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王子

セレノア王家第一王子リョクエンは住まいがある棟から政治の中心である中核部へ早足で向かっていた。
つい先程、部屋にやって来た世話係のエミが謎の情報収集方法で得た話を聞いて、

じっとしていられなくなったのだ。
早足で階段を下りていると、後ろからエミが追いかけてきた。


「お待ち下さいませ!」


リョクエンは足を止めなかったが、ついに走り出したエミが追い付き、肩で息をしながら小言で話す。


「待ちなさいよ、バカリョクエン。時期尚早だって言ってるじゃない。」
「でも、黙って見過ごせないよ。早く騎士団の参謀さんを見つけなきゃ。」
「いいから頭冷やしなさいよ!一旦部屋に帰るの。」
「ヤダ。」


リョクエンは気弱なところばかり目立つ王子ではあるが、自分の信念には驚く程従順で頑固なのだ。
王の資質としては素晴らしいが、今はまずい。
エミが彼を止める策を頭で練っていると、通路の向こうから留学で来ているミュン族の王子がやって来て、

足を止めお辞儀をした。
二人もすぐ前で足を止め頭を下げる。


「ご機嫌よう、リョクエン様。お急ぎのようですが、如何なされました?」
「あの・・・その、ちょっとありまして。」
「それは残念。お忙しいリョクエン様と折角お会い出来たので、乗馬でも思ったのですが・・・。」


しめた、とエミは内心手を打った。
リョクエンの目的を反らす絶好の機会だ。


「それは素晴らしいですわ。リョクエン様はミュン族の方々のお話を聞きたいと仰っておりましたの。」
「え・・・あの、」
「リョクエン様のご用事は私が変わりに行なっておきます。午後の勉強会前にお迎えに上がります。」


満面の笑顔で世話係を演じるエミにリョクエンは負けた。
肩を落とし諦めた王子はリョクエンに顔を向けた。
ミュン族の王子に失礼があってはならないと、リョクエンもよくわかっているのだ。


「ご一緒させて頂きます、ヤマト様。」
「光栄です。」
「でわ、お気をつけて。」


頭を下げエミが二人を見送る。
通路を歩きながら、リョクエンがキョロキョロと当たりを見渡した。
耳もパタパタと動いている。


「リョクエン様は、お付きの方はいらっしゃらないので?」
「はい。城内は安全で守りの術がありますし、僕知らない方にずっとついて来られるの苦手で・・・。」
「そうですか。なら、始めに謝っておきます。無礼をお許し下さい。」
「?」


突然、ヤマトがリョクエンの手を取って走り出した。
通路を走り窓の隣を刳り貫いてあるアーチから外廊下へ出て、更に階段で中庭に降りる。
花壇を越えると、城の西にある図書館の脇に出来た僅かなスペースに身を滑らせ、

其所でやっとヤマトの足が止まった。
走ったのは大した距離じゃないのに、リョクエンは膝に手をつき肩で息をしだした。


「軟弱だなー、リョクエン。」
「いきなり走るならそう言ってよヤマト君。」


ヘッへ、と笑ってヤマトは腰に手を当てる。
リョクエンはヤマトの本性を知る一人だ。
年が近い王子同士とあって、すぐ打ち解けた。
素を見せたのは予定外だったが、結果オーライである。


「さっき、あの巻き毛が気になる事言ってたからよ。騎士団の参謀がどうかしたか?」
「さすが、耳がいいね・・・。」


柵が立つレンガにちょこんと座るリョクエンは、やや顔を伏せた。


「セレノア王家内部に裏切り者がいるって、トキヤ参謀は考えてて、

今僕の教育係だった左大臣を取り調べてるって・・・。」


ニヤニヤしてた表情を止め、ヤマトは真っ直ぐと王子の前に立った。


「お前はどう思うんだ。」
「とっても聰明でお優しい方だし、僕の隣にいられた人だ。裏切りなんてないんだ・・・。

だから直接行って、潔白を証明しようと―」


リョクエンの腕を再度掴む。


「お前の国だ。自分の目で確かめればいい。」


腕を掴み、次は走ることはなかったが早足で騎士団の住まいがある宿舎に向かった。
入口に立つ警備兵は心底驚いていたが、トキヤ参謀の居場所を問うと宿舎横の厩に案内してくれた。
木造の厩には当然騎士と同じ数の馬がずらりと並んでおり、

更に手なずけるのが難しいとされるファーンが二匹鎖に繋がれている。
一匹は大人しく眠っていたが、もう一匹は首に巻かれた鎖を食い千切ろうと暴れ、

側にいる人間に噛みつこうと躍起になっていた。
左大臣だ。
近くに兵士数人と騎士団参謀の姿もある。
左大臣は手錠を填められ暴れるファーンの檻の中に入れられていた。
彼を助けようと足を出したリョクエンを止め、ヤマトは物陰に身を隠した。
檻の外から参謀が悠々と話出す。


「このファーンは隊長が飼ってるんですよ。元は野生だったので気性が荒く隊長にしか懐いていません。

更に、唯一の主はここの所顔を見せてくれないから苛立ってまして~。」
「止めろ!出してくれ!」
「いい獲物が目の前にいるんで、やわな鎖なんて千切っちゃうかも。」


どこまでも無邪気に話す参謀官と、ジャラジャラ鳴る鎖を目一杯伸ばして暴れるファーンに、

左大臣が顔面蒼白になっていた。
参謀の本気を肌で感じ、檻の隅に体を小さくして張り付く。


「出してくれ!頼む!金ならやるから!」
「いりませんよ、そんなの。貴方が犯した罪を、マヤーナの近くを飛ぶファーンに告白してくれればいいんです。」
「くッ・・・」
「今更役職なんて捨てた方が賢明ですよ。ファーンの牙で風通しのいい体になるより、

