ギルデガン王の退屈
「まずは、・・・そうだな。名前は?」
「マヒト。あんたは?」
礼儀も何もない聞かれ方だったが、王は気分を害する様子はなかった。
「ユタカ・アインツヴァール・アイザーだ。」
「じゃ、ユタカだな。」
「君は見事なぐらい壁がないな。」
「俺はギルデガンの人間じゃないし、ましてや大陸の人間じゃない。敬意を表する理由はないだろ?」
「・・・大陸の人間じゃないってことは、レイエファンスから来たのか!?」
「ああ、そうだ。」
無作法で野生的な上にあの神秘の大陸からやって来たとは、
驚きを通り越してギルデガン王ユタカは興味を抱き出した。
レイエファンスと大陸を往復出来るのは高い身分を持ち、通行許可書を持つ者だけ。
「じゃあマヒトはレファスの外交官か貴族なのかい?」
「違う。言っておくが俺はセレノア王家とも無関係だ。此処にも船を使ってきたわけじゃない」
「密入国?」
「そうかもな。俺はお前達が決めた秩序や規律にはしばられない。」
「うーん、よくわからないなぁ」
「詳しくは話せないんだ。突然現れて不公平だと思うが。」
話してる内に、少年マヒトの瞳が奥深い輝きを見せた。
マカボニー色の其れは宝石より地味な色合いに関わらず、
全てを飲み込み魅力してしまうような神秘の力で出来ているようだった。
ユタカは顎に手を当てる。
「君は、ルナの使いなのか。」
「ギルデガンにはその言い伝えが残ってたんだな。」
「なるほど、君が俗世に囚われない理由がわかったよ。」
王は頭の中で魔術師の格下げを修正した。
この少年が予想通りの存在なら、大陸の魔法使いごときが放つ術など効くわけがない。
「月からきたウサギさんってとこかな~。」
「何だそれ?俺はミュン族じゃないぞ。」
「大陸の迷信みたいなもんだよ。月にはウサギが住んでるっていう。」
「ルナを月と呼ぶのは大陸の特徴だな。」
「そうだね。・・・それで、本題は?」
ユタカは肘をつき手を組み合わせ、顔を引き締めた。
マヒトも真面目な顔つきになり真っ直ぐとギルデガン王と対峙する。
「ギルデガンの王室には、王位継承者のみに与えられる神器と伝承があると聞いた。」
「ああ、あるよ。」
ユタカは実にあっさりと事実を認める。
「それは誰から聞いたんだい?アレは存在事態世間には内緒で、伝承も口頭でのみ、
しかも戴冠式の時に一度だけだ。王はその話を一生他者には語ってはならない決まりがある。
もちろん、話したからって死ぬ事はないから拘束力は弱いけど。」
そう問うと、少年は別に大した事じゃないといいたげに肩を上げとぼけてみせた。
「俺はユタカが言う所の、月の使者だからな。他言の中には入らない。
それに、俺の兄さんはレファスの土地を統べる守人だから、知りたい事を知ってる人間を探すのは容易い。」
「それは凄い!血縁者に神官様がいるのか!実に神々しいご兄弟だ。」
「俺が接触したのは数代前の王様の霊で、死んだせいで伝承自体は忘れてしまっていた。
現王ならはっきり覚えていると思ったんだ。頼む、教えてくれ。
これからレファスに起こる事に伝承と神器が必要なんだ。」
「・・・君が動いてるってことは、事と次第によっては大陸まで被害が及ぶ出来事らしいね。」
「被害なんて容易くはない。イシュトリが崩壊しかねない。」
「なるほど。ギルデガン王として、喜んで協力しよう。だが神器は俺は持ってない。」
少年の表情がやや曇った。
焦りも見えたので、ユタカは安心させるべく軽く笑った。
「妹のライニャ姫が持っている。神器は代々王の血筋の中から寄代を選び体内に収まることで王家を支えてきた。
現在の入れ物はライニャだ。」
「取り出せるか?」
「ライニャ自身が許せば可能だよ。俺が直接説得して―」
「いや、ダメだ。ギルデガン王が俺と接触してたなんて知れたら流石に気が引ける。」
「気をつかわないでよ、ウサギちゃん。手紙を書こう。ライニャは口が硬いし、事情を把握出来る頭のいい子だよ。
それに―・・・マヒトみたいな男の子なら大歓迎だろうからね。」
ユタカはクスクス笑い、マヒトは意味がわからないらしく首を傾げた。
それからユタカは、王家に伝わる伝承をマヒトに話した。
言ってはならないと先代王である父に厳しく忠告されていたため、
言葉にする日は後取りの前だけだと思っていたのに。
世界は動き出しているようだ。
重要事項を話終えた時には、体が硬くなり口がカラカラになってしまっていた。
ワインを一気に煽り、椅子にどかっと体重を預け緊張をほぐした。
「ありがとう、ユタカ。」
「ウサギちゃんのためなら喜んで。」
「ウサギって呼ぶな・・・。」
「ハハ、可愛い君には耳がお似合いだと思うよ。なんにせよ、ギルデガンの、引いては大陸の為になるなら、
歴代の王も許してくれるだろう。」
マヒトは、ユタカが苦い顔をしたのに気付いた。
ベランダに現れた時も、彼はそんな顔をしていた。
「独裁国家の王様には見えないな、アンタ。」
「別に独裁政治してるつもりはないよ。」
「ここ数年近隣国を次々飲み込んでるじゃんか。結構強引に。」
「やり方が一方的なのはわかってる。けど俺は、民に幸せでいて欲しいんだ。
だが目の行き届かない場所では争いや貧困が起きる。ならばいっそ、
全てこちらで管理して監視してしまえばいいんじゃないかって・・・。
でも部下達が色々勝手に決めちゃって、いつしか独裁国家なんて言われてる。」
明らかに落ち込んでいるユタカは、グラスに並々とワインを注ぎまた一気に飲み干した。
「俺は国だの支配だのよくわからないけど、ユタカが悪い奴じゃないのはわかった。
でも現状を部下のせいにするのはよくないぞ。」
「俺は頭が良くない。間違ってると思っても、難しい法律なんか出されたら勝てないんだよ。」
「王様なんだ。好きにしたらいい。」
「でも、それじゃ政治にならない。」
「政治なんてしなきゃいいさ。」
マヒトはソファーから立ち上がり、外套を再び纏うとユタカの真ん前に立った。
「アンタの名前通り、豊な国を作ればいい。民を幸せにする行為と政治が離れてしまってるんだ。
ならアンタはどうする?」
「マヒト・・・」
「王様の冠は、誰も無視出来ないもんだ。周りがなんていおうが、アンタの決定が全てになる。
アドバイスするなら、あの眼鏡掛けた女の人使った方がいいよ。」
「キョウコを?」
「じゃ、明日の晩また来る。妹姫への手紙よろしく頼む。」
「待ってよ!」
窓を開けベランダに出た少年を急いで追う。
「また、話せるかな。」
「大陸に来ることがあったらな。」
「嬉しい~。俺友達少なくてさ~。」
無意識に満面の笑みを浮かべたら、つられたのかマヒトも声を上げて笑った。
周りに聞かれてないことを祈る。
「ユタカ、無理して王様のキャラ作るより、そのヘラヘラしたアンタの方が好感持てるよ。」
「そうかな~?不真面目にみえるから止めろって言われててさ~」
「素のユタカの方が俺は好きだよ。それと、いくらギルデガンの血で酔わないとは言え飲みすぎはよくないぞ」
ベランダの柵に乗ったマヒトは、そのまま飛び下りて消えてしまった。
ベランダで話してたにも関わらず、警備兵は誰一人ベランダから飛び下りる彼の姿を目にすることはなく、
それが今後の答えに思えて、ユタカは自分を飾るのを止めた。
直ぐ様威張りくさって王を馬鹿にしていた宰相を辞任させキョウコを指名。
文句の嵐が怒ったが、王の権限を振りかざしたら皆口を閉ざした。
今は自分の理想に賛同してくれる家臣が支えてくれてるおかげで、独裁国家の汚名返上ももうすぐだろう。
ユタカはグラスを置いて、ベランダに出た。
あれから、マヒトは訪ねてこない。ライニャへの手紙を託したのが最後だ。
扉にノックがあり、キョウコが入ってきた。
「陛下、アキラと連絡が取れました。現在竜の棲みかを探しているとか。ウロボロス兵は待機のままですが、
バシュデラと騎士団が交戦しバシュデラが撤退。その勢いで騎士団が押し寄せ我等の軍を叩くのも時間の問題です。」
「好都合じゃんか~。成り行きに任せようよ。」
「・・・陛下、もう演技はよろしいんじゃないですか?陛下はワザと極悪非道な王であると世間に知らしめていらっしゃいます。ウロボロス兵にも、大陸を支配するために竜を持ってこいなどと・・・。
それが偽装だと知れたら反乱が起きます。悪魔召喚士は気性が荒いですから。」
「起きないさ。それに、まだこの国は独裁国家でなきゃいけないんだ。」
「アルの予言書とやらですか。」
キョウコはメガネの縁を指で押し上げ風に踊る王の赤毛を眺めた。
「伝承や利に適わない事は信じない主義だったのですが、王家の出生を聞いた今、
それほど現実と離れていない気がします。」
「フフフ。キョウコを宰相にしてよかったよ。たまには一緒に飲まない?」
「まだ職務中です。私は陛下と違って限界がありますので」
「一度酔うって事をしてみたいもんだよ。竜の末裔は酔えないんだもの。」