ギルデガン王の退屈
独裁国家ギルデガンの首都・ノアール
石造りのためか色味がないライオネル城の上部に作られた執務室に重臣達が集まっていた。
真っ黒な布に白いラインが走る絨毯を挟み制服に包んだ者達が2列に整列し、絨毯の先にある上段には豪華な椅子にギルデガンの王がけだるそうに腰かけていた。
赤い無造作な髪は黒いタペストリーに映え燃えるようだったが、その下の表情は晴れない。
肘掛けについた腕に顔を乗せ、足元で議論を行う部下達を興味無さげに眺めていた。
「やはり先にジェギヌを攻めてしまえばよろしいかと。」
「だがジェギヌはレイエファンスの騎士団、更にクルノアの支援を得て国境警備は万全。簡易要塞まで携え攻略は困難ですぞ。」
黒髭を携えた大柄の将軍の意見を、腰が曲がっていながらも知将と恐れられている重臣が否定した。
「ならばいかがする。ここにきて侵略の手が緩めば他国が調子ずき提携や和解条約を結ぶ時間を与えてしまう。」
「焦って事を急げば痛手を負うだけじゃ。土地拡大より内部強化を行なってはどうかのお。軍規律はもちろん、奪った土地に条例が行き届いてないとも聞く。もっと監視の目を増やさねば他国に買収されたスパイが多発する。」
「些か生温くはありませんか?」
「根っからの軍人であるそなたにはつまらぬだろうがの。国作りというのは結局規律を次々制定し国民を従わせることにある。」
「レイエファンスへ侵入したウロボロスが成果をあげぬことには、大陸ザーガ全土は手に入らん。早くアキラ殿に竜の呪縛を解いてもらわねばなるまい。それまではヤナギがいう通り国の基礎をしっかり固めるべきであろう。」
「さすがキョウコだ。まとめるのが上手いな~。」
肘をついて気だるげにしていた王が初めて声を出し話に割って入った。
宰相のキョウコは無駄の無い動きで王に体を向け礼をした。
王は肘掛けから腕を下ろし座り直す。
「アキラはきっと上手くやってくれよう。だが、国の行く末を伝説の生き物に託すわけにいかない。しかと軍を整え構えておかねば。よいな、バルドー将軍。今は軍の整備を徹底するんだ。」
「承知いたしました。お任せ下さいませ。」
「こたび侵略した土地の民には十分な説明と恩恵を。ギルデガンがよい国であることを下々の者に刻んでおかなくてはならない。それを踏まえて条例の制定をしろよ、ヤナギ。」
「心得ております。」
「よし。各々引き続きよろしく頼む。」
王が席を立ったので、一同も体を向け敬礼をし、黒い絨毯を歩き去る王に深々と頭を下げた。
自室に帰った王は礼服を脱ぎチェニック一枚になると大きな窓の脇に椅子を移動させ、ワインの入ったグラスをあおった。
(昼間っから酒飲んでんのか?ダメな王様だな~。)
少し前、彼にそう言われた事を思い出す。
茶の髪をした少女のような顔した少年が突然ベランダに現れたのも、今みたいに会議後一人ワインをたしなんでいた時だ。
警備は最上位であるはずの宮殿にやって来た彼は松原色外套をひらりとなびかせながら柵に腰かけ、そう語りかけた。
余りに突然だったのと、殺意が全くない侵入者だったので、彼は兵を呼ぶことも壁に立掛けてある剣を取りに行くことすら出来ず、ただ侵入者を唖然と見つめてしまったものだ。
幼少期より訓練を積んでいても、実際に経験を積まねばいくら訓練しても無駄だということをあの日程思い知ったことはない。
「アンタ、ギルデガン王だよな?聞いてたより若いな~。」
少年はヘラヘラ笑いながら赤毛の王を観察する。
流石に我を取り戻した王はグラスを置き身構える。
「誰だい?ベランダから現れるような客人は遠慮したいんだけど。」
「安心しなよ。敵じゃない。今日はアンタに聞きたい事があってきただけだから。」
「それは良かった、とでも言うと思った?ギルデガン王の首を欲しがる国は山ほどあるからね。君はどこに雇われた。それだけ言えば兵を呼ばずに帰してあげるよ。」
「部屋に掛ってる守護の術式は俺には効かない。兵を呼んでも無駄だし、俺は何処にも属してない。あんたらの国取り喧嘩なんて興味ないよ。信じてもらう他ないんだ。俺を好きに拘束してくれてもいい、話をさせてくれ。ギルデガン王しか知らないと聞いたんだ。・・・誠意は見せるから。」
そう言って少年はベランダから下りて、外套を外すと服を脱ぎ出した。
「な、何をしてる!?」
「裸にでもなれば暗殺者じゃないことをわかってくれると思って。・・・あ、でも魔術士だったら武器は関係ないよな・・・それでも一応、」
「わかった!わかったから、服を着てくれ!こんな場面誰かに見られたら、王は特殊な趣味を持ってると悪評が広がってしまう。」
「話をしてくれるのか?」
「ああ。とりあえず入れ。」
やった、と小さく呟いた少年はまた服を着込み、外套を掴むと部屋に入った。
国の最高魔術師が掛けた術が発動せず、王は驚きと共に魔術師の格下げを検討することにした。
この部屋には、王とその家臣以外、許可無き者が足を踏み入れれば侵入者を一時マヒさせ気絶させる術が掛けられていた。
だが少年は何くわぬ顔でソファーに腰かけている。
王は窓を締め、少年に果実ジュースを出してからお気に入りの椅子に腰かける。
警戒心は解いてはないが、少年の不思議なオーラというか、独特なペースに巻き込まれ始めているのは認識していた。
一国の王として無防備過ぎる対応だと今は思うが、相手が彼なら仕方ないだろう。