カウス城3
そして夜。
惑星ルナの明かりがあるとはいえ、カウス城の回りは等間隔に三脚かがり火が置かれた。
火の近くには鎧を纏い装備も完璧な兵士が並び、夜の場内を睨んでいる。
城の南東側には街から騎士館を隠すかのように鬱蒼とした林が広がっており、敵が一番侵入しやすいため、
タカヒト率いる小隊はその森に一番近い王宮の角にて見張りについていた。
重なる葉がルナの明かりを遮り、篝火でも照らせぬ森の闇をタカヒトはじっと見据える。
「やはり僧侶様に防壁を張って頂いた方がよろしいのでは?」
女性用の身軽でスマートな鎧をつけたリセルが隣に並ぶ。
「敵の目的がカウス城とは限らん。かと言って捕まえるまで夜間警備を通常に戻すわけにはいかないからな。連日僧侶殿にご負担かけてしまう。万が一が起きた時は真っ先に陛下を守っていただかねば。」
「魔術士に城周辺探知系の術をかけさせました。余程の術士じゃなければ罠に掛かるでしょうが・・・。」
「トキヤは何か掴めたのか。」
「いえ。目撃者も酔いが覚め二日酔いに悩まされてる間に記憶が曖昧になってしまったとかで、大した情報は。」
静かだった城の回りが騒がしくなった。
槍を持った兵士が一人駆け足で隊長の元にやって来る。
「南東門より敵襲撃!敵は一人、フードの男!しかし並外れた反射神経で攻撃が一切効かず、第5、第6小隊全滅!」
やはり犯人はオッドアイの男だろうとタカヒトは思った。
トップクラスの実力を誇る隊長の一撃を交してみせた男だ。
「俺が行く。各隊持ち場を守るよう指示し、クサナギ将軍に伝令飛ばせ。此処は頼んだぞリセル。」
「お気をつけて。」
兵士と共に敵の元へ向かう。
門へ行くと、敵は森の中に逃げたと言う。
ウィザードが氷の防壁で城への道を閉ざし、さらに精霊召喚士が水の精霊ウィンディーネを呼び出し空気零結を行なったところ、敵は森に一旦引いた。今は森の精霊に居場所を聞いているところらしく召喚士が指で複雑な印を作りながら空を仰いでいる。
「その男は両手に赤黒い陣を出したりしなかったか?黒いモヤを出したり。」
「いえ。反撃は一切してきませんでした。交わすばかりで」
「タカヒト隊長、見付けました。精霊に案内させますか?」
「頼む。俺が入ったら精霊で森を囲んでくれ。」
「かしこまりました」
ウィザードに指示して森に入っていく。
するとすぐタカヒトの前に緑色に光る妖精が現れ誘導を始める。
人の形をした羽の生えた森の雄型妖精は頭に渦を巻いた角を生やしていて、頭を降りその角で目的地を探っているようだった。
敵は森の南出口付近にいた。ウィザード達が森を囲んでいる為逃げられずにいたらしく、タカヒトの姿を目視すると体をこちらを向け仁王立ちした。
案内役の精霊が消えてから、タカヒトは腰からロングソードを抜き構える。
「カウス城の敷地に侵入した理由を大人しく話せば手荒な真似はしない。」
フードを目深く被った侵入者は何も答えない。
対峙してすぐ、タカヒトは気付いた。
「・・・お前、ウロボロスの魔導師じゃないな。」
遠征で出会ったオッドアイ魔導師は黒の外套を纏っていたが、今夜の侵入者の外套は松葉色でややボロに見えるし、背丈も大分低い。
「なら、昨夜外交官を襲ったのはお前か?」
「・・・」
「答えないなら、捕えさせて貰うぞ。」
タカヒトは地面を強く蹴り身を低くして合間を詰めるように駆け横薙に一閃。
ブレもなく素早い縦の動きに大概の相手は反応に遅れるのだが、敵はあっさり太刀筋の反対に避ける。
柔軟な手首の動きで右から左に戻した剣で敵の肩を狙うが、ひらりと軽やかに避けられた。
あまりに華麗に避けるので、一瞬タカヒトに隙が生まれてしまったのだが、敵はその隙をついた反撃をしてこない。
その後防御を捨てた攻撃を繰り返してみても敵は剣を避けるばかりで蹴り一発入れてこない。
