同盟
荒れた平地を移動し続ける影があった。
アリョサムの谷の更に向こうにあるテダム山岳の比較的平坦な道を
ルナの明かりでも照らせぬような影が足を止めた。
馬車の中にいた人物が、近くにある影に声を掛ける。
「今夜は此処でテントを張ろう、ヒカリ。」
「はい。」
「お客さんが来るようだから、篝火を炊いて。」
闇を好み光を嫌うバシュデラ族のキャンプ地に火が灯るなど、異様な事であった。
獣の毛皮を幾重にも敷いた地面に悪趣味な飾りを施した椅子を置き、そこにバシュデラ族の若き長カナメが座る。
飲み口が広いグラスにドロドロとした赤い液体を注ぎぐっと煽る。
空には惑星ルナと、中途半端に顔を見せるアルテミスが浮かんでいる。
あの明かりを、カナメは睨みつけた。
あの聖なる灯りが、バシュデラを大地から追い出したのだ。
地底の暮らしは退屈ではないが、頭上に忌まわしき種族達が大手を振りのうのうと過ごしているのが気にくわない。
古代ニア期。
世界を作ったのは三人の神であったに関わらず、太陽神が自身と同じ力を持つダントール神やカイラ神、
さらにマヤーナ神を勝手に生み出した。
身勝手な行いにバシュデラの真祖神であり魔王と呼ばれたドゥーナスが太陽神、
そして月の神相手に鉄裁を与える事にした。
だがあろうことか、彼等は対抗しドゥーナスを倒し、彼が作った悪魔やバシュデラ族に呪いを掛け
地中でしか生活できないようにしたのだ。
なんとおぞましい。
この史実を、月からの使いである松原色外套の男は、
”ドゥーナスが闇に落ち独裁しようとしたのを止めただけだ”と真祖を否定した。
思い出しただけで腹が立つ。
だが、このレファスを手中に収めれば世界は変わる。
偽りの王、汚れた種族がこの地を収めていいわけがない。
ただ浮遊石で浮かんでいるだけではないか。なにが神秘の大陸だ。
王家が持つ宝は当然バシュデラのもの―・・・
「カナメ様。」
彼の忠実な眷属ヒカリの声に視線を月から戻すと、空間が歪み、全身真っ黒な男が現れた。
警戒する部下をなだめ、口元をニヤリと釣り上げた。
「待ってたよ。ウロボロス。」
「わざわざ伝令悪魔まで寄越したんだ。それなりの用だろうな。」
「もちろん。」
主の客と知りヒカリが悪趣味な椅子を進めるが、オッドアイの男は断り立ったまま話を続ける。
「お前達がレファスの土を踏み、ルナの明かりを受けながら平気でいられる訳が分かった。
クレフの祝辞をどこで手に入れた。あれはテラ神のものだ。」
「フフフ。流石魔導師さん。いやなに、巡り合わせってやつだよ。言うなら、
アルの予言が僕達に用意した招待券ってところだ。」
クレフの祝辞とは、伝説となった大昔の魔導師クレフが残した遺産である。
悪しき魂を一掃する程清い魂を持った魔導師は人間でありながらテラ神の加護を得て聖人となった。
クレフはその清らかな魂を言魂に変換し、書物に封じた。
長い月日が流れ、今はテラ神を祭る祭壇に献上されていたはず。
確かに、聖人の言葉を受ければ、ドゥーナスの子バシュデラであろうとレファスに来ることは可能性である。
テラ神が生み出した有翼族には忌まわしい事態だが、そのテラ神に落とされたアキラにとっては怒りは薄く、
クレフの祝辞入手方法はどうでもよかった。
「用件を言え、アルグル=フラヴァの長よ。」
「簡潔且つ速やかに告げると、僕らと同盟を組まないか、ウロボロス。」
アキラは表情を微塵も崩さなかった。
ある程度予想はしていたのだ。
「クレフの祝辞があるとは言え、やはりレファスの土地は合わなくて動きずらいんだ。」
「提携は断ったはずだ。」
「でもウロボロスの目的はセレノア騎士団を倒すこと。更に、アナタの目的は黒竜オニキス。
早くやる事やって首都に乗り込みたいはずだ。」
「貴様・・・っ。」
「そう怒らないでよ~。こっちには、かくし球があってね。別に覗き見してたわけじゃないよー?」
少年がチラリと脇に控える美女を見た。
彼の眷属はニコニコとしている。きっと、彼女の能力に秘密があるのだ。
アキラも反撃に出た。
「お前達の目的はなんだ。」
「セレノア王家を、そしてレファスを粉々にしてやりたいんだ。」
「白きオーガが欲しいのでは?」
アキラの言葉に、カナメの表情が険悪に歪み椅子の肘掛けを力任せに叩いた。
「それを口にするなぁぁぁ!!」
「ほぉ。やはりセレノアの守り神である白いユニコーンのようで気に食わないのか。」
「あの伝承は忌まわしい呪いに違いないんだ・・・。バシュデラを進化に導く白きオーガなど、いるわけないんだ・・・。」
我を取り戻したカナメはグラスの中身を一気に煽る。
「話を戻そうか。同盟組んで一緒に騎士団を倒そうよ。騎士団長に掛かるマヤーナの守りさえ消してしまえば
セレノアは完全に倒せる。」
「・・・いいだろう。ただし条件がある。」
「いいよ。なに?」
「お互い単独行動を禁ずる。行動は双方の話し合いで決定することとする。ウロボロスの兵に手を出すのも禁止。
それから、同盟は今から20日間のみだ。」
「期間限定?・・・まあいいや。その条件飲んだ。」
「よし。」
アキラは外套の下から手を出して、魔法による署名をお互いの体に刻んだ。
「どちからが約束を違えば心臓が破裂する密約の証だ。」
「いいね~。そういうの大好き。でもまぁ、約束は守るよ。」
「ウロボロスはこの先にあるアリョサムの谷にいる。そこで待つ。」
それだけ告げ、ウロボロスの隊長は姿を消した。
部下に命令し、彼の為に灯した篝火の明かりを消させる。
再び、惑星ルナの明かりが彼と対面する。
ヒカリが側にやってきた。
「密約など、よろしかったのですか?」
「ああ。約束守ればいいんでしょ?騎士団をやれれば満足さ。ホラ、騎士団長さんの魔力体感したろ?
あの人は要注意だ。本領発揮出来ないんじゃ消し墨になっちゃう。だからウロボロスに頑張ってもらおうと思って。」
「美味しいとこどり、ですわね。」
ヒカリに笑い返し、カナメは惑星ルナを睨みつけた。