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怪我人3


マヒトがいる扉を開けると、彼は言われた通り大人しく座っていた。
しかし、少女に続いて長身の男が部屋に入ると、表情を一気に変え威嚇する狼のようにベッドの上で四ん這いになり唸りだす。


「待ってマヒト!この人は味方よ」
「この傷をつけたヤツだ!」
「それは仕事で・・・」
「サキ、着替え持ってきてやれ。」


少女の肩を引き、かばうように前に出る。
戸惑って二人の顔を交互に見たが、言われた通り退室する。
サキが居なくなり更に警戒を強めた少年を横目に、男は椅子に腰かけた。


「傷はどうだ。」
「・・・」
「すまなかった。俺はあの城を守らなきゃならなかったんだ。だがサキが助けたなら悪人じゃなかったんだな。サキは昔から悪人には心を開かないし関わろうともしない。無意識に人を見抜いてしまうのは、天性の勘と言ってもいい。」


少年は獣のような姿勢のまま肩の力をふっと抜く。
だが疑いの眼差しで口を開く。


「・・・捕まえにきたんじゃないのか」
「話を聞きたいだけだ。今剣も鎧もないだろ?此所は世話になった人達の店だ。サキも俺の妹みたいなもんだしな」


数秒考えて、少年は大人しくベッドに座り直した。


「サキはいいやつだ。サキの兄妹なら信用してやる」


城に侵入しといて偉そうだ、とは思ったが話を聞き出せなくなっては困るので表情には出さない。


「お前城の番人か。」
「そうだ。王族騎士団隊長のタカヒト。」
「俺はマヒト。俺達名前似てるな~。兄さんはアキトって言うんだ。」


敵意を引っ込めた途端無邪気な子供のように笑う緊張感のない少年に何かが削がれてしまう。
昨晩の勇ましさや神秘さは欠片も垣間見れない。もはや別人レベル。
逃げられないだけマシか、と早速きり出した。


「マヒト、何故昨晩城に来たんだ?」
「ヘミフィアが呼んでたからだ。」
「ヘミフィア?・・・まさか、王家が持つ魔法の力というやつか。」
「違う。ヘミフィアはそんなんじゃない。」
「では人の名前か。」
「人では無い。悪いが詳しくは話せない。兄さんが他人に喋ってはダメだって言ってた。」
「ふむ。じゃあ陛下の命を狙って、というわけじゃないんだな。」
「王様に興味は無い。ヘミフィアの元へ行ければそれでよかったんだ。ただ、兵隊が沢山いて驚いた。こっそり侵入するつもりだったんだよ。」
「こっそりもひっそりも不法侵入は関心せんな。」
「でも誰にもバレなきゃ不法にはならない。」


微塵も悪びれた様子がない少年に、ルールを諭すのは止める事にして、次の質問を投げ掛ける事にする。


「一昨日の夜、外交官を襲ったのはお前か。」
「外交官?」
「ロコイの外交官だ。赤いケープを纏って、カツラの間に違法薬物を隠してた。」
「ああ!あの二人組か。あいつら外交官だったのか。」
「知ってて襲ったんじゃないのか?」
「あいつらから変な臭いがしたんだ。毒草を出せって言ったのにしらばっくれるから気絶させた。まさか髪の間に隠していたとは驚きだったけど。」
「おい待て・・・危険植物を匂いでわかるのか?乾燥させていた上に袋に入ってたんだぞ?お前は特別な薬師なのか。」
「違う違う。危険な匂いはかぎわけられるんだよ、俺。」


当たり前に言ってしまう少年に訝む視線を送る。
嘘は言ってないようなのが更に頭を悩ませる。


「なら、その後兵士二人を倒したのは何故だ。」
「槍もってた奴らか?あいつら酔いつぶれた女にいやらしい事しようとしてたんだ。だから成敗。」
「・・・事実か」
「もちろん。タカヒトは上司なんだろ?余罪を調べた方がいいぞ。権力振り回すのに慣れてたっぽかった。」
「・・・貴重な証言感謝する。帰ったら早速調べあげるとしよう。」


椅子の上で足と腕を組み低く長めにため息を溢した。
昨夜の敵を牢へ連れていくはずが、こちらの失態を次々明かされてしまい威厳も何もあったものじゃない。


「外交官を襲ったその夜に城にいかなかったのは何故だ。あの夜なら警備は緩いままだった。」
「ヘミフィアに会っていいのはアルテミスが沈む夜だけって決まってるんだ。」
「じゃあ75日後にまた来るのか。」
「ああ。」
「警備責任者の前ではっきり言ってくれる・・・」
「番人達に迷惑は掛けないし、俺は敵じゃない。もちろん味方でもない。俺は俺の目的の為にやってるだけだ。」


昨夜見た、深い輝きを宿す瞳が戻り力強くタカヒトを映す。
この少年にとっては、法も王家も無いのだろう。
別次元にいるようなあの感覚は、きっとこの価値観の違いからだとなんとなく思う。


「わかった。外交官と兵士を襲ったのは不問。お前を捕まえるのはナシだ。しかし不法侵入は困る。」
「止めても入るぞ。昨日は精霊に驚いたが次は必ず乗り越える。」
「それが困ると言っている。城に入る前に俺を訪ねろ。俺が同伴すれば問題ないだろ。」


意外な申し出に驚いた顔をした少年だが、また無邪気な子供みたいにニカッと笑顔になる。


「タカヒト、いいやつだな!俺はお前を気に入ったぞ。」


扉に弱々しいノックがあり、盆を抱えたサキが入ってきた。右腕に袋も抱えている。


「着替えと、朝食持ってきたよ。」


少年は着替えをするより先に出された食事に飛び付いた。
雨海亭オーナーは母トワコだが、不器用な点があり食事の仕込み大半はサキが行っている。
もちろん厨房シェフは雇っているのだが、経費削減の為やれるところはサキが調理する。
マヒトが食い付くクルミパンも今朝焼いたばかりだ。


「美味い!兄さんも料理上手だけど、こんな美味しいパンやスープがあるなんて!」
「ありがとう。」
「特にこのフルーツ最高だ。」
「それはピレーモと言って大陸の果物。タカヒトが持ってきてくれたの。」
「ほう!気に入った、気に入った!」


かなりテンションを上げながら食事をする姿に、山積みの質問達が何処かへ消えてしまいタカヒトは立ち上がった。
とりあえずわかった事は、恐ろしく強い侵入者は、謎の目的をもつ常識からやや外れた少年であることと、敵ではないという事。
今はそれが分かれば十分だろう。


「帰る。」
「もう尋問は終りか?」
「尋問されてると思ってたのか・・・。まぁいい。そろそろ宿舎に戻って警備を通常に戻してやらんとな。サキ、カズマさんによろしく伝えてくれ。」
「うん。いつも果物ありがとう。お父さん喜んでる。」


濃青髪が食事の手を休めない少年を振り返る。


「城の南側に四角い建物がある。そこが騎士団宿舎だから、用があるなら受付に―」
「タカヒトの部屋は何処なんだ?」
「最上階の北東角だが。」
「なら直接尋ねる。他人に余り姿を見せられないんだ。タカヒトの匂いは覚えたから、部屋もきっとわかる。」
「・・・そうか。色々聞きたい事がある。ピレーモ用意しといてやるから近いうちに訪ねろ。」
「絶対行く!!」


餌につられ表情を輝かせた少年に滅多に笑わないサキが吹き出し、タカヒトも呆れたため息の後苦笑をもらして退室して行った。

 

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