であるのに、頬を膨らませるご令嬢から目を反らし紅茶を飲むフリをする。
ディアナから、くれぐれも丁寧に接するようきつく言い遣っているため、無下な態度を取れないのが辛い所である。
大体、本名を呼ぶのも気にくわない。リカルドと呼んでくれと何度も言ったのに、彼女は改める様子はなかった。
ネスタ家執事より、王族の血が入っているという肩書きを好んでいるのだろう。
半分も減っていないティーカップをソーサーに戻す。

 


「宝具の取り出しは出来るようになりましたか?」
「えっ・・・いえ、まだ、ですの。」


娘は明らか様に動揺で表情を固くし、無意識に頬へ指を運んでいた。

 


「何度も訓練してはいるんですのよ?ただ、マニュアルもなく、感覚のみが頼りですので・・・。」
「そうですね。ご無理はなさらないように。」
「もちろんですわ!」


解放されたのは、それから1時間後だった。
リカルドが当てがわれた部屋に戻ると、ベッドに横たわり煙管を蒸かす男を見つけ、目を細め睨みつけた。
こちらは1時間以上も苦行に耐えたというのに、気楽なものだ。

 


「お疲れー。」
「ベッドに灰を落とさないでよ。」
「いきなり小言かよ。機嫌悪いね~。」


上着を椅子の背にかけ、ネクタイをほどく。


「お茶はマズイ、装飾派手過ぎ、食器のセンス無し。チャルディーニ家の位がよくわかったよ。」
「お。いきなり毒舌。そこそこ美人な子じゃないか。細かいとこには目を瞑れよ。・・・睨むなって。」

 


ヴァンは起き上がり、ベッドの縁に座り直す。


「お嬢様も、いつまで俺を置いておくんだ。」
「なに、いじけてんの?・・・だから睨むなって。」


シャツのボタンを1つほどき、備えつけのティーセットで自らお茶を入れる。クセで二人分。
3ヶ月前。葉の刻印を持ちながら精霊とも契約している戦闘能力を見込まれ、宝具・剣の守護を言い渡された。

大急ぎで王族流の成人の儀を終えてから、ヴォルクへ無事帰還を果たしたのに、息つく間もなくネスタ家を追い出された。
ヴォルクへ戻ることは許されず、チャルディーニ家の屋敷に住み込みで護衛に当たっている。
ヴァンは王子の付き人と偽って一緒についてきた。チャルディーニの執事にもってこさせた灰皿に煙管の灰を落とす。
礼儀もマナーもなってない王子の連れに執事は大変驚いていたが、王子専属魔法使いだと嘘ついたら、素直になんでももってきてくれるようになった。
灰皿を乗せたミニテーブルに紅茶カップが置かれ、リカルドは立ったまま紅茶を飲む。

 


「茶葉はいいものらしいな。煎れ方がよろしくない。」
「自画自賛?」
「俺はネスタの執事だ。三流貴族と同じでは務まらない。」
「うわ~上から目線。恐れいるよ、その見下し口調。」


ヴァンもカップを手にとり一口飲む。
確かに、その辺のカフェでは味わえない深みのある味だ。


「お前がそこまで嫌うとは珍しいな。普段は他人は目に入らないくせに。」
「下心丸見えなんだ。ネスタまで利用しようとする身のほど知らずな考えが気に入らない。あと本名呼びすぎ。」
「シルヴァーノって呼ぶの、もう俺ぐらいだもんな。」
「だから嫌なんだ。」


カップをテーブルに戻し、窓際で外を眺めだしたリカルドの斜め後ろからの顔を眺める。

 


「宝具を守るなら、葉の刻印があって精霊とも契約しているお前が適任だよ。王族でありながら精霊の適合者になる人間は滅多にいない。特別な“目”もある。」
「・・・役目はわかっている。この茶番を早く終わらせて欲しいだけだよ。」
「魚が餌に食いつかないと、終われないだろ。」
「来るのかな、彼ら。」
「鍵を奪った人間が、他の2つに手を出さないわけがない。まだ迷ってるのか。」
「僕も君も、彼女が鍵を奪う場面を見ていない。全てを聞いた今でも、まだ信じられないよ。」

