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出陣前夜

 

タカヒト達が雨海亭に顔を出したのは、バシュデラとの戦に出かける前の晩だった。
副官二人を連れてエールの濃い匂いが漂う夕飯時の店に来るのは珍しくない。
盆を抱えたサキが迎える。


「いらっしゃい」
「愛しのサキー!!久しぶりね~!」


両の腕を広げて砂色巻髪の美女が給仕に抱きついた。


「久しぶり、リセル。」
「また綺麗になったわねサキ!」
「そんなことないよ。リセルはいつ見ても綺麗だけど。」
「まぁ~!サキったら、嬉しいわ!」
「アハハー、美人同士がくっついてるのは目の保養ですな~。ね、隊長。」


頬擦りまでしだしたリセルを微笑ましく眺めながらタカヒトに問うが、隊長はフン、と無愛想に椅子に座った。
副官二人と出会い仲間になってすぐ、タカヒトは二人を雨海亭に連れてきていた。
リセルはサキを初めて見たときから気に入り、実の姉妹のように仲が良い。
テーブルにサキの母であり店主であるトワコがやってきた。


「いらっしゃい、タカヒトくん。最近騎士団も忙しそうね。」
「ええ、まあ。」
「体にだけは気をつけてね。ご注文は?」
「適当に三人分お願いします。・・・今店は忙しいですか?」
「もう落ち着いたわ。」
「ミヤコさんを呼んで頂けますか。」


真面目な顔になったタカヒトの意思に気づき、トワコは頷いて踵を返した。
同時、トキヤとリセルもアイコンタクトをキャッチしてサキを引き連れ離れたカウンター席に向かった。
店の壁際で酔っ払いの相手をしていた給仕にトワコが声をかけ、タカヒトを目で確認した給仕は頷いてタカヒトのテーブルに向かってきた。
サイドの髪を三編みにし後ろに流す黒髪の、サキとは違う知的美人は腰に手を当て勝気な笑みを向けた。


「ご指名頂けるなんて驚きだわ、隊長さん。」
「お仕事中に申し訳ありません。」
「止めてってば、敬語。私はもう王族じゃないのよ。ヤブ医者に嫁いだ、ただの給仕。で、どうしたのよ。」
「お聞きしたいことがありまして・・・。お座り下さい。」


タカヒトの敬語にやや不満げではあったが、優雅に椅子に腰かけた。
彼女の仕草は育ちの良さを物語っており、その気品は港町の騒がしい居酒屋より社交会の方がお似合いだ。
しかし、彼女がセレノア王家の、しかも現王の姪であると誰が思おうか。


「マコトは元気かしら?」
「はい、お変りありません。」
「可愛い従兄弟も大きくなって、初めての戦場は勉強になったでしょうね。・・・話はなに?」
「ミヤコ様のお世話係だったレイコ女史についてお聞きしたいのです。」
「意外な名前が出たわね。今レイコは重臣の一人になったのよね。」
「はい。それで・・・レイコ女史の忠義は如何程か直接伺いたいと、」
「ハッキリ言って頂戴、隊長さん。」


相手を射抜く力強い瞳に、騎士団の長であるタカヒトでさえ怖じけづきそうになる。
人の上にて、虚偽を見抜く術を心得ている選ばれた人間にしか出来ぬ事だ。
さすが次期王候補の一人で初の女帝になるやも、と噂されていただけはある。


「申し上げ難い案件なのですが。」
「構わないわ。」
「レファスに裏切り者あり、との疑いがあります。レイコ女史はその容疑者の一人なのです。」


かつての世話係に売国の疑いをかけられ気分がいいはずないのだが、ミヤコは表情を崩さなかった。


「レイコは重臣の席にいて、議会の際など王の近くにいるはずよ。王家の血筋には強力な守りがあるわ。」
「・・・内密な話なのですが、本日、バシュデラ族がレファスに侵入しました。」


一段と声を低くしたタカヒトの発言に、レイコの容疑について反応が薄かったミヤコでさえ瞳を真ん丸にして驚きをみせた。


「バシュデラはカイラ神、そしてマヤーナの力を無効化する魔法石を手にしたようなのです。もしレイコ女史が裏切り者だったとして、その魔法石を所持していたら王家の保護も無効化してるやもしれないという仮定が作れるのです。」
「なるほど・・・。隊長さんが自ら私を訪ねた理由がわかったわ。状況は切迫してるのね。」
「明朝、私はガムールを離れ戦に向かいます。その前に何らかの手を打たねばなりません。」
「レイコは私が14の時から一緒にいたわ。あの容姿はやたら目立つけれど、人を支えるのに徹した秀才。私の知識はレイコに教わったと言っても過言ではないわね。・・・レファスで生まれ、セレノアに仕える事が誇りだと言っていたのよ?
・・・カウスを出て5年。その間にレイコとは連絡を取ってないから、何かあったならその間ね。
身内だからかばうわけじゃないの。私から見て怪しむ点は無いわ。」
「そうですか・・・。」


ただ、と切り出してミヤコは顎に指を当て何かを考え出した。
訝む表情で視線が下に落ちる。


「まだ学生だったころ、レイコは大陸の人間と文通していた事があったの。実際に会う事は無かったし、1、2年で文通事態飽きてしまったみたいだけど、その相手の名前、確かユタカと言ってたわ。ギルデガンの王も同じ名前なのよね。」
「調べてみましょう。」
「繋がってしまったわね。レイコが裏切り者だなんて考えたくは無いけど・・・。」
「申し訳ありません・・・。ミヤコ様のお心を痛める事を聞いてしまいました。」
「いいのよ。重臣相手じゃ情報収集も上手くいかなかったのでしょ?本当に彼女が裏切り者なら大問題だわ。」


ミヤコがスッと立ち上がりタカヒトに目線を戻した時には、憂いを引っ込め普段の勝気な表情に戻っていた。


「バシュデラの魔法石が有る限り、隊長さんの守りも消えてしまうわ。大丈夫?」
「私は守りが無くとも剣のみで戦ってきました。」
「それもそうね。失礼な事言ったわ、ごめんなさい。どうか、レイエファンスをお守り下さいませ、騎士様。セレノアの一葉として、マヤーナの加護をお祈りいたします。」
「有り難うございます。」
「じゃ、夕食持ってくるわね。」


本来なら、王族に直接祈りの言葉をもらう際跪いて頭を下げるのだが、

この場でそんなことをすれば彼女の身分をバラしてしまう事になるので、

軽く会釈しただけで、ミヤコがキッチンに戻るのを見送った。

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