数年安全な地下牢で沁々と罪を償う方がいいんじゃないですか・・・。」


ファーンが前足で地面を蹴ると、鎖が伸びたのか、牙が左大臣の腕を霞めた。
傷にはならなかったようだが、パニックに陥るには充分な刺激だったようだ。
檻の鉄格子を必死に掴み叫ぶ。


「わかった!言うから、此処から出してくれ!」
「まず、ロコイ外交官から違法薬物を買っていたのは貴方ですね。」
「・・・そ、そうだ!」
「経緯を。それから他の顧客は。」
「北港警備のウォン隊長から勧められたんだ。他にカーク大臣補佐官が顧客みたいな事は聞いた事はあるが、

他には知らん。・・・ヒィ!もう吐いた!出せ。」


ファーンの鼻先が再び触れたので悲鳴をあげ鉄格子からなんとか体を押し出そうとするが、腕一本が精一杯。
大臣であった為か偉そうな態度を変えない罪人に、参謀は態度を一変させた。
纏う空気が冷たく鋭くなるのをヤマトは感じ、次に放たれた言葉は低く淡白であった。


「ベダーハル子爵に偽の情報を与え死なせたのはアンタか。」


左大臣は一瞬背後のファーンの存在を忘れ、動きを止めた。
更に、ヤマトの横で今にも飛び出していきそうだったリョクエンも短く息を吸い体を硬直させた。


「バシュデラと通じ、子爵の郡に出陣を促し騎士団の戦歴に泥を塗ったのはアンタかと聞いている。裏切り者。」
「ち、違う!バシュデラ族の罠なんて知らなかったんだ!ある日、部屋に手紙が届けられたんだ。宛名はなかった。

違法薬を買っていたことをバラされたくなければ同封した手紙をベダーハル子爵の部屋にこっそり届けろとあった。まさか・・・あんな事になるとは・・・。」
「その事実を、何故今まで黙っていた。」
「・・・。」
「既に汚れた自身の護身か。アンタはレファスにふさわしくない。」


突然、参謀は兵士の腰にあったレイピアを抜いて切っ先を左大臣の喉元に当てた。
一同が息を飲む。


「何故汚れた魂が王の近くに、いや城内で暮らせてた。」
「・・・・・・。」
「さっさと吐け。騎士団の名に傷を付けた野郎なんていますぐ切り刻んでファーンの餌にしてやってもいいんだぞ。」

「王家の関係者数人しか知らない事実だ。護衛隊長にも伏せられているが、陛下を蝕む病気は呪術によるものらしい。悪瘴を陛下自身が巻き散らしていた為、マヤーナの加護は得られていないかもしれないと聞いた。

もちろん推測に過ぎないが・・・。」


トキヤはレイピアを下ろし、兵士に告げ左大臣を檻から出すよう命じた。
疲れきった様子の左大臣が檻を出るのを見届ける前に、ヤマトはリョクエンを連れ厩を出て、

また図書館の脇に出来た僅かな隙間に連れていく。
手を離すとリョクエンはわなわなとその場に座り込んでしまった。


「大事に育てられてきたお前には刺激が強かった。だがお前は俺と同じ、次世代を継ぐ者だ。

現状を知るべきだったんだ。最早セレノア・・・いや、レイエファンスは清く無い。

守られてるという傲慢と怠惰は捨てるべきだろ。」
「・・・。」


若き王子は、両手を強く握り合わせ頷いたままだ。
もしこの場にタカヒトがいたら殴られるんだろうな、とヤマトは頭をかいた。
同じ境遇の人間なのに、一方は生易しい場所に放置されてるのが哀れで、腹立たしくて無理矢理現実を見せたが、

少しやり過ぎたかもしれないと罪悪感はある。
セレノア王家が滅ばぬようにと思った行動でだが、エゴといえばエゴなんだろう。
実の父である国王が呪いにかかってるなんて、聞く必要ない事実まで聞かせてしまった。


「すまなかった。俺の勝手な判断だ。」
「・・・謝らないで。お礼を言わなきゃならないんだけど・・・ちょっと頭の整理がつかなくて。」
「ああ・・・。」


ポケットに手を突っ込んで、空を見上げた。
薄い青空を滑るように白い雲が流れている。
惑星ルナは相変わらず神秘的な明かりを照らしながらレイエファンスをただ静かに見守っているようだ。
リョクエンが小さな声で語りだす。


「セレノアは清く、マヤーナに選ばれたとすら傲ってた・・・。レファスも大陸と変わらない。」
「王家の方針でそういう教員を受けてたんだろうがな。気付いただけ凄い進歩だと思うぞ。」


王子が重く垂れていた頭を上げると、ミュン族の最大の特徴である耳が垂れ下がっているのを見た。
彼なりに、反省しているらしい。
ミュン族とは感情が表に出てしまう正直で信頼における種族のようだ。
リョクエンは勢い良く立ち上がったので、ヤマトはビクリ体を跳ねさせ、垂れた耳もピンとなる。


「ありがとうヤマト君。」
「え、あ・・・おう。」
「僕がこのタイミングで現状を知れたのは好機であり必然だったんだ。僕は王の器なんてないけど、

この国を思っているし、王族としての責務は果さなければなあない。何にも出来ないけど、とにかく動いてみる。」
「器かどうかは知らねえが、お前はやれば出来ると思うぜ。俺も手伝うよ。まずは、何から始める?」
「まずは・・・乗馬をしよう。」
「は・・・?」
「ウソを誠にしないと、エミちゃんに叱られちゃう。」


国より世話係の叱咤の方を恐る王子に、ヤマトは呆れながらも関心した。
余裕があるというか、肝が座っているというか――
二人の王子は仲良く乗馬庭園に向かった。

 

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