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怒りと悲しみ

 

 

どこまでも陽気に話すバシュデラ族の少年は、必要最低限の場所しか隠してない服に、バシュデラの特徴である翼と尻尾を持っている。
少年の後ろには同じく露出の高い女性バシュデラが仕えるように立っていた。
魔法石の気配を辿った先のテントにいたのはこの二人だとタカヒトは気付いたが、それはどうでも良かった。
ロングソードを握り直し少年と対峙する。


「彼等をけしかけたのは貴様か。」
「そうだよ、隊長さん。」
「何故いち貴族を滅ぼす必要がある。」
「ただの暇つぶしさ~。やっぱどこの国の貴族でも世間知らずのバカなんだね~。まぁ騎士団の指揮系統を狂わせるって目的もあったけど、思ったよりしっかりしてて流石だよ。あ、でもコレを壊されなくて良かった点はバカ貴族を褒めてあげなくちゃ。」


腰に下げたポシェットから丸い玉を取り出した。
水晶のような石に、黄色いモヤが自転している。


「さっき隊長さんがテント脇に来たときはもうダメかなぁ~と思ったんだ。僕達昼間は力が全然出せなくてさぁ。レファスの土地は立ってるだけで息苦しいし。いいタイミングでやって来てくれたよ。」
「殺す必要なぞなかったではないか・・・!」
「言っただろ?暇つぶしだって。」


口角を裂ける程吊り上げて純粋に、しかし残忍に笑う少年を見て、タカヒトの体から赤いオーラが噴射しだした。


「隊長!」
「離れていろ。隊に撤退するよう言え。」
「なりません!隊長は魔法を使用することを嫌っておいでです!」
「だから離れてろと言った・・・。」
「・・・御意。」


リセルは馬に乗ると部下と生存者達を連れ撤退していく。
そのやり取りを腰に手を当て余裕を見せながら聞いていたバシュデラの少年は魔法石を顔の高さまで掲げた。


「マヤーナの寵愛とやらで壊してみなよ。ボク知ってるよ~。隊長さんは魔力が強力過ぎて仲間を消し炭にしちゃうから剣ばっか使うって。でも腕は魔導師クラス。両親を殺したのがその力なんだから、そりゃあ使いたくないよね~。」


言葉の最後の部分でタカヒトが纏う赤いオーラが爆発した。
彼の体中心に風が吹き荒れ竜巻となり、引き寄せられた雲が分厚く黒く頭上を覆う。
カイラ神の力を拒絶してしまう半透明の防壁にヒビが入りだした。


『ライ・ブレイクッ!!』


タカヒトがそう叫ぶと、一際強い突風が大気を駆け、赤い稲妻が雲から飛来し地上にいる悪魔を全て焼き付くした。雷に当たった悪魔は例外なく黒い消し炭になり粉々にされ悪魔の世界に帰っていった。
更にバシュデラ族はテントの中外関係なくタカヒトの近場にいた者は雷に打たれ地面に倒れる。悪魔と違い粉々になるようなことはなく気絶しているだけのようだ。防壁も雷に打たれ崩壊し欠片がパラパラと降る。
少年の手の中にあった魔法石も粉々に砕かれた。
その衝撃に驚きを見せた少年だが、タカヒトの魔力を寧ろ喜びだし魔法石の破片をあっさり捨てると魔力噴射を止めて脱力しているタカヒトに近付いた。
後ろに控えていた女が反応したが手を上げ動かぬよう命じる。
魔力を使い過ぎたタカヒトは地面に片膝をつき胸に手を当てていた。黒い雲は徐々に消え青く美しい空が戻りだす。


「予想以上だったよ!レファスを崩すのは退屈だと思ったけど、楽しくなってきた。また遊ぼうね隊長さん。」


この子供は何を言ってるんだ、とタカヒトは顔を上げ強く睨みつけた。
少年はポシェットの中から手鏡を取り出しタカヒトに向ける。


「隊長さんの一番大切な人はだーれ?」


それは罠だった。
いつものタカヒトならば閉心術で防げた。
だが今魔力放出為すぎたせいで頭がにぶっており、サキの事を思い出してしまった。
少年はニヤリと笑い、鏡を抱え女の元まで走って戻る。
そしてもう一度タカヒトを見て残忍なまでに無邪気に笑うと、紫掛った黒いモヤと共にその場から姿を消してしまった。
自分の犯してしまった過ちに体が震え、また怒りで魔力が高まり咆哮と共に空へ噴射させた。
更にもう一発、と体を硬直させた時、体が暖かいもので包まれた。
オレンジの半透明なシールドに丸々包まれると、体は重力から解き放たれる。球体シールドの中は水中に浮かんでいるようで体の力が吸い取られ筋力が無気力になったみたいだ。
急激に体は言うことを聞かなくなり、タカヒトは目玉だけでサキョウを見た。
彼も、隣にいるリセルも悲痛な表情を浮かべている。


「もうええて、タカヒトはん。終わったんや。」
「・・・終わってない。バシュデラの長に逃げられた。奴らはまた襲ってきます。それに・・・心を読むマジックアイテムにサキの事が知られた・・・早く奴を探さないと・・・」
「隊長、サキはガムールの中にいます。安全です。」
「奴らは用意周到で残忍だ。何をするか・・・サキョウ様、解いて下さい。」
「あきまへん。治癒が先や。」


タカヒトが目を閉じる。
すると、シールドの内側から竜巻が発生しサキョウの拘束系シールドは破られた。
目を見開いてサキョウは驚愕を表す。


「この術まで解いてしまうやなんて、あんさん一体・・・」
「マヤーナの治癒がありますから大丈夫です。リセル、怪我人の手当を終えたら隊を整え戦力の確認をしろ。」
「まさか・・・、このまま帰らず残るおつもりですか!?」
「奴らを野放しにはしない。しかと殲滅を確認するまで帰らん。」
「なりません!」
「意見なんぞ聞いていない。俺は馬を取りに戻る。それまでに伝達しておけ。」


くるりと向きを変えややふらつき弱々しい足取りで森に向かって歩きだした隊長の背中を、リセルは複雑な顔で見つめていた。
今この場にトキヤがいたら上手く隊長を説得してくれた。もっといい策だって考えだした筈だ。
なのに副官である自分は何も出来ず情けない限りではないか。
そんなリセルの胸中を察してか、サキョウは彼女の肩を優しく叩いた。


「いくらタカヒトはんかて、大切な人間が人質になるやもしれんて思ったら取り乱す。あの方は実に懸命やから、時期に頭も冷えましょうや。今は指示通りに。」
「・・・ありがとうございます、サキョウ様。サキョウ様は怪我人と共にガムールにお帰り下さい。」
「いやいや!わいも同行しまっせ。」
「ですが、契約はこの度の遠征のみで・・・」
「延長や延長!わいはタカヒトはんに惚れたし、ほっとけないんよ。ついていかしてもらうで。」



僧侶の穏やかで暖かい笑みに力をもらった気がして、砂色巻髪の美女は深々と頭を下げると気高く凛々しい副官の顔に戻り早速部下達に指示を与えだした。
彼女の背を見ながらサキョウは心中でマヤーナの神に祈った。
彼等の無事と、レイエファンスの平和を。


 

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