宰相
石で出来た城の通路を女性がヒールをカツカツと鳴らしながら歩いていた。
青灰色を含む黒い髪を一分の乱れもなくきっちりと結い、黒いロングコートの制服を纏っている。
シルバーフレームの眼鏡の奥に厳しい眼光を潜め、黒地に赤い蛇が剣にまとわるギルデガンの紋章が描かれた旗が壁に隙間なく並ぶ通路を辿る。
「噂は本当のようですだ、キョウコ様」
後ろから早足でやってきた背の低い初老の男性が女性に追いつき隣に並んだ。
ギルデガンの宰相キョウコ・ミラジェッタは歩みを緩めず顔も向ける事もなくずんぐりむっくりした老人に苛だった声を出した。
「遅いぞ、ウンショウ。情報なら入っている。アキラの奴、相変わらず単独行動を行なってらしいな・・・。幸い悪魔召喚士の契約印は握っているから兵の操作は出来る。」
「よろしゅうございました。アキラ様もいざという時には参加されるでしょうや」
「どうだかな・・・。奴は目的があってウロボロス司令にまで登った気がする。いつ裏切るとも限らん。飼い続けてるのもあの力があるからこそ・・・それより、ロコイ外交官からザイザの葉を買おうとしてた相手は分かったのか。」
「ばっちりでさ。外務省の何人かに特級エールをおごってやったら垢みたいにボロボロ名前が出てきましたでな。レイエファンス西端警備の監察官は既に常連で、カウス城の重臣数人の名前がありやした。」
「ほお。レイエファンスが少し好きになったぞ。真っ白な世界なんてありえんからな。リストを情報機関に渡して詳しい人物像を書類にまとめるよう伝えておけ。」
「はいさ。」
廊下を早足で辿る女性宰相の足が初めて止まった。
道とぶつかる物陰に腕を組み立っている男に、一際厳しい睨みを向ける。
紫掛った黒のロングコートを纏った中肉中背男は何が楽しいのか、口端を片方吊り上げて壁に背を預けていた。
「薬中野郎なんか取り込んでもいいことありませんよ、キョウコ様。我々が欲しいのは大陸と、セレノア王家が持つ不思議な力でしょ?レイエファンスやその政界なんて不要なハズだ。」
「お前がいい仕事をすればこんなまわりくどい手を使わなくていいのだぞ、オミ。」
苛立たしげに言葉をぶつける相手は、彼女が雇っている諜報員オミ。
真剣身がなくヘラヘラとした諜報だが、仕事は飛び抜けて出来るため長年キョウコの役に立ってきた。オミというネームも本名ではないらしい。
滅多に人前には現れず、キョウコとウンショウ以外彼を知るものはいない。
「そういわれてもですね~魔法の力の情報なんて雲を掴むようなもんですからね。」
「それでも、此処に来たのは何か掴んだからだろ。私を苛立たせるためだけに来たのならお前との契約は破棄だ。」
「またまた~。俺以上の諜報部員なんて大陸にはいませんよ~。」
レンズの奥にある切長の瞳に睨まれて、コホンと咳をおとす。
「ガムール市民、王族関係者など片っ端から話を聞き回りましたが魔法の存在すら噂されていません。レイエファンスでは伝説にすらないそうです。一番多かったのは“世界を変えてしまう魔法の力があるとすれば、国王様の事だ”っていう王族信仰ですね。」
「お得意の裏取引で情報は買えないのか」
「レイエファンスの情報屋は1年滞在する前に騎士団に国外追放されちまうんですよ。取引したところで欲しい物は出て来ないでしょう。」
「つまり、これ以上探っても何も出ないと。」
「はい。ですが俺自ら来たのは別の件でして。」
大声じゃ言えない、と影へ手招いたのでキョウコは諜報員に歩み寄る。ウンショウは言われずとも辺りの警戒にあたるべく通路をキョロキョロとしだす。
オミは背をやや丸め、キョウコだけに聞こえるよう小言で話しだした。
「2日前、王城に侵入者が現れ、何もせず逃亡したらしんですが、翌日騎士団隊長が事件決着を告げたらしんです。侵入者は前夜に起きた襲撃の折、ロコイ外交官二人の罪を暴き、街娘にわいせつな事をしようとしていた兵士を成敗してくれた協力者で、城に入ったのも兵士への無礼を詫びる為。侵入者と隊長が直々に面談した事で不問になったとか。」
「それがどうした。」
「噂によれば、侵入者は松葉色の外套を来た男だそうです。」
「ライニャに接触した男か!?」
松葉色、と聞いただけでキョウコは目を真ん丸に見開きオミの顔をみた。
オミはゆっくりと重々しく頷く。
「どうやら新たな分子が出てきたようです。もしかしたら、侵入者と騎士団隊長は繋がってたのやも。」
「レイエファンスの騎士団が大陸に興味を持つとは思えんな。ライニャ姫は結局被害は無いと言っていたが男に心奪われて何かを受け渡したに違いない。奴も魔法の力の情報をかぎ回っているのやもな」
「さすがキョウコ様~。」
いつの間にやら近付いたオミの顔を押し返して、眼鏡を中指で押し上げた。
「またレイエファンスに戻り、魔法の力と同時にその男を探れ。騎士団隊長との接触も試みろ。」
「それは無茶ですよ。騎士団隊長は代々気難しい性格の持ち主ですし、マヤーナの加護をもち悪を払う為にいるんですよ。」
「ならいますぐ禊でもして聖人にでもなれ。その嫌味な笑みもついでに落として来い。」
コートを翻して諜報に背を向ける。
「いい加減成果をみせろ。陛下が痺を切らすのも時間の問題だぞ。私と共に首を狩られたくなければ本気を出せ。」
「キョウコ様と一緒に死ねるなら本望ですが、美しい貴方を死なせるわけにはいきませんね。貯蔵庫からお金や絹を頂戴しますよ。今絹はいい交渉材料なんで。」
「好きなだけ持っていけ。ギルデガンが世界を統一するためなら、安いものだ。」
ヒールを鳴らしキョウコはウンショウを連れ通路へ戻っていった。
影にいた人影も、すぐ気配を消した。