木漏れ日の対話
青々と木々が茂る森を、松葉色の固まりが飛び回っていた。
枝から枝へ渡っていたマヒトは、足を止め空を見上げた。
ぽっかりと葉が無い穴からちょうど惑星ルナの白い姿が見えたのだ。
薄い青の空に浮かぶ、神々しい星は今日もどっしり頭上に佇んでいる。
真横にあるアルテミスは、淡い輪郭線が半分程姿を消している。
あれが現れ、完全に姿を消すまであと20日・・・。
眉頭をぐっと寄せ再び足を進めた。
自分にはやらねばならないことがあるのに、問題は山積みだ。
一番の問題であったバシュデラを追い出さねば、と思っていたのに、事態がややこしくなった。
目的の人物を見つけ、枝から降下し柔らかい草の上にパサリと舞い降りる。
大きな湖で水浴びをしていた人物が振り向いた。
「お前は気配が無いから、近付いてきてもわからないな。」
声は穏やかで、警戒心は無い。
ゆっくり水面を横切り陸に上がる。
マヒトは難しい顔を解かず、男が着替を始めるのを見ていた。
「お付きのエルフはどうした。」
「休んでいる。この森の生気は清いから心地よいのだろう。」
「なぜバシュデラと手を組んだ。」
鋭利な言葉に、髪を拭く手を止めた男は、視線だけマヒトを向く。
「耳が早いな。まだ数刻しか経ってない。」
「バシュデラの守りを解く策を用意していたのに、余計なことするから、全部狂った。」
「いくらお前でも、クレフの祝辞は無効化できまい。」
「やってみなきゃわからない。・・・あんた、何がしたいんだよ。」
マヒトは手をそっと伸ばして男の背に触れた。
逞しい背中には、堅甲骨に沿って、赤い跡が残っている。
「翼を無くして、魔導師にまでなって・・・あと何を望むんだ。テラ神への復讐を考える程愚かには見えないな。」
「俺の勝手だろ。邪魔なら力付くで止めてみろ。ルナとヘミフィアの繋ぎ手なら―・・・」
「それこそ無理だ。堕天した時点で俺が御せる人種ではないし、正確に言えばお前は敵ではない。
俺に敵などいない。左目に異種の魂まで仕込んで力を増した奴の願いを妨げるのも、個人的には気が進まない。」
アキラは体も全て振り向いて、少年を色違いの瞳で見つめた。
右は元々の赤、左は魔力を高める為に行なった術で変色した緑。
恐る恐る、少年の頬に手を沿えた。
弾かれるような事は無かった。
「お前らしくないぞ。俺に文句言いに来たんだろ。」
「騎士団と戦うのか。」
「俺の進路を邪魔するならば。」
「・・・騎士団に、大切な友人がいる。あいつに牙を向くなら、俺が直接お前達を倒す。」
「驚いたな。繋ぎ手が人間なんかに執着するとは。」
「俺にも・・・わからない。今回、バシュデラを追い出したくて仕方ないのも、
あいつを守りたいからかもしれないんだ。俺に傷をつけた唯一の存在だしな。」
「・・・そうか。なら俺も腹を決めた。」
沿えた手を下ろす。
髪の先端から雫が落ちたが、肌に触れる前に蒸発して消えた。
赤いオーラがゆらゆらと可視化され始めた。
「相手が誰でも立ちはだかるなら、本気で除外する。願いの為に―――。」
「・・・そうか、分かった。」
一見地味なマカボニー色の瞳が、ルナの明かりが宿ったのかのように、神秘的に輝いた。
全てを引きずり込む不思議な輝き。
「もう躊躇しない。俺も本気でウロボロスとバシュデラと対峙する。俺には大事な使命があるんだ。
いい加減邪魔だから。」
「それでいい、ヘミフィアへ導く選定者。」
頷いた彼は珍しく、を通り越し貴重な顔をした。
アキラは優しく微笑んだのだ。
決して表情を変えない男は、満足げに顔を綻ばせ、立ち去るマヒトを見送った。