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僧侶への罠

惑星ルナの斜め前にちょこんと佇むアルテミスは、もう半分以上顔を出している。
近場にあった湖で体を洗い終えたタカヒトは空を眺めていた。
顔を出すといっても、輪郭線が見えるだけで、こちらに顔を見せるのは75日に3日だけ。
衛星アルテミスは惑星ルナと違い輝かないので、透明な星とも言われている。
横に大きく眩しく灯るルナがあるせいなのだろう。
このところ、気を張っていたため気にしなかったが、確かマヒトは

アルテミスが沈む夜に城内侵入すると言っていた。
あと17日ぐらいだろうか。
勝手に城に侵入されては困るとは思うが、あと17日でガムールに帰れるかは微妙なところである。


(別の方面からバシュデラを追い出すと言っておいて、あいつは何をしてるんだか。)


草の上に座り久方ぶりにぼんやりと意識を飛ばしていたら、僧侶サキョウもやって来た。


「タカヒトはんも水浴びかいなー。」
「はい。」
「戦場じゃ風呂なんて入れまへんからね。鎧は余計匂って大変やろ。」


肩にタオルをかけたサキョウは、急にしゃがみ髪を拭いていたタカヒトにグッと顔を寄せた。


「・・・・・・何か。」
「いや、あんさん。うなじにあるのって・・・」
「ああ、これですか。」


タカヒトが後ろ髪を掻き上げ首の裏を見せた。
そこには、青い小さな石が埋め込まれていた。
タカヒトの瞳より濃く、髪色より薄い神秘的な青。


「生まれつきあるらしんです。深く埋め込まれているせいで摘出も出来ないとか。

生活に困る程出っ張ってないのでこのままにしています。」
「なんと・・・驚いた。」


髪を下ろし振り向くと、サキョウは神妙な難しい顔で顎を指で擦り始めた。


「サキョウ様?」
「他言無用でお願いしたいんやけど。」
「はい。」
「リョクエン様の首裏にもおんなじ用に石が埋まってたんよ。」
「リョクエン様にも?」
「まぁ、王子のはもうちょい薄い色やったけどね。王子も生まれつき石があるとか言っとったけど、

何か理由がありそうやったな・・・」
「体質や突然変異の類では?」
「うーむ。なんか違う気すんねん・・・。ま、帰ったらリョクエン様に聞いてみまひょ。」


あっさり悩むのを止めたサキョウが服を脱ぎだしたので、タカヒトは一足先にテントに帰った。
セレノア王家騎士団の1/2相当数に近い兵約5000が集まってテントを張っている。

現在地はラヴィガル平野にある小さな林の側。
一面赤茶土の平坦な地面が広がる平野の端だ。
バシュデラの汚い罠に填り、追尾を決めたすぐ後にレイエファンスの北北東にある

アリョサムの谷に向かったのだが、敵の気配は無かった。
ウロボロスも近くにいるはずなのだが、斥候からの報告は無く、平野まで引き返してきた。
昼食の配布をしている焚き火の近くへ行くと、リセルが丸太に腰掛けていた。
どんな時も麗しい副官であるが、長期出陣は流石に女性の身にはキツイようだ。
一番に水浴びをさせたので髪に艶は戻ったが、目の下に隈が目立つようになった。
隣に腰掛けると、眠たげにタカヒトを見た。


「寝たのか。」
「はい。」


彼女は力強く言ってるつもりなのだろうが、隈がいい証拠である。


「やはり、お前もガムールに帰れ。」
「なりません。トキヤがいない分私が隊長のお側におります。体の事は心配無用です。

魔剣士の性ですから。時期魔力も回復しましょう。女だからという気遣いもおやめ下さい。」
「わかった。」
「これは、自分の為に言うわけではないのですが、一旦ガムールに帰るべきでは?」


副官の視線を反らし焚き火を写す。


「王家を護る騎士団が、もう一ヶ月不在というのは流石に限界です。空回る進軍に兵の士気も落ちる一方。

バシュデラ・ウロボロスの深追いを続けるのもこちらの気が削がれるのみです。」
「・・・」
「隊長。敵の狙いもこちらの士気を削ることやも知れません。帰路は背後さえ気をつけていれば

5日で帰還出来ます。」
「長期に渡りガムールを離れたのに、手ぶらで帰るわけにも行くまい。」
「そもそも、騎士団の役目は敵の首を持ち帰ることではございません。どうか熟慮の程を・・・。

