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カウス城


自室に剣を置いてから、共同食堂に入ると、早起きの隊員がチラホラ食事を取っていた。
その中にはリセルとトキヤの姿もある。


「リセルはともかく、早起きとは珍しいなトキヤ。」


リセルの隣に座ると給仕がやって来て食事を並べだす。


「なんだか面白い話が飛び込んできたもので、集めてました。」
「ロコイ外交がやられたアレか。」
「もうお聞きに?隊長も耳が早いな~。」


焼きたてパンに手を伸ばした隊長にミルクティブロンズの青年は羊皮紙数枚を差し出す。


「こんなにまとめたのか。」
「早起きした巧妙ですかね。」
「違いますよ、隊長。昨晩の内に王宮の諜報機関が書類にして送って下さったんです。」
「重要事項をつけ加えたのは僕だよリセル。王宮は何かと几帳面だから現場の荒々しい情報にも耳を傾けなきゃ。」


渡された羊皮紙にざっと目を通す。
国王の諜報がわざわざまとめたのは、騎士団が城の最強の盾だからだ。
警備が厳しい都市に不審者はあまりいない。あの警備を抜けてやって来た暗殺者の類であれば警戒をせねばならない。
書類によると、事件の詳細はこうだった。
夕食を港の居酒屋で済ませたロコイ外交官二人は道が細く入り組んだ住宅街で何者かに襲撃される。
襲撃犯は頭の間に挟んだ第一級危険植物を、警備兵が見つけやすよう親切にカツラを矧がして去って行ったらしい。
だが2本隣の道で見回りをしていた兵士が声を掛けると人間とは思えぬ早さで兵士二人の鳩尾を殴り気絶させた。兵士は骨を折られ医務室で治療中。
前半だけなら好感をもてたが、犯人の目撃証言を読んでタカヒトはグッと眉根を寄せた。


「フードの男・・・」
「思い当たる所ありますよね。」


謎解きゲームをしているかのように楽しげなトキヤと反対にタカヒトの気分は朝の爽やかさから遠のいてしまった。
紅茶カップを傾けながらリセルが問う。


「昨晩お話になっていたオッドアイの魔導師ですか?」
「真っ先に浮かぶのはそこだな。あの魔導師がウロボロスなのは確かだろうし、ウロボロスを飼っているギルデガンとロコイ国は貿易で競いあっていてかなり険悪な仲だ。危険植物の極秘売買で儲けようとした外交官を襲う理由には困らないだろう。」
「それにあの魔導師、隊長の攻撃を避けられる程の実力者だ。一つわからないのは、なぜあの時一手交えただけですぐ退散したんでしょうね~。隊長の実力でも測ったのかな。」
「トキヤ!隊長を侮辱するつもり!?ウロボロスの魔導師ごときがタカヒト隊長の実力を図れるわけがないわ。」
「もちろんわかってるさ。僕が言ってるのは、ウロボロスの目的。最初から外交阻止が目的ならわざわざ姿を見せて戦闘を挑まないし、王家の宝が目的なら騎士団が遠征してる間に襲撃する。だが動いたのは僕らが帰ってきたその日の夜だ。参謀の僕が考えるに、何かもっと恐ろしい事を奴らは考えてる。」
「例えば?」


砂色髪の美女は首を傾げる。
彼女は見掛けや優雅な仕草とは反対に、考えるより体が動いてしまう大雑把な性格なので、様々な方向から物事を見るのが得意ではない。


「レイエファンスの侵略は建前で、大陸が油断した所にジェギヌ辺りを急襲するとか。ただ単にあの魔導師がレイエファンスに遊びに来ただけなのにウロボロス兵がついてきちゃったとか・・・は、無いか。他に可能性はごまんとあるよ。」
「へえ~。外交官が襲撃され、兵士が倒れただけでよくそんなに点と線を結べるわね。」
「それが仕事だからね。」


純粋に関心したリセルが褒め、トキヤは自慢げに背を正し笑ってみせた。
タカヒトは紙をテーブルに放って食事に戻る。
既に食事を終えているリセルは話を続けた。


「実は単純な話で、善人な市民が悪人を懲らしめただけなんじゃないかしら?兵士を倒したのは驚いただけとか。」
「振り替えると、物事は全て必然で成り立っているものさ。不自然な出来事や異分子は大概後々の事件の原因になる。昨夜の出来事で最大の謎は、厳しい荷物チェックやレイエファンス魔導師が掛けた術で暴けなかった事実を犯人が知ってた事さ。何処かで情報を入手するとすれば、外交官の仲間か薬草栽培者、もしくは外交官から植物を買おうとしてた張本人。」
「なるほど。少なくとも真っ白な人間ではないのね。」
「そ。」
「じゃあフードを被っていただけでオッドアイ魔導師と結びけるのは何故?」
「外交官襲撃時は仕方ないとして、目的を果たして逃げるなら怪しい外套なんか脱いでお祭り騒の街を何くわぬ顔で通り過ぎた方が良くないかい?でもわざわざ外套を纏い目深くフードを被ってたのは、人混みに紛れこめない理由があったと推測できる。バシュデラか、エルフ。またはオッドアイ。大陸じゃ病気や突然変異で瞳の色が違う事も無くはないけど、マヤーナの加護が強いレイエファンス人は突然変異なんて滅多に生まれない。陽気な酔っ払いに瞳の色を気付かれたらあっという間に話題の的さ。」
「素晴らしい推理だわトキヤ。あなたなら真っさらな人間に堕落しきった悪事を被せるなんて朝飯前なんでしょうね。」
「お安いご用さ。」
「・・・誉めてないわ。」


リセルの皮肉をトキヤがヘラヘラと笑って流し双方が微笑みながら火花を散らしていると、タカヒトは食事を終えて立ち上がった。


「理由はなんにせよ、要注意人物がレイエファンスにいる事は確かだ。これから犯人を捕獲するまで警備を徹底する。リセルは早速隊編成を組んでくれ。」
「全包囲警戒体制でよろしいので?」
「ああ。ねずみ一匹入れるなと二日酔いの頭に叩きこんでやれ。トキヤはもっと詳しい情報を仕入れてこい。もう少し可能性を狭めたい。」
「御意に。」
「俺はクサナギ将軍に話に行く。・・・護衛部隊を煩わせては騎士団の名が廃る。この警戒が長期間にでもなってみろ、俺達全員、都市の回りを麦袋抱えて走らされるぞ・・・。」


トキヤもリセルも、見習い兵士だったころ将軍にかせられた地獄の訓練を体で知っているため、トキヤでさえ急に真顔になり席を立ち仕事に向かった。


 

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