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邂逅


ゼネガル台地の縁で隊長と謎の人物が幻黒竜と戦うのを見守っていたリセルは、

彼が竜の爪を受け倒れたのを確かに見ていた。
身体中の血が凍りつくのを感じたが、マヒトと違い、冷静さを忘れずプリーストとタンカを持った兵を連れ

低地に降りた。
隊長を抱き呆然と座る男―驚く事に若い少年だった―から隊長を引き取りプリーストに止血させてから

タンカに乗せた。
引きはなされてからやっと現状を理解してきたらしい少年がタンカに飛び付き必死な声で隊長の名を叫び続けた。
タンカを2頭の馬に結び隊に戻る為、服や手を血で染めた少年をリセルが無理矢理馬に乗せる。
ゼネガル台地との境に戻るとサキョウが待ち構えていた。


「テントを用意させました。わいがまず傷を塞ぎ血を補充しまひょう。」


テントにタカヒトを運ばせながら、サキョウは隊長の側を離れようとしない少年を見た。
彼は顔に一瞬訝げな表情を作った後、ベッドに病人を運ぶ間その少年の肩をがっしり掴んだ。


「安心しなさい。マヤーナの加護があるタカヒトはんは死にはせん。マヤーナが魂を手放さない。

私が手を尽くします。」
「・・・。」
「リョクエン様、」


群衆の中に僧侶がそう問掛けたので、タカヒトをタンカから下ろすのを見守っていたリセルが素早く顔を向けた。


「何ですって!?」
「あ・・・しまった・・・。」


僧侶がマズイ、と顔をしかめ、群衆を掻き分け顔を出した緑髪の少年を見て、

副官は一瞬タカヒトの容体を忘れて大きな瞳を更に大きくした。


「リョクエン様!!何故こちらに!?そもそもいつから・・・!?」
「アハハ・・・訳は後や。今はタカヒトはんが先や。」
「・・・はい。」
「ささ、リョクエン様。タカヒトはんのお友達のお世話をお願い出来ますか?

血を落とし、着替えをさせてやって下さいませ。」
「はい。」
「しかと任せましたで。」


力強く頷いた王子に手を引かれ少年は群衆の間へ消えて行き、サキョウも腕捲りをしてテントに入った。
血だらけになった少年を連れて帰ってきた王子専属世話係のエミは驚きを隠しきれなかったが、

僧侶に託されたと聞いて素早く準備をした。
まずお湯がたっぷり入った桶を運ばせ、絨毯や敷物を剥がすとパーティションを立て

少年に合う着替えを探しに行った。
世話を任されたリョクエンは身体中の震えが止まらない自分より少し年上の少年の手を握ってお湯に浸した。
既に乾いた血は中々落ちなかったが、石鹸を泡立て格闘する。


「大丈夫です。サキョウ様がきっと傷を治して下さいます。騎士団の精鋭ばかり集まっているのですよ。

プリーストの皆さんも優秀ですし、何より隊長には厚いマヤーナの加護があるのですから。」


リョクエンの慰めが少年に届いているかはイマイチ謎であったが、辛抱強く励まし続ける。
エミが着替えを持って帰ってきた。
着替を催促したが少年は固まったまま動こうとしないので、着替えもリョクエンが請け負うことにした。
血だらけの服を脱がし、綺麗な白いチュニックを着せていく。
王子であるため召し使いのように他人を着替えさせるのは初めてらしく、中々苦労する。
ボタンを閉め、しゃがみ込みズボンを履かせていると上から弱々しい声が降ってきた。


「玉を持っているのか・・・」


消えてしまいそうな小さな声だったが、顔を上げ立ち上がる。


「首の石?」
「ああ。」
「生まれつき埋まってて。」
「お前・・・王家の人間か。」
「はい。申し遅れました。セレノア王家第一王子リョクエンと申します。」


国の王子であると、王子自ら挨拶するのも異様であるが、王子と聞いて全く驚かない人間も異様だ、と

パーティションの向こうで汚れた衣服を受け取っていたエミは思ったが、

リョクエンに怒られそうなのでテントを出た。
着替え終わった少年をクッション付きの長椅子に座らせた。


「お名前を伺っても?」
「マヒトだ。」
「隊長のご兄弟ですか?」
「友達だ。」
「そうでしたか。名前が似てらっしゃったので。」


マヒトと名乗った少年が、重たげに首を上げ真っ直ぐとリョクエンを見た。
茶色の一見地味な瞳に見つめられ、リョクエンは反らせ無くなってしまった。
一種の拘束力が働き、宇宙の瞬きの如く瞳が輝いた気がする。


「その玉について、王家には言い伝えがあるな。話してくれ。」
「・・・あの、」


その言い伝えについては王や王妃などにしか伝えてはいけないのだが、何故だか口が勝手に動いてしまう。


「数世紀に一人、首の後ろに石を宿した子供が生まれ、レイエファンスの危機を救うと古文書にはあります。」
「それは、王族の人間だけか。」
「そのはずです。」
「・・・アルの予言書にもその記述は無かったはず・・・。つまり、ヘミフィアの導きか。・・・そうか、だから俺は・・・」


一人思案に耽るマヒトの横顔を見ながら首を傾げ。


「マヒトさん?」
「どうやら全て必然の中にあるらしい。可哀想にタカヒト、導きの為に重症を負ったのかもな。」
「何のお話です?」
「戯言だ、気にするな。」
「少し落ち着かれたようですね。」
「ああ、タカヒトは重要人物らしいから死なないとわかった。」
「?まぁとにかく、良かったです。サキョウ様のお呼びが掛かるまで食事でもどうですか?」
「ああ、そうする。」



 

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