サキもそろそろ心配でたまらない頃でしょう。」
「・・・そうだな。一度帰り作戦を練り直したら――――」


一頭の馬が猛スピードでタカヒトがいるテントの横までやってきた。
タカヒトが雇っている斥候だ。
腰を上げると、焚き火の脇で膝をつく。


「ご報告致します。ウロボロス・バシュデラ両軍の一部をこの先にあるゼネガル台地にて確認。」
「やはり同盟を組んだか。」
「そのようで。ですが数は召喚悪魔達も入れ千程度。本体は別か、陽動の可能性が。」
「わかっている。」


隊長は、リセルを振り返る。


「悪いが今の話は無しだ。」
「承知しております。目と鼻の先に罠があるなら殲滅してから帰還いたしましょう。」
「よし。出撃準備を開始させろ。バッサムに探索精霊を飛ばすよう伝えろ。」
「御意。」
「半刻で出撃準備整えるぞ」


きっちり半刻、つまり一時間後、兵士達はテントを畳み、鎧を纏い整列した。
タカヒトも鎧を着て愛馬に跨った。


「バシュデラの混合軍はまだ報告通りの場所におりますの?」
「そのようだ。罠の可能性を考え2000が先行。挟まれても後ろの兵3000が2部隊に分け対応と各小隊長に伝令。」
「御意。」


騎士団の隊は進軍を始めた。
所々草が生えていた大地は段々と赤褐色の土が広がりだし彼等はゼネガル台地に入った。

左手にあるせり出した地面の近くで野生の動物が、騎士団の進軍を耳を立てジッと見送る。
突然、精霊召喚士の長であるバッサムが「隊長!」と悲鳴に似た叫び声を上げたので先頭の馬を止めさせる。
すると、隊から100m程離れた先の土がみるみる盛り上がり、中から骸骨の姿をした悪魔が現れた。
数は凡そ200程度である。
悪魔は各々湾曲した刀を持ち、空虚な目窪の奥にある闇がじっと騎士団を捉えた。


「スケルトン族の亜種か。バッサム!聖属性の精霊を呼べ。」
「やっております・・・!」


突然の敵襲に泣き出しそうな声で答えながら、精霊への語り掛けを開始していた。
隊の頭上に金に輝く半透明な防壁が服に染み込む水のようにじわじわと広がりすっかり一帯を覆ってしまった。
後ろにいた僧侶を伺うと、しっかりとうなづいたので、タカヒトもうなづき返す。
この遠征で、二人の結束は固く強くなったのだった。


「隊長!後方に待機していた部隊の前にも同じような悪魔が襲いかかっております!」
「合流を阻止されたか。」
「隊長!こちらはサキョウ様がおりますが、向こうは裸同然ですわ!」
「わかってる。・・・これは罠だ」
「マヤーナがそう仰ったので?」
「勘だ。向こうにはミレイナもいるし数は倍だ。それより防御を固めろ。ウィザード隊、炎防壁を後ろに張れ。バッサム、まだか!」
「そ、それが・・・プリメーラ(聖属性精霊)が此方に来るのを拒否してまして!」
「なんだと?」


精霊召喚士のバッサムは小太りでおどおどした気の小さい男だが、召喚士としての腕前は一流だ。
その彼の呼び掛けに応えぬ精霊は滅多にいないはず。
リセルの呼び声がして敵に視線を戻すと、スケルトンがこちらに走り出した。
隊員は身構える。
僧侶の防壁を越える悪魔なんていない。
ならば防壁のギリギリに立ち剣なり魔法なりで一体一体倒していけばよいのだ。
だがしかし、リセルの悲鳴が響いた。
防壁に触れ、そこから先は行けぬと理解したスケルトンが急に防壁によじ登り出したのだ。


「バカなっ!悪魔は防壁に触れる事すら出来ぬはず・・・!」
「こりゃアカンは隊長はん!」


僧侶の声に振り向くと、若い僧正は馬上で杖を縦にし握り締めながら、額に汗を溜めていた。

表情こそ笑ってはいるが、顔色は悪く肩が小刻みに奮えてるのが離れたタカヒトからも伺えた。


「如何なさいましたサキョウ様!?」
「ヤツら、瘴気を逆注入しとるんや。自らが発する瘴気を手足に纏って登っとる・・・。申し訳ないんやけど・・・。」
「散会!炎防壁を上にずらせ!頭上に注意しろ!・・・サキョウ様、どうぞお解き下さい!」


タカヒトの咄嗟の判断で隊はバラバラに散り、サキョウの半透明な防壁は空虚中に溶けていった。
サキョウはそのまま気を失い馬から落下しそうになったが、プリーストの女がすんでで受け止めたのを確認して

