通信不可、炎の足止め
赤いオーガを切りながら辺りを探る。貴族の私有軍は騎士団の元へ向かってくると思いきや、騎士団が両側から挟むバシュデラの本隊へ真っ直ぐ向かっている。
少し離れた場所に赤い魔剣の閃光が見えた。
走りながら叫ぶ。
「リセル!あれは一体どういうことだ!」
「わかりません!連絡も無くやって来て・・・。今精霊と馬を飛ばしました。」
「今すぐ奴らをとめろ!悪魔達にやられてしまう!」
リセルが慌てて指揮を取るが、戦いが始まった戦場で彼女の声は上手く伝わらない。
首を回してウィザード部隊を探し混乱する兵の合間をぬって走る。
「ミレイナ!」
「はい、隊長。」
「炎の防壁を貴族隊の前に張ってくれ、足を止めたい。」
「御意」
ウィザードの女長は部下数人に声を掛け杖を頭上に掲げた。
数人の杖から放出された炎の塊が合わさり大きな火の鳥となり飛び上がった。
しかし、鳥が貴族部隊の真上に飛び立つと透明な壁にかき消されてしまった。
「タカヒトはん!僧侶が一人おるえ!あのバカ味方の術すら拒否しとる!」
「クソッ!」
「わいが同僚に話かけてみるが詠唱に時間がかかる。」
「なんとか足を止めます。次は囲んでみろミレイナ。行くぞリセル!」
「はい!」
主人を失いさ迷っていた馬の手綱を引いて乗る。
馬はやや混乱していたがタカヒトが鬣を一度だけ撫でると落ち着きを取り戻し、彼が乗ることを許したようだった。
馬の腹を蹴り走り出す。
巧みな手綱捌きでひしめきあう群衆を交していき道が開いた所で一気に駆け出した。
タカヒトの真横に黄色の精霊―バッサムの使い精霊だ―がやって来た。
『隊長、サキョウ様が通信に成功しました。偽情報を掴まされてます。隊長直々の応援要請が出て、敵を真横から攻撃してくれ、とか。またその場にいる味方は敵が作り出した幻覚だから惑わされるなと指示も下りてます。サキョウ様も偽物と疑われ通信途絶えました。』
「ミレイナにも伝えろ。バシュデラは防御に徹し、強行手段何を使っても構わないから最優先で貴族私有部隊を止めろ。」
『御意。』
指示を告げたすぐ後に、ミレイナの物と思われる炎の塊が頭上を飛んでいった。
炎は貴族隊の前方300mに着地すると高い壁となり立ち塞がる。さらに炎の精霊が魔法補助を行い更に高く分厚い壁となった。
流石の彼等も馬の足を遅めた―しかし、分厚い壁が掻き消された。
離れた場所にあったはずのバシュデラの防壁がいつの間にか移動して魔法を拒絶し精霊の具現化も解いてしまったのだ。
外壁の内側にバシュデラ族の姿が見える。
「まずい!」
馬に鞭を打って加速したが、遅かった。
バシュデラの悪魔召喚士が呼んだ黒いトカゲが数十匹、貴族隊の真上に表れ降下すると彼等を襲いだした。
タカヒトとリセルが急ぎ駆けつけ悪魔達を斬りつけ全て倒した時には、生存者は僅か数人。命を取り止めても深手の傷を負い悲痛な唸り声を上げている者がほとんどだった。
タカヒトの胸中に辛く悲しく、そして苦いものが広がった。
救えた筈の命が散った瞬間である。
リセルが隊長に声をかけようと近寄った時、笑い声が響いた。
「アハハハハ!ここまで見事に引っかかるなんてバッカだぁ~!」