 

部屋の扉にノックがあり、家令の執事が顔を出した。


「失礼いたします。お嬢様が今晩の夕食はご一緒にいかがでしょう、と伝言をお預かりしております。ご友人様は如何なさいましょう。」
「俺はいつも通りこの部屋に運んで―――」
「彼もご招待に預かりますので、エルカ様にもそうお伝え下さい。」
「かしこまりました。」


執事が出ていくと、ヴァンは大げさなため息を嫌味まじりで吐いた。


「巻き込むなよ、俺を・・・。」
「頼りにしてるよ親友。食事の時までご機嫌とりなんかしてたくないからね。」

 


リカルド曰く、憂鬱で億劫で退屈な晩餐会は難なく終わった。
ヴァンという邪魔者登場で最初令嬢は歓迎していなかったが、さすが口からでまかせを言わせたらヴォルク1の男。
巧みな話術で令嬢の機嫌を取り続けてくれた。

 

 

 


* 

 


そして、夜中。

寝静まるチャルディーニ邸の廊下をリカルドがヴァンを連れだって歩き、令嬢の部屋の前に辿り着いた。
ヴァンが頷いたので、リカルドはノックもなしに扉を開けた。
月明かりだけが豪華な装飾品を照らす部屋に、寝巻き姿のエルカ嬢と、ピンク髪の少女がいた。
大きな窓ガラスの向こうにある街灯の明かりが少女のシルエットをなぞる。
だが、その表情は酷く冷たいものだった。いや、そう感じるだけで、ただの無表情なだけ。
表情豊かだった少女から、一切の感情が消えてしまったことでその落差がとても恐ろしいもののように感じさせてしまう。

 

「シルヴァーノ様、お助け下さい!」

 


ベッドの上にて、手足を縛られているエルカが必死に叫ぶが、リカルドはただ冷静に少女を見つめていた。

 


「シルヴァーノ様っ!宝具と私をお守り下さい!」
「守るもなにも、お前宝具持ってないジャン。」

 


聞き慣れぬ男の声がして、アルベルの影が動いた。
伸びたと思えば急に立ち上がり、人型になった。
随分と背の高いわりに痩せすぎの体。山高帽子を被り、黒いスーツを着た姿になると、
帽子の鍔を指でつまんで捕らえた女を見下ろした。


「わざわざ調べて侵入してみりゃ、空っぽじゃないですカ。だいたい、剣が本当体に入ってたら、本来なら病院暮らししてるハズですよ。」
「え・・・?」
「宝具をその身に抱くということは、莫大な体力と精神力を犠にしなければいけない。特に剣は維持が難しく、女の体では耐えるのが精一杯で寝たきりが多いと聞く。よって、代々鞘の女性は短命なのデス。」


山高帽子の男に指摘され、夜であるというのに、エルカの顔が青くなっていくのがわかった。


「私は、まだ剣を預かって3ヶ月しか経っていないからで・・・、まだ上手く。」
「見苦しい。お前が剣を宿してないことなど、とっくに気づいていた。」


リカルドが鋭い声を放ち、目をすぅっと細めた。
蔑むような視線を受けて、エルカの顔が醜く歪み出した。
滑稽な足掻きを叫びだした声が耳障りで、リカルドは蔦を出し娘の口を塞いでしまった。
アルベルはベッドから身を引いて、体をリカルドに向けた。
相変わらず無表情のまま、一言も喋ろうとしない。かわりに喋るのは、山高帽子の男。


「なんだ、アンタら気づいててわざと芝居打ってたってワケ~?」
「本物の剣の鞘は、こっちで把握してるんだ。ベルが来るのをずっと待ってたんだよ。」
「アルベル、なぜお嬢様を裏切って宝具を盗んだんだ。」


