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少年と友人

 


回廊を進み毎朝剣の稽古をしている小さな庭を通り掛かると、花壇が並ぶ小さな空間から話し声が聞こえてきた。
隊員の声にしては幼い声であり、会話は弾んでいるようだ。貴族か王宮住まいの子供だろうか?彼等はは中々外壁の外にでないのだが。
一応確認だけでもしておこうと向きを変え庭の隅を目指す。庭の真隣には図書館があり、林との境にはお洒落な黒い柵が建っている。
建物の設計上回廊からは見えない死角があり、声はそこからした。
柵によりかかり、耳の長い少年と松葉色の外套を纏った少年が実に楽しそうに話をしていた現場を見て、タカヒトは驚いていいのか怒っていいのか、はたまた関心していいのかわからなかった。


「ミゲルの葉を根っこだけ残して二つに割くだろ?で、ニールの柔らかい茎に巻き付けて飛ばすんだ。」
「飛ばす?」
「風の神が午後の刻に畑を横切る瞬間がある。その時それを飛ばし、葉の矧がれ具合で明日の天気を占うんだ。」
「それって巻き付け方や人によって結果はかわるんじゃない?」
「ああ。だから毎日当番は変わる。ちなみにキュンタの葉は体調、ブーの葉だと色恋事、なんて占い方もある。」
「アハハ。堅実的なミュン族も恋占いとかするんだ。面白いなー」
「こんな所でなにしてるんだ、マヒト。」


タカヒトは二人の前に立ち腰に手を当てた。
驚きを見せたのはミュン族の少年ヤマトで、左の膝に右足を乗せリラックスしていた体を正した。
顔にはマズイ、と明らかな焦りが見える。
タカヒトはまず彼の気まずさを汲んでやった。


「どうぞお気になさらずそのままでいて下さい、ヤマト様。どうやら今のお姿が本来の姿のようだ。」
「あの、すいません・・・僕はーその、・・・」
「構いません。私は本来兵士ですから、礼儀など気にしてません。敬語も不要です。」
「あ、ありがとう、ございます、隊長。その、ミュン族はあまり礼儀を知らないので、こちらに来るとき叩きこまれてたんですよね~。ミュン族の評価を下げないよう、こちらの人には本性を隠してたんですけど・・・。」


しどろもどろになった少年は頬を掻く。
と、フードをしっかりと被った茶髪髪の少年がおかしげにヤマトの髪を撫でた。


「タカヒトにはバレバレだな~ヤマト。兎が猫被ってたなんて面白いなぁ~。」
「兎言うな!というかお前のせいだろうが、マヒト!」
「え~俺かよ。」
「マヒト、お前は何してるんだ・・・。」


睨むような目線を向けられマヒトは座ったまま首を曲げへらりと笑った。


「あまり人に姿を見られたくないと言っていたではないか。」
「それは変わらないよ。ヤマトは友達。」
「友達?ミュン族の王子だぞ」
「タカヒトの部屋に出入りしてる時に見つかっちゃってさ。ミュン族は耳がいいからな~。微かに葉が動いただけで侵入がバレちゃって。」
「フン。人間の動きを聞くなんて朝飯前だ。深夜に忍び足でこの庭を横切ってる奴がいるから捕まえてやろうとしたら、コイツだったんだ。」
「なぜ騎士団に差し出さず友人に?」


その問いにヤマトは苦い顔になり、マヒトはニタリと歯を見せるように笑う。


「コイツ、剣の腕からきし駄目なんだよー。捕まえるどころか俺に捕まってやんの。」
「ミュン族が手にするのは剣ではなく、鍬だ。」


腕と足を組んでフンッと顔を背けるヤマト。
だがタカヒトは、それは見回りの隊長でも同じ事だろうと腰に手を当てた。
マヤーナの加護を宿すタカヒトでさえマヒトに傷をつけるのが精一杯だったのだ。


「遊びに来ただけか、マヒト。」
「いや、タカヒトに伝言。わざわざ昼間に来てやったのに、部屋にいないんだもん。」
「昼間は仕事をしているから当然だ。で、伝言とは?」