タカヒトが苛ついたのは攻撃をことごとく避けられた事と、敵はタカヒトと対峙しながら出口を探っている事だ。
周りを囲むウィザード達の結界は徐々にせばまっている事の方が、敵には重要な事らしかった。
「ふざけるのも大概にしろ!」
流石に我慢ならなくなった騎士団隊長は、右足を大きく踏み込み力一杯刀を振るった。
すると切っ先が敵の右二の腕をかすった。
松葉色の外套に赤いものが広がり思ったより深く斬り付けたようだ。
普段、戦場以外では人を傷つけることなく捕まえるのがタカヒトの、ひいては騎士団の美学のような所があったが今は気にしてる場合ではない。
敵が傷に顔を向けた一瞬に、体当たりをして地面に倒おすと直ぐ様馬乗りになって切っ先を敵の眉間に向ける。
フードがぱさりと地面に落ちた。
敵は、まだ幼さが残る少年だった。
少年なのは確実なのだが、綺麗な顔は中性的でもあり少女と通じる部分が多い。茶の長めの髪に同じ色の大きめの瞳が特にそう思わせる。
歳はどんなに上に見積もっても16、7歳。
表情に焦りや怒りなんてなく、無表情のままタカヒトを見上げている。
内心、敵の若さに驚いたが騎士団として長年の経験で切っ先を震わせる事なく少年と改めて対峙する。
「傷を増やしたくなかったら大人しくろ。俺も血で神聖な土を汚したくはない。」
「・・・」
「狙いはなんだ。誰かに雇われたのか。」
少年の瞳は、遠いはずのルナの灯りを反射している気がした。
奥深く、何処か謎めいているようなマカボニーの瞳。
若さに似合わない無限の知識と、時間などという概念すら感じさせない異次元の存在すらあり、吸い込まれてしまいそうになる。
突然、視界が反転した。
後頭部と背に固い土が当たったのを理解した時には、松葉色の外套は森の奥へ消えて行った。
「隊長!」
見上げる葉の隙間からルナが見え、リセルが駆けよってくるまでそれを見ていた濃青色髪はゆっくり体を起こし地面に座る。
蒼白な顔をした美女が隣に滑り込んだ。
「お怪我は!?」
「無い。」
「ですが、血が!」
「敵のだ。」
「タカヒト隊長。結界が破られました。」
リセルの後をついてきたウィザード隊の女隊長が冷静に報告する。
元来、ウィザードになる者は修行の途中で感情を常に抑える術を身につけるらしい。
レイエファンス最高峰であるはずの魔法結界が破られたことに苛立ちや落胆はみられない。
「精霊術に弱いのかと思えばあっさり突破したか。掴めんやつだな。」
「・・・楽しそうですわよ、隊長。」
副官が訝げな瞳で隊長を伺う。その視線から逃れるように立ち上がった。
「光をくれ」
ウィザードが頷いて、杖の先に淡い黄色の発光球体を生み出す。暗い森が一気に照らされタカヒトは地面を指差した。
土の上には、まだ乾かぬ赤黒い血が走っている。
「腕を深めに斬った。これを辿ればいい。」
「ただでは逃さぬとは、流石です。」
「城の警備を通常に戻し代わりに都市の外壁を囲むよう隊編成しろ。手負いじゃそう早くは街を出られない。」
「御意。」
「俺は先に行く。血を辿れ。」
ウィザードを連れタカヒトは駆け足で血の痕跡を辿り始めた。
「浮かれておいでとは、意外ですね。」
「そう見えるか?」
「はい。」
走りながら、タカヒトは確かに今自分の気分が浮き足だっているのを認めた。
隊長になってからというもの、手応えのある敵と出会った事が滅多に無い。
護衛部隊のクサナギ将軍には未だに勝てないし、王家を守る為にある力を自己満足な勝敗で測ってはならないとわかってはいる。
しかし、オッドアイの魔導師に、先程の少年という強敵の出現。
純粋な強さへの追求が、まだ自分に残っていたことが嬉しかった。
「侵入者を逃がすわけにはいかない。必ず捕える。」
「御意に。」
タカヒトのやる気とは裏腹に、血痕はガムールの中央広場付近で途切れ
結局朝が来ても侵入者は見つけられなかった。