窓から差し込む明かりを纏う少女は、生気を感じなかった。
目に焦点が合っていないどころか、瞬きもしない。


「アルベル・・・?」
「裏切ったは違うなぁ。そもそもこの娘に仲間意識なんて無い。ただ与えられた役目をこなしただけ。今や、自我のないお人形さんなのダカラ。」
「そういうお前は何者だ。ベルのナイト気取りか?」


ヴァンがリカルドを庇うように一歩進み出て、山高帽子の男を睨み付ける。


「人間じゃないな。」
「ほう。ヤクト一族でもないのにカフの技を使うのか。」


男は山高帽子を取って、片足を引いて綺麗なお辞儀をしてみせた。


「お初にお目にかかります。ワタシの名はグレゴリオ・フォン・メスト。水の精霊セウレラに代わり、アルベルさんのお守り役を仰せつかりました。ワタシの正体は・・・今はナイショにしておきまショ。以後お見知りおきを。」


男の手に、杖が出現し握られた。杖の石突きで床を2回叩くと、男の影が伸びヴァンとリカルドまで迫った。

 

「リカルド、下がってろ。」

 

ヴァンが片手を差し出して見えない壁を作ると、床を這う影が行き場を無くして急停止した。

 


「ヴァン、目を。」
「やる気?」
「ベルを捕獲する。早く。」
「へいへい。仰せのままに、我が君。」


ヴァンが煙管を左手に持ち変えて、右手の平を掲げた。
異国の呪文を唱えると、小さな蛍のような、緑に光る球体が2つ現れた。
交わりながら光は飛び、ヴァンの手から離れると、リカルドの目に左右一つずつ飛込んだ。
途端、リカルドの漆黒の髪が新緑の緑色に変わり、ゆっくり開かれた瞳の色も、美しく鮮やかな緑に染まっていた。

 


「おー!聞いていますヨ。それが賢王モードってやつですね。」


宝具が見えるその両目で、リカルドはしかとアルベルの腹に宝具・鍵がしっかり収まっているのを見た。
周りが言っていたことが嘘でも見間違いでも無いことが、嫌でも理解出来てしまった。
山高帽子の後ろで、うつろな目をしている少女を辛そうな目で見つめた。
ヴァンが指をパチンと鳴らすと、ベッドの上でいつの間にか気絶していた令嬢が消えた。
無関係とは言え貴族を殺したとあってはネスタ家やリカルドの評判を落とし兼ねないので、安全な場所に避難させる。

 

「こちらも、宝具がないなら退散させて頂きましょうかネ。」

 


山高帽子が杖で床を1回叩く。
すると闇が円形に広がり、男とアルベルの体が底なし沼に沈むかのように床を貫通して消えていき、ヴァンが術式で捕らえるより早く、2人はその部屋からいなくなった。
数秒の間を置いてから、ヴァンがふぅと息を吐いて力を抜いた。


「奴らには宝具を探知出来ないようだな。」
「・・・。」
「シルヴァーノ?」


リカルドの顔を覗き込む。

 


「アルベル、別人のようだった・・・。」
「あちらが本性だったのかもしれない。俺らに見せていたのは、偽物の顔。誰も、他人の心などわかってるつもりでわかっちゃいない。お前がそこまであの子に心許してたとは、驚いた。」
「いや、俺より・・・。アルベルといるお嬢様が、まだエミディオ様とティナ様が生きておられた無邪気な頃に戻るのが、嬉しかったんだ。ディアナ様には、笑っていて欲しい。どうしたらいい。どうしたら、またディアナ様を昔に戻せる。」
「誰も過去には戻れない。けど、進むことは出来る。まずは帰ろう、ヴォルクに。」

 


部屋に救う闇を吸い取るように、リカルドの瞳と髪が黒に戻っていく。
物憂げな瞳を伏せたまま、ヴァンに続いて部屋を出た

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