頭上を仰ぐ。
空いた穴からスケルトンが落ち、大半はウィザードの炎に焼かれたが、上手く炎を交した奴らは

兵士の真上から襲いかかり、半月刀で喉元を掻き斬っていく。
もはや連携は取れず兵は混乱していた。
隊をまとめたくとも、スケルトンは兵から兵へ飛びはねるように移動してウィザードの炎攻撃もしずらくなった。
特殊な悪魔なので普通の剣では体をバラバラにする程度で悪魔界に送り返せる致命傷にならない。
精霊が出てこようとしないはずだ。
魔剣を振り回していたリセルをタカヒトが呼ぶ。


「詠唱の間カバー頼む。」
「お任せを!」


愛馬の上で瞳を閉じた。
そして、魔法詠唱ではなく、神マヤーナへの祈りを唱えだした。
騎士団隊長は特別マヤーナの加護が厚い。
そしてマヤーナの恩恵を僧侶とはまた違う形で使用出来る。
タカヒトの体の回りに金色の膜が生まれ、祈りを唱える度その膜は伝染するかのように、

回りの隊員の体も黄金に輝き出した。
すると、スケルトンの刀は膜に遮られ鼻先にすら届かなくなった。


「炎だ!」
「御意に。」


ウィザード隊が総出で杖をかざし、辺り一帯火の海に包まれる。
蛇のごときうごめく炎に触れたスケルトンは骨を灰になるまで焼かれたが、隊員は熱さすら感じることなく、

スケルトンが全滅するのを待った。
やがて炎は治まり、台地は不思議な静けさがあった。
隊員を守った黄金の守りも消え、タカヒトは瞳を開ける。
心配そうなリセルが顔を覗き込んでいる。


「隊長・・・。」
「問題ない。すぐ隊を整え犠牲者を確認しろ。後ろの隊とも連絡を取り合流するよう指示。」
「直ちに。すぐ水を持ってこさせます。」
「構うな、行け。」


副官にそう指示を与えながらも、タカヒトの顔色は言いとは言い難い。
無理にマヤーナの加護を5000も居る隊員全てに与えたのだ。
たった一人で媒体となった彼の身には相当な負担であったろうが、なんとか馬に座り続け僧侶の側に向かった。
彼はまだ顔は真っ青で額の汗は止まっていなかった。
僧侶は自らの神力で防壁などを展開するため、自分自身に瘴気を与えられたも当然で、

まだ体内に悪気が残っているのだ。


「すぐ浄化しませんと。」
「なーに。大したことないって・・・。ちょっと休めば。」
「何を仰る。今テントを張らせ―」
「あきません。」


強い口調で僧侶は言った。


「これは明らかな罠でした。我々が本陣に辿り着く前に数を減らそうとでも考えたんでしょう。

わいの防壁で敵に対峙する戦術を逆手に取られました。まだ罠はありますえ。気を張っておかないと・・・。」
「ならば、此処を離れガムールへお帰り下さい。」
「それは殺生やで!今は役立たずになってしまったが、どうかお連れ頂きたく思います。

時期に回復しお役に立ちましょう。」
「ですが・・・」
「さっきの加護恩恵で大分気分がよくなりました。あんさんの能力はやっぱり未知数やねぇ。」


青白い顔でいつものように笑ってみせる。
タカヒトの心配は拭えきれなかったが、なるほど僧侶の言う通りではある。
罠があるなら共に連れていくしかない。
僧侶となれば位の一番に狙われてしまう。


「ご無理なさらないで下さい。戦より貴方様のお体が大事です。」
「ありがとうございます。」


彼を支え続けているプリーストに任せ、整いだした隊の先頭に戻る。


「隊長。前後隊合わせ死者64名、負傷者114人です。」
「そんなに死なせてしまったか・・・。」
「隊長とマヤーナの加護がなかったから倍以上でした。下級兵に死者を任せておきましたが、如何します。」
「此処の土は固い。ラヴィガル平野まで戻り埋葬してやってもらおう。

ガムールまで距離がありすぎて家族の元へは帰してやれそうにないな・・・。」
「どうかご自分を責めないで頂きたい。彼等は兵士です。共に戦場へ向かうとガムールを出た以上、

覚悟を決めておりました。」
「・・・彼等にウィザードを数人つけてやれ。名前を記載しておくように伝えろ」
「はい。」


タカヒトの気分は暗く沈んでいた。
本来、平和なレイエファンスで戦など滅多に無く、死者は殆ど出ない。
それはマヤーナの加護と騎士団の戦闘能力の高さだ。
相手がバシュデラという悪魔召喚士というのもあるが、一度の襲撃で二桁は多い・・・。
だがリセルの言葉は最もだ。
此処は戦場だ。
王家を守る騎士団の誇りを胸に戦っているのだ。
タカヒトは頭を切り替え進軍と、再び待ち受けるかもしれない罠について思案を廻らせた。

 

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