top of page

聖なる森へ

 


空に黒い煙が形を成したような羽のある大トカゲがギンギン鳴きながらこちらに向かってきていた。
羽はコウモリのように鋭利で、頭に大きなコブがあり、突き出した口に無数の牙が見える。
さらに地平線の向こうからは、丘を埋め尽すかのように赤い鬼が混紡を持って走ってきている。


「来たか・・・。リセル、森の手前で兵達を先導しろ。バッサムの口上が終わり次第森へ。ちゃんと整列させとけ」
「御意。」
「サキョウ様!空からの敵をお願いします!」
「はいよ~。任せときぃ。」


隊の中腹あたりにいた僧侶に呼びかける。悪魔達が迫る中でも緊張感のない様子である僧侶だが、隊をやや外れ馬上で懐に折りたたんでいた杓杖と呼ばれる棒を体の前で掲げた。


『召しませ我等が神マヤーナよ。今生の朝、刹那の夜。白き星が歩む空に見えぬ恩恵を。我が祈りに応えたまえ、かしこみ、かしこみ・・・』


口上を始めると、僧侶の杓杖から黄色い半透明のモヤが溢れだした。
モヤは空高く登り兵士の頭上を覆うように広がってゆく。
空気に漂うそれはやがて硬質な壁となり悪しき者を通さない鉄壁となった。


「第六隊は止まり悪魔を食い止めろ!」


列の後部にいた約20人編成である第六隊は隊長の指示にぐるりと向きを変えた。
向かってくるオーガと対面するように列を組み前列の兵士は魔法で強化された盾を地面に置いた。
小太りでどんくさそうなわりに足が早い赤い鬼―オーガが目前に迫る。
しかしやや高い丘にいた騎士団に地の理が味方した。
弓隊が射った弓はほとんどオーガの体を貫き、ウィザード達の業火は空から獲物を狙うワシやタカのように、または地を這う蛇のようにオーガ達を焼き付くした。
空にいる大トカゲは見えぬ壁に阻まれ敵の元へ降下出来ない事に混乱していたようだが、防壁の存在を理解すると一度宙高く飛び槍のように体を細長くさせ一気に高度を下げた。地面すれすれで畳んだ翼をバッと広げ丘に這うようにギリギリを低空飛行。こちらに迫ってきた。


「下に防壁は無いと気づくやなんて、頭ええなぁ。せやけど・・・!」


掲げていた杓杖を向かってくるトカゲの鼻先へ向け、空いている手で印を結ぶ。


『転移!』


空にあった半透明の防壁が、スライドするように地面の上に建った。人間より視力が良くないらしく目の前に現れた壁に気付かず翼あるトカゲは壁に激突。防壁に触れてしまったがために、トカゲは内側から爆発し消えた。


「隊長!」


リセルの呼び声が響く。既に兵士達が森の中へ避難しているところだった。
残った兵士達と共にタカヒトも森に避難した。
森に一歩入った途端、そこが聖なる森である訳がすぐに理解出来た。
ムルタの森は空気が全く違った。
全てが清らかで、全てが高貴なのだ。葉も、土も、空さえ。
レファスはただでさえ神聖な土地であると言われているが、この森に比べれば平凡であろう。
土地の神聖さに気づいているウィザードやプリーストの一部は膝を折り熱心に祈りを捧げていた。
タカヒトも、バッサムの言い分を無視して強行突入しなくて良かったと改めて思った。


「相変わらず素晴らしい場所ですなぁ。此処は神が地上におられた時の息吹が残ってるんやろな。」
「サキョウ様は以前来たことが?」
「ああ、修行でな。一応神官様も試験官やから。まぁお姿を拝見したことは無いんやけど・・・。」
「神官様は滅多に姿を露さないというのは本当なんですね。私からもご挨拶しようかと思ったのですが。」
「構しませんやろ。ムルタの森はレファスのもの。森に危害を与えんかぎり好きにしろっておっしゃる。」
「そうですか。でわ戻ります。先程はお見事な手際で、ありがとうございました。」
「あれぐらいなんともないで~。」


ヘラヘラと笑う僧侶は、本当になんでもなさそうだった。
なんと心強い、とタカヒトは礼をしてから隊の先頭に向かった。
ミレイナとバッサムは馬上の上で祈りを捧げており、バッサムに至っては涙が頬を流れている。
リセルがタカヒトに気づいて頭を下げた。


「ご無事で?」
「ああ、サキョウ様をお呼びして良かったと心底実感したとこだ。何か変わったことは。」
「バッサム殿がずっと泣きやまない事以外は特に。」
「此処は神聖な息づいております・・・生きていてこんなに満ちた事はありませんよ・・・」


祈る言葉も尽きてしまったらしいバッサムが顔を上げた。声は涙声で早くも枯れている。


「精霊召喚士が一番この森の有り難みを感じてるみたいだな。先程は悪かったなバッサム。お前が正しかった。」
「先行して口上を済ませなかった私が悪いのですよ隊長。」
「・・・普段ならグチグチと文句を言いそうな所を。森は悪い所を全て洗い流して下さるようですわ。」



リセルが心酔している精霊召喚士に聞こえぬように言った。
軽く頷き返し、そのまま暫く馬を進める。


 

bottom of page