top of page

竜守人


重たい瞼を開ける。
頭がはっきりしないが、体がずいぶん弱っているのはすぐにわかった。
首を回すと、茶色の瞳と目が合った。


「マヒト・・・?」


少年は大きな瞳に涙を溜めてタカヒトを見下ろしていたが、やがてベッドの脇に倒れ込むように泣き出した。
乾いた口をまた開く。
声に力が入らないので、喋るのに気合いを入れねばならなかった。


「何故泣く・・・。」
「何故って、タカヒト3日も目を覚まさなかったんだぞ!?最初は大丈夫だと思ってたのに、

段々不安になってきて・・・人間のクセに俺をかばうからだバカァ!」


一段と強く泣き出した少年の髪を、重たい腕を持ち上げ撫でてやる。
そういえば、幻黒竜と戦って倒れたのか、と記憶を探る。
外傷なんて直ぐに治る体なのだが、3日も掛るとは相手が悪かったようだ。
しばらくマヒトをなだめていると、サキョウが穏やかな顔をして入ってきた。


「必ずお目覚めになると信じてましたで、タカヒトはん。」
「サキョウ様・・・。」
「マヒトはん。病人には食事が必要や。食事配給の兵に食べやすい食事を用意してもらってきてくれますか?」
「任せろ!」


目を赤くしたまま、マヒトはテントを飛び出して行った。
状況が分からぬタカヒトの脇にある椅子に腰かける。


「あの子は他人に姿を覚えさせるわけには行きませんので、少し術を掛けてあります。」
「術?」
「一応隊長はんの小姓としておき、彼は昔から隊長はんの隣に居たと記憶改暫を行い、

更に極端に影を薄くしてあります。彼は確かにおりますが、記憶にはとどまりません。」
「お手数おかけしました。」


キモノとゆう衣服の広い袖を合わせ、滅多に見せない真面目な顔でタカヒトを伺う。


「あの子の正体、ご存知で?」
「・・・いいえ。本人が話そうとしないので、そのままに。マヤーナの加護が無い特殊な人間とは予測してますが、

あまり追求はしないことに決めております。」
「さようか。」
「サキョウ様は、検討はおつきに?」
「一応、な。確信は無いが・・・。ただ敵で無いことは確かですわ。」
「それで十分です・・・。」


タカヒトの返答に満足したのか、サキョウは笑顔を戻し頷く。


「色々現状を知りたいやろうけど、もうしばらくは大人しく休みなはれ。体が第一や。」
「はい、ありがとうございます。」


丁度そこへマヒトが食事の乗った盆を抱えて帰って来たので、サキョウは入れ替わりに退散した。
ベッドの上でゆっくり体を起こす。
痛みは特にないのだが、腹部に巻かれた包帯の下は、万全とはいかないようだ。
まず水を飲み、スープに手をつけながらベッドに腰かける少年を改めて見る。


「お前、此処にいていいのか。」
「ああ、今は問題ない。せっかくサキョウが色々やってくれたし、しばらく一緒に動くよ。

バシュデラ達を倒さなきゃ。」
「混合軍はどうした。戦は?」
「タカヒトが倒れたすぐ後、向こうから手紙が届いた。騎士団隊長が回復したら戦おう、だってさ。」
「舐めた真似を・・・」
「あれから動きはないよ。リョクエンもタカヒトが起きるまで一安心とか言ってたし。」


意外な名前に飲んでいたスープを吹き出しそうになった。


「リョクエン様がきてるのか!?」
「うん。タカヒトが呼んだアクリラ隊にこっそり混ざって来たらしいよ。アクティブな次期王だな~。」
「ああ、なんてことだ・・・。」


タカヒトが額に手を当て頭を抱えた。
トレイに乗ったタカヒトのフルーツをつまみながら微笑するマヒト。


「俺はリョクエンはいい王様になると思うぞ。」
「此処は戦場だ。相手も悪い。」
「大丈夫だよ。」
「呑気だな・・・。」
「個人的な心配が解消されたんだ。だから杞憂なくバシュデラ達と戦えるよ。なにせ、あと7日しかないんだ。」
「ヘミフィアとかいうやつか。」
「そ。」


すると、マヒトはタカヒトにあの神秘的な瞳を向けた。
その奇怪な目を宿すと、15、16歳辺りの少年とは思えないような大人びて、

そして人とは思えないような空気を纏う。
まるで、神が人の皮を被ってベッドの縁に腰かけているような。


「これから起こる事は、全て異常と感じるだろうけど、タカヒトはタカヒトでいてね。」
「なんだ改まって・・・。世界が滅亡するわけでもあるまい。」


その問いには答えず、にっこりと笑ってフルーツを口に放りこんだ。


その夜。
3日もたっぷり寝たおかげか、目が覚めてしまった。
まだ夜中にもなっていない時間だろうか。
眠気がないのもあるが、気配を感じた。
包帯が巻かれた体にチュニックを1枚纏い、夜警兵に見られぬようテントの裏から外に出た。
テントを張った真後ろは森の入口となっていた。
誘われるまま森に足を踏み入れる。
ルナの明かりも、騎士団が野宿する灯りがあるので森は明るく吹き抜ける柔らかな風が

森特有の鬱蒼さを感じさせず爽やかな気分にさせた。
森の向こうの方から、緑の発光物がこちらに向かって飛んできた。
それは森の精霊であった。
背中から羽を生やし頭に角がある雌型精霊が数体タカヒトに近づくと、彼のシャツを引っ張りだした。


「一体、どこに連れて行く気だ?」


穏やかな気分で、彼女達に導かれるまま足を進める。
テントの明かりがだいぶ小さくなった森の中で、大きな石に腰かけた人影が見えた。
一瞬身構えたが、その人物が立ち上がりこちらを向いたので、警戒を解いた。
数歩前で立ち止まると、精霊はタカヒトを離れその人物の周辺を飛び回る。
肩に乗った精霊達に指を伸ばして優しげな顔を向ける。


「ありがとう、連れてきてくれて。」
「・・・呼んでたのはお前か、アキト。」
「はい。初めまして、タカヒトさん。」


マヒトより少しだけ濃い茶の髪と瞳を持ち、弟とよく似た青年は、タカヒトに向かい頭を下げた。


「不思議ですね。こうしてