参謀として、
都市ガムールにあるセレノア城はいつも通り平和な時間が流れていた。
騎士団の主力がいなくても、敵が襲ってくるようなことはない。
騎士団参謀長トキヤは、城の上層外にある渡り廊下を歩いていた。
昨晩、隊長がバシュデラと応戦し逃してしまったと聞いた時はさすがに驚いた。
まさに驚天動地。吃驚仰天。
だが、貴族の私設隊が遠征に出たのに気づいていながら深追いしなかった自分も悪い。
てっきり、退屈な城内暮らしで、暇を持て余した貴族が自隊をみせびらかす意味も込めて
狩りにでも行くのだと思っていたのに。
まさか、バシュデラ族がセレノア貴族にまで魔の手を伸ばすとは。
それもこれも情報の中心にいるはずの自分がしっかりしていなかったせいだ。
長い王宮暮らしで昔の感がにぶったのかもしれない。
怪しい臭いには嫌でも気付いたのだが。
しかしまあ、バシュデラ族は考えていたより頭がキレるとわかっただけいいだろう。
隊長にサキという弱みがあると知れたのも運が悪かった。
妹サキが関わると隊長は冷静さを失う。
益々自分がしっかりしなければ、と普段滅多に出さないやる気を持て余しながら宮殿に入る。
セレノア城は、貴族館や騎士団の宿舎などがあるが、王が住み政を行う宮殿は城の中心部にそびえ立つ塔で、
選ばれた者しか入れず、貴族でさえ易々と足を踏み入れることは出来ない。
だが騎士団参謀は許可された数少ない一人で、身分証である制服を着ているだけで
簡単に情報収集が出来るというわけだ。
まずは、ギルデガンと繋がっている裏切り者を見つけださなければ。
白いタイルが張られた外廊下を回り四階へ。
臣下達が会議を行う部屋が並ぶ廊下を過ぎ角を曲がるが、その先で会話している人影を見て角に身を潜めた。
目的人物の一人、重臣レイコ女史がお気に入りの煙管を手悪さしながら、クサナギ将軍と話していた。
「―てな訳だから、陛下の予算案を提出したわけ。バシュデラ族の進軍やギルデガンの脅威は計り知れないじゃない?騎士団の若手育成は急務よ。」
「改めまして、進言、感謝いたします。」
「礼なんていいのよ、将軍。それより、騎士団はバシュデラの追尾を決め帰って来ないのでしょ?
もう騎士団はお辞めになったのに大変ね。」
「必要な兵は残ってますし、明日には出陣した兵の800は帰還すると知らせがありました。
ガムールの守備には問題ありませんよ。」
「あら、皆様の事は信頼していますわ。」
影で様子を伺っていたトキヤは、すり足で気配を消し、少し近づき柱の影に移った。
将軍の話し方に違和感があるからだ。
軍人より臣下の方が身分は高いから敬語や恭しい口調は当たり前として、
疑ってる臣下相手に兵の数を告げたりするだろうか。
トキヤは将軍の頭の良さと訓練の厳しさを良く知っている。
どういうつもりなんだろうか。
「ところで、ベダーハル子爵様の私設部隊の事はお聞きに?」
「ええ、もちろんよ。子爵様ご自身も出陣されたとか。ただ議会はバシュデラに騙された罪があると
葬儀を行うか否か、位を一族から剥奪するか討論してるわ。」
「レイコ様は如何お考えで?」
妖艶な臣下は火のついてない煙管を指で回しながら、白石が積み上がったベランダに肘をついた。
「子爵様は、心より騎士団の力となるため戦地へ赴かれたと私は信じてるの。
セレノアの為に敵の醜い罠にハマってしまった方の葬儀は、していただきたいわ。
実は私、ベダーハル様の奥様とはお茶友達なの。お気持ちを考えると、胸が苦しくなります」
離れたトキヤからも、瞳に涙を貯めながらも悲しみを必死に押さえ込む彼女の姿が見えた。
「胸中お察し致します。今のお話を聞いて、レイコ様は信頼おける方だと確信したしました。」
「何かしら、将軍。」
「実は・・・誠に悲しい事ですが、セレノア政権内部にバシュデラと繋がっている裏切り者がいるのです。」
「何ですって?!」
「大陸の悪意が、レファスまで侵しているのです・・・。レイコ様、お心あたりはございませんか?」
「あったら今頃申告してるわ。・・・身内を疑いたくはないけど、ベダーハル様を騙すのには
確かに部外者じゃダメよね・・・。なんで考えつかなかったのかしら。」
「陛下をお守りするのが私の使命。しかし、私は軍人あがり故、顔は広くありません。味方が必要なのです。
レイコ様、ご助力頂けませんか。」
「もちろんよ、将軍。セレノアを汚す輩を野放しには出来ないわ。私の方からも色々探ってみるから。」
「心強い。この事は内密にお願いします。」
しっかり頷いて、女史はヒールを響かせ去っていった。
その音が完全に消えてから、将軍は振り向き声を上げる。
「出てこい、トキヤ。」
「ちぇ・・・バレてたか。」
柱の影にいたミルクティ色髪の青年は素直にそこから出てクサナギの前に出た。
「まだまだ呼吸法がなっていない。気配を消す魔法も穴がある。」
「それ言われたら僕廃業ですよ!隊長と比べてません?あの天才を基準にされちゃ困ります。」
「ただ単に修行不足だ。お前はサボってばかりだからな。」
「へいへい・・・。それで、将軍がレイコ女史は怪しいって言ってたくせに、どういう事なんです?
彼女が本当に犯人だとして、焦って無茶しでかされたら、たまったもんじゃない。」
顔に傷がある将軍は腕を組んで難しい顔をした。
「少しつついてみた。俺は頭脳戦は得意じゃないしな。相手の出方次第だ。」
「よく言う・・・情報戦得意だったくせに。まさか涙で騙されたりしてませんよね?
女性の涙ほど信用ならないものはありませんよ。」
「わかっている。嫌な感じはしてるのだが・・・彼女自身は危険ではない。今話してみてそう感じた。」
「矛盾ですね。勘ですか。」
「ああ。まぁ、利用されてるという線もあるし、例のアンチ魔法防壁アイテムがそう思わせるのやもしれん・・・。
夫人との関係について裏付けなどは任せる。俺は極力陛下のお側で睨みを効かせていよう。」
「それが一番いいですよ。汚れ仕事は僕がやりますから。」
「・・・タカヒトも好かれたもんだ。」
「何ですかそれ・・・。」
「ああ、お前が好いてるのはリセルだったな。」
「!?」
「俺の洞察力は衰えてないぞ、トキヤ。」
もう絶対この人には勝てないと全身で理解した。
荒々しくお辞儀をして、そそくさと退散する。
赤い顔と子供っぽいところを余り人には見せたくないというに。
そうだ、隊長の為に必死になってるわけじゃない。
彼女の負担を減らしたいだけだ。
なのにシスコン隊長のせいで今頃彼女は大忙しなんだろう・・・。
甃の階段を駆け足で降りると、乗馬庭園が目に入った。
芝生の上に、不思議な古代種アクリラ達が人を乗せていた。
最初は1匹だったアクリラも、リセルの部下達の努力で順調に20匹まで増えた。
最初は蹴られたり噛まれたり大変そうだったが、人にも大分慣れたらしい。
アクリラの繁殖方法は特殊過ぎるほど特殊。
夜、惑星ルナの光を背中の羽にたっぷりと浴びせる。すると青い鱗が羽から舞い上がるので、
それを採取し水に浸しアクリラに飲ませるだけ。
この際幾つか条件がいるが、簡単に言うとそれだけでアクリラは子を孕み翌日には産んでいる。
生まれるのはメスばかり。オスが嫌いなはずだ。
便利なのは、親が覚えたことは子も覚えている。
生まれる度男性兵士が蹴られることは無かった。
あの綺麗な種族が戦場に出るのも遠い話ではない。
レイエファンスがこんなに荒れるとは、誰が想像しただろう。
やれやれと首を振り、トキヤは階段を降りた。