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アクリラ

 

レンガの通路を通り、数あるカウス城の庭のうち北西にある庭園に入る。庭、というより広大な草原と言った方がいい其処は、王族と貴族専用名馬の厩戸があり、都市から外へ中々出られない王族の人々が乗馬を楽しんだりする。
二人が庭園の美しい芝を進むと、背の高い男二人の脇に目がくらむ程美しい白馬がいた。
更に近付くと、それは馬では無いと気づく。
背中に翼らしきものが生えている。


「まぁ、何かしら。」
「一角獣とか?」
「まさか。あれは伝説の神の乗り物よ。セレノア王家の紋章は白い一角獣だけれど。」
「分かってるさ。」


将軍と隊長に一礼してから、間近でその生き物をリセルは眺め出した。
恰好は馬だが、馬より一回り大きく足は太い。尻尾は毛ではなくドラゴンのような細長い飾りが地面に垂れているし、羽は背中に小さく畳まれており、毛は黄色と青みがグラデーションをきかせていた。
馬と一番違うのは頭だ。鋭利な鼻先は山羊に似ているし、耳の後ろに円錐形の短い角がある。
真ん丸の瞳は青い宝石のようで、見つめると吸い込まれてしまいそうだ。


「触れてはならんぞ、リセル。気難しい性格でな。人には懐かんのだ。」
「あら、そうですの。それにしても美しいわ。この生き物はなんですの?」
「アクリラだ。」
「アクリラ?聞いた事ありませんわ。」
「だろうな。俺もつい数十分前に聞いた。」


苦笑を含む優しげな瞳を将軍に向けられリセルは首を傾げた。
将軍もやや困惑しているようで、変わりに腕組みをしていたタカヒトが説明を加える。


「その生き物はアバルン伝承記によればダントールの神が作ったとされ古代ニア期に絶滅した種族だ。しかし数体だけこっそり生き残ってていたらしい。」
「つまり伝説同然の古代種と。その神聖な生き物がなぜここに?」


無邪気な好奇心に捕われているリセルを眺め、ポケットに手を入れながら隊長と並ぶトキヤ。
彼女は先程まで落ち込んでいた事を忘れてしまったようだ。
リセルの数分前の光景を知らぬタカヒトも彼女の様子を見つめながら険しい顔になる。


「バシュデラ族が動き出したと情報が入った。」
「闇の一族が?」
「ウロボロスが切り開いた道に続こうと考えてるのだ。現在全ての港で警備強化を指示し、魔導師に更なる大陸防壁を張らせているところだ。」
「奴らは太陽神に嫌われ地下深くでしか生きられないはずですが。」
「夜間移動を主にするのだろうが、何か策を持ってるのやもな。ずるがしこい種族だから油断は出来ない。ただでさえウロボロスとの睨み合いは続いてるんだ。」
「そこでこの子が呼ばれたわけですか」


いつの間にか会話に耳を傾けていたリセルがアクリラの頭を撫でながら言った。
クサナギが驚いて一歩前に乗り出す。


「触れてはならぬと言ったろう・・・!此処に運ぶまで兵士三人が蹴られたり噛まれているんだ。」
「大丈夫ですわ、将軍。この子、どうやらメスのようですよ。女同士だから警戒されてないようで。」
「なんだと…」
「アハハ。その子はシャイな乙女だったわけだ。その娘さんが呼ばれた理由って何なんだい、リセル?」


馬に似た動物に手の平を向けながらトキヤが聞く。
すると、リセルが顔を上げ巻毛を揺らしながら自慢げにえくぼを見せた。
頭脳でトキヤに勝てる機会は早々ないのだ。


「バシュデラ族は魔王が作った種族で、太陽神の配下であるダントール神がこの子を作ったならバシュデラにとっては聖水みたいに毒なはずよ。」
「なるほど。」
「リセルの推測通りだ。バシュデラと対抗するため、エルフに譲ってもらった。」
「それは驚いた。あのエルフと騎士団が取引したとは。」
「取引したのは大僧侶様だ。」


クサナギの発言にトキヤでさえ目を真ん丸くして驚いた。
大僧侶は世界でたった一人しかおらず、位でいうと大僧生と呼ばれ聖堂の最奥でセレノアの為だけに祈りを捧げ続け、表の世界に目を向ける事も滅多になく、ましてや他種と取引などあり得ない。
将軍は続けた。


「俺も一刻前に聞いたばかりなのだが、大聖堂にいる巫女様が夢見でマヤーナの神から忠告を受けたそうだ。その巫女様は歴代の中で最も力がある方らしく、その方の夢見を無視するわけにはいかない。
だからこそ大僧侶様自らイルの大地にいるエルフの長に頼みバシュデラを撃ち負かせるアクリラを一体譲ってもらったらしい。お前達騎士団に献上する、と監督者である私にお達しがあったのだ。」
「しかし、一体だけでは無理じゃありません?しかも持ち主はエルフで、雄を嫌う生き物ですよ?」
「特殊な繁殖方法がある。3日で一個小隊分にはなると聞いた。・・・とにかくだ。世話係リセルに任せよう。タカヒトに預けるためお前達腹心を呼んだのが、丁度いい。」
「喜んで。将軍。」
「アクリラについての詳しい飼育方を記した書簡は図書館だ。目を通してくれ。トキヤ、お前はバシュデラについて学びなさい。この大陸に2勢力も敵に侵入されてしまう危機に陥るやもしれん。参謀の頭脳が重要になる。」
「心得てます。」
「男にも慣れさせておきなさい。戦場で使えなければ意味がない。大僧侶様のご意向を無駄にするなよ。」


じゃあ頼んだ、と将軍は乗馬庭園を去って行った。
その背中を見送ってリセルが切なげに呟く。


「将軍、何かスッキリなさらないみたいですわね。」


未知の生物アクリラはすっかりリセルに懐いたようで、鼻の頭をリセルの脇腹になすりつけている。
また腕を組んだタカヒトが一層険しい雰囲気を纏い美しく揃えられた芝を睨む。


「お前達が来る前に、王宮内で不穏な動き有りと聞いた。」
「・・・なんと。清く高潔なセレノア王家にそんな噂が立つとは、残念です。」
「ああ。将軍もそう言っていた。どうやら、裏切り者がウロボロスの侵入を手引きし、危険植物を持ち込んだロコイ外交官と取引していた、と将軍の諜報はみている――。リセル。」
「はい」
「アクリラをしっかりと管理してくれ。」
「御意。」
「ウロボロスの残党は依然何処かに潜んでいる。バシュデラにレイエファンスの地を踏ませんためにまずは部隊を派遣。保険に保険を積んだ策を考えてくれ、トキヤ。」
「・・・一気に騒がしくなりましたね。大陸の連中がレイエファンスに辿り着くのも奇跡なのに。」
「裏切り者のせいだろう。王宮内の事は将軍に任せ、我々は騎士の仕事をするとしよう。・・・本当は将軍も前線で戦いたいのだ。誰よりもレイエファンスを愛し騎士の誇りを持っている方だからな。」
「ええ。」
「俺は一度宿舎に帰り諜報達の報告を聞いて、より詳しい情報を集めてみよう。」


部下と馬に似た古代の動物と別れ庭園から王宮の庭を横切る。

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