マヒト直ぐ様真面目な顔になった。


「悪魔の末裔がエルフの守りを解いた。時期にレイエファンスに入る。」
「ああ、バシュデラ族か。話は聞いてるが、エルフの守りとは?」
「レイエファンスの周りにあったろ?魔導師の術を更に上書きしたやつ。」
「知らん。」
「マヤーナの子はエルフの力を探知出来ないんだったっけ?まぁいいや。とにかくその末裔に気をつけろ。奴らカイラ神の力を無効化する魔法石を手にしてる。よってエルフの力は効かないし、魔術も無意味。今やレイエファンスはただの空中大陸に過ぎない。」


カイラ神とはエルフを生み出した神である。
魔術士や魔導師が使う魔法はそのカイラ神の脈動を使用するとされている。
腕組みをしたままのヤマトが低く唸る。


「バシュデラの進軍となればミュン族も黙ってはいられないな~。我がジェギヌとレファスとは友好関係にあるし。まぁ手伝えるのは食料面ぐらいだが。」
「十分ですよ、ヤマト様。こういう時のために私たちがいるんです。」
「それもそうですね。・・・マヒトは何をするんだ?お前はどこにも属さず、そのヘミフィア?とかいうのに会う為にいるんだろ。」


友人もマヒトの立ち位置は知らぬらしい、と横目で伺うタカヒトも、マヒトについて何も知らなかった。
自室で珍しい料理を餌に色んな情報を引き出そうと試みたのだが、彼は肝心な事は何も話さない。兄に口止されていてどんなに親しくなっても固くなに口を閉ざしていた。
もちろん無駄話はうるさい程出てくるのだが。


「悪魔の末裔は別に敵ではないが、後々厄介になるだろうな。だがら今回はタカヒトに協力する。」
「一緒に戦うのか?」
「そうじゃない。別のルートから奴らを追い返してみるよ。」


スッと立ち上がったマヒトはフードの奥からタカヒトを見上げた。笑みを引っ込めた真っ直ぐな茶の瞳は警戒が色濃く写っている。


「アクリラを使うのはまだ早いよ。」
「知ってたのか。」
「さっきチラリと見た。この戦いは長引く。あの切札は取っておいた方がいい。何かわかったら知らせるから、またピレーモ用意しとけよ。」


簡潔にそれだけ言うと踵を返し柵を越えて林の中に消えてしまった。
ヤマトも立ち上がりマヒトが去った森の暗がりを見つめた。


「騎士団が動くというのに戦いが長引くなんて、アイツは占い師か?だとしたら金は取れないだろうな。バシュデラはレファスの土を踏むことなく帰るだろうに。」
「我々騎士団を高く評価して頂きありがとうございます。」
「・・・・・・敬語、やめようぜ。俺もアンタの前では素に戻ることに決めた。もちろん、公の場は無理だけどな。その方が楽だろ?隊長もマヒトに接してたみたいに素でいいぜ。」


半月眼でダルそうに腰に手を置くミュン族の王子。
今までの大人しく礼儀正しい姿とは真反対で、演技力の高さにタカヒトは関心した。
それに、いかにも生意気そうな本来の姿の方が堅苦しい形式が苦手なタカヒトも好ましかった。
他国の王子とはいえ、本人が了承してるなら許されるだろう。


「あ、そうだ。俺も騎士団に入れてくれよ。」
「無茶を言うな。」
「正直王宮暮らしは退屈なんだよ。貴族のたしなみってお茶とか噂話だろ?剣は無理だが耳の良さを利用して斥候とか出来るぜ。」
「駄目だ。お前は大事な客だ。大人しくカウスの中にいろ。一応王子としての面目は守りたいのだろ?」
「まぁ、そうだな・・・。じゃあマヒトが来たら俺も呼んでくれよ。正体不明だけど、此処に来て初めて出来た話相手なんだ。」
「・・・抜け出す時はバレないようにしてくれ。」


まだ幼く遊びたい盛りの年頃の少年が一人で他国に留学というのは、確かに退屈で心細いのだろう。
せっかく出来た友人との面会ぐらいはいいか、とヤマトの長い耳の間の髪をくしゃりと撫でてやる。
すると、ピンとしていた耳が二つに折れた。


「ほお。ウサギも撫でられると反応するのか。」
「ウサギ言うなっ!」
「俺はこれから会議尽くしだ。しばらく大人しくしてろ。暇が出来たらかまってやる。」
「っ!?一国の王子に偉そうな事言うな!」


反論するも嬉しそうに耳がパタパタと動いた。
冗談の通じない堅物ばかりの一族だと思っていたが、素直でわかりやすい種族だと考えを改め、

またな、と言い残しタカヒトは宿舎に戻った。
 

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