副官二人の恋模様
物憂げな表情をした砂色髪の美女が窓際に肘を付き肩を落としていた。
悩ましげな、というより周辺の空気を巻き込み息苦しい赴きを演出し、見えないブラックオーラが具現化して目に見えてしまいそうな程だ。
指示を仰ぎたい部下やメイド達でさえ声を掛けるのも憚られ、誰も近付けない。
万が一声を掛けて怒りの矛先を向けられる、もしくは深酒に付き合わされても困るので、様々な理由により彼女を心配して声をかける事すら出来ずにいる。
しかし、勇者はいた。
命知らずとも言えるミルクティ色髪の勇者は隣に並び張り付けたような笑みを向けた。
「なに落ち込んでるのさ、君らしくもない。」
「・・・私らしいって一体どういうことかしら。」
「頭より体が先に動くのが副官リセルという人と成りでしょ」
普通の人間ならブラックオーラをまとった彼女の八当たり的な問いに戸惑うのだが、トキヤはさらりと嫌味を落として彼女の般若の如くな睨みにも負けず笑い続けた。
「聞かなくとも、貴方ならなんでも分かってるんでしょ、どうせ・・・」
「まぁね。あの堅物隊長に彼女が出来るなんてね~」
彼女、の部分を聞いただけでリセルは突っ伏して回りを気にせず泣き喚きだした。
「酷いわ!婚約者がいらっしゃるのに部屋に女を招き入れて密会してるなんて!」
「ピレーモの君、だっけ?会う度ピレーモを用意するなんて隊長もマメだよね。」
「うわ~ん!私もうピレーモ嫌いよっ!」
味覚とは違う理由で嫌われてピレーモも可哀想に、とトキヤは心中で哀れんだ。
笑顔を一旦引いて、泣き続ける同期魔剣士の横顔を伺う。
同期と言っても歳は彼女が上だし身分上は上司であるし、策士として勉学に励んだ自分と剣士の彼女とは畑が違う。
しかし、入隊試験の時ひょんな事で知り合ってからは友人であり、姉のような存在。
いつもは逞しく美しい気品ある女性なのに、今は瞼が腫れて見るも哀れな姿。一晩中泣いていたのだろう。
彼女が隊長に淡い恋心を抱いているのは付き合いが長い者なら感付いている。もちろん朴念仁の隊長以外。
「元々、婚約者は周りが勝手に押し付けただけじゃないか。騎士団の長が独り身なのは身分上問題あるからってわざわざ重臣達が用意した貴族の娘。隊長も会った事ない相手と結婚する気はないって何度も断り入れてるし。」
「それは分かってるわ!クサナギ将軍に言われても結婚する気ないでしょうし、ピレーモの君を心から愛していらっしゃるならそれで・・・でもやっぱり、悔しいのよ!」
子供みたいにまた泣く美女にハンカチを差し出すと、勢い良くそれを奪って目元に宛てがう。
乙女心ってやつは難解である。
「あんまり擦ると隊長が心配するよ。」
「どうせ私は不細工よ!」
「そんなこと誰も言ってないじゃない。リセルは綺麗だよ。リセルの良さに気付かない隊長が悪い。」
「隊長を悪く言わないで。」
「はいはい。」
泣いてややスッキリしたのか、彼女は顔を上げ姿勢を正した。
彼女は強いから、明日には復活してるだろう。
それより、と入念に目元をマッサージしだしたリセルを見ながら頭を捻る。
隊長に彼女が、と噂が出たのは昨夜。
2週間程前から隊の宿舎にいる給仕にやたらピレーモ料理を依頼するので怪しんだベテラン給仕(噂好きのおばさん)が隊長の部屋に近づき耳をすますと、誰かと楽しげに話していたらしい。ただ、隊長は気配を読める術があるので盗み聞きはすぐにバレたが、部屋に客人がいるのは確か。
それから不定期に部屋に女性が好きそうな料理を運び、部屋の掃除も控えるよう言ったとか。
あの朴念仁隊長が女を連れこんで夜の逢瀬なんて、隊員は怒るどころか手を叩いて祝福する。
隊員はなんだかんだ隊員に愛されているのだ。
女性を部下に見られたくないのもわかるが、どこか違和感がある。
気に入っていないとはいえ婚約者がいるのに、他の女性との噂を重臣達に聞かれてはマズイと考えるだろうに、わざわざ自室に呼んでるのは何故だ。
隊長なら自由に外出可能なのだからどこかの宿ででも逢瀬を楽しめばいい。
外で会えない相手なのか、余程バレてはまずい相手なのだろうか。例えば不倫とか。例えば―・・・。二つ目の可能性はすぐにかき消した。隊員に限ってそれはない。多分。
ともかく、この件で自分は動くべきじゃないと本能で察していたので、リセルには自分で乗り越えてならねばなるまい。
個人的興味はあるが、ちょっとした遊び心で隊長にバレでもしたらそれこそ面倒だ。
リセルの様子が何とか元に戻ったので兵士が恐る恐る二人に声を掛けてきた。
リセルの部隊兵であるが、体はほとんどトキヤに向いている。
そんなに恐いのか、リセルのブラックオーラは。
「リセル副隊長、トキヤ参謀。クサナギ将軍がお呼びです。」
「クサナギ将軍が?用件は?」
「それが、来ればわかる、としか・・・」
それ以上聞かされていないのだろう。気まずそうな顔をして上官―特にリセル―の反応をビクビクしながら待っている。
怒涛の如くな八当たりされたらどうしようとか考えてる、とトキヤじゃなくともわかるが、リセルは無意味な八当たりを部下にはしない。親しい間柄ならわからないが。
トキヤが代わりに脅える兵に声を掛ける。
「将軍はどこにいらっしゃるんだい?」
「乗馬庭園に。」
「すぐ行こう。戻っていいよ。」
ホッとした兵士が礼をして去ってからリセルを伺う。
将軍が我々まで呼ぶということはもちろんタカヒト隊長もいるはずだ。
ムスッとした膨れ面の美女の髪を撫でた。
「目、ちょっと赤いけど行くかい?」
「当たり前よ。将軍がお呼びなんだから、私情なんて・・・・・・私今、不細工?」
「目が赤いだけで問題ないさ。」
「本当?」
「本当。」
「でわ、行きましょう。」
凛々しい何時もの表情に戻って―いや副官として無理矢理気を立たせ、リセルは歩きだした。
全く手の掛る、とバレないように苦笑を漏らしてから後に続く。