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怪我人2



どこからか唸り声が聞こえて、少年は目を覚ました。
漆まで塗られた綺麗な木目天井はとても目覚めに良く、すがすがしい気分になる。
しかし、何処か頭がはっきりしない。
体を起こすと、右腕に痛みが走った。
自分の腕には丁寧に包帯が巻かれている。
上半身何も身に付けず眠っていたベッドも、狭いこの空間も知らない場所だということはわかる。
じゃあ何故此処にいるんだっけ?頭に霧がかかって全然思い出せないや。
斜め前にある扉が開いた。
桶を抱えた黒髪の少女が入って来た。
長い絹のような髪に、光が乱反射しそうな奥深く黒い瞳。
まるで黒曜石の輝きだ、と少年は思う。
扉を閉め少女がベッドに近づく。


「起きたのね。気分はどう?」
「あー・・・うん。悪くない。」
「そう。」


少女が桶を置く。桶には水が入っておりタオルがそえられている。
ぼんやりと水面を見る少年。
そこで、全て思い出した。
ベッドの上で立ち上がろうとしたが、腕の痛みでもがくだけになってしまう。
少女が咄嗟に少年の肩を押さえ付けた。


「暴れちゃダメ!傷が塞がってないの。」


黒曜石の深い瞳に言われ、少年は動けなくなってしまった。
全てが、いきなりぎこちなくなる。


「今包帯かえてあげる。その前に体拭くわね。」
「い、いいよ。」
「腕痛むんでしょ?」


断りきれずにいると、少女がまず彼の左腕を持ち上げ濡らしたタオルで拭いてゆく。
少年の体に無意味な力が入る。


「お前、が、助けてくれた、のか?」
「倒れたのを見つけただけ。手当てしてくれたり貴方を運んでくれたのは知り合いのお医者さん。・・・それと、私サキ。」
「あ、ああ。俺はマヒトだ。」
「マヒト。いい名前ね。」


少女が顔を上げて改めて言うものだから、少年は更にぎこちなくなった。


「お前・・・じゃなくて、サキは女、なんだよな」
「そうよ。」
「触ってもいいか?」


左腕を拭き終え、首を傾げるサキ。


「俺、女の人って遠くからしか見たことしかないんだ。」
「女人禁制の施設にでもいたの?」
「いや、生まれてからずっと兄さんと二人で暮らしてたんだ。他の人間と関わってこなかったから、女という種族も知らない。」
「種族じゃないわ、性別よ。」


おかしそうにサキが笑い艶やかな黒髪が揺れた。
少年は恐る恐る少女に手を伸ばし、まず髪に触れた。
サキは何故か、子供の相手をしてる気分になり、好きなようにさせる事にした。
髪をゆっくり撫で、頬を撫で、肩に触れると少年は無邪気な声を出す。


「おー!凄い。本当に女は柔らかいんだな。筋肉が全然ない。」
「そう?周りの女の子からしたら力あるほうだよ。ビール沢山運んだりするから。」
「?」
「私給士なの。此所はお母さんがやってる食事処の宿泊室。」
「食事処?」
「お金を払って食事をするお店の事よ。」


遠くからサキを呼ぶ女性の声がして彼女はサッと椅子から立ち上がった。


「いけない、お母さんが呼んでる。怪我人を連れてきたこと内緒にしたままなの。」


ベッドから離れ扉に手をかけると、立ち止まって振り返る。


「ちょっと行ってくるね。着替えと朝ごはん持ってくるから待ってて。勝手に何処か行かないでね。」
「わかった。動かない。」


素直な返事に満足して、サキは部屋を出て母のところへ向かった。
宿泊室、厨房を抜けて店に戻ると、母の隣に見慣れた客が座っていた。


「待ってたわサキちゃん。タカヒト君が聞きたいことあるんだって。」


濃青色髪の男を見て、サキはうっかり表情に気まずさを出してしまった。
母も気付かぬ微妙な感情を、昔からこの男は見抜いてしまうのだ。
母は厨房に戻っていき、サキは仕方なく男の隣に座った。


「俺の勘もそろそろ神掛って来たな。」
「・・・機嫌がいいタカヒト、怖い。」
「ああ、昨晩から少し浮かれてるんだ。昨晩の話は知ってるか?」
「お城に侵入者が来て、タカヒトが追い返したって話でしょ?」
「追い返したんじゃない。逃げられたんだ。右腕に傷をつけたはいいが逃げられてな。」


頭のいいサキはそれだけ聞いて全て察した。
あの無邪気な少年が侵入者なのには驚いたが、切傷であそこまで苦しんでいたのはタカヒトの剣のせいだと納得する。
彼の剣には白竜の軟骨や翼を粉末にして鉄に含んであり、持ち主の敵にはとことん牙を向くため些細な傷でも後々激痛でもがき苦しむと聞いたことがある。
サキの焦りに気づきながら優雅に男は続けた。


「傷を負わせ血痕を辿ったまではいいんだが、途中で血が途絶えた。街を出た形跡は無いから何処かにいるのは間違いない。
そして今朝、トキヤが馬小屋のワラに血がついてるのを見つけた。」
「そんなっ。ワラは全部取り替えたのに。」
「やはりお前か。」


ギロリと睨まれサキは肩をすぼめた。ワラに残っていた血とやらは嘘だったようだ。
昔から、サキはタカヒトに勝てなかった。
今は王族騎士団隊長なんて素晴らしい身分だが、タカヒトは元々港街出身で近所に住んでいた為、サキは生まれた頃から何かとタカヒトには世話になっている。
二人は年の離れた兄妹であり、両親からしたら身よりの無かったタカヒトは息子同然。
騎士団としての洞察力は、サキで培ったんじゃないかと回りは思っている。
サキの悪戯や隠し事を、タカヒトが見抜けなかった事は一度も無い。


「襲撃犯と知らずに匿ったんだろ?お前に非はないから、何処にいるか話せ。」
「怪我、してるの。まだ痛むみたいで。」
「そうか。」
「彼は悪い人じゃないよ!きっと理由があって・・・!」


濃青髪の男は黒髪を撫でた。


「それを聞いて確信した。サキがそういうなら悪人じゃないんだろ」
「?」
「俺は今非番で此処にいる。剣も無いし部下も連れてきていない。俺も、あの少年には何か訳があると思ってたんだ。サキの元にいるのも必然だろう。」
「じゃあ、何もしないのね。」
「ああ。まず話を聞いてからだ。捕まえるにも、騎士の証は今何もないからな。」
「約束!」
「ああ」


一気に明るい表情になったサキはタカヒトを連れ宿泊室に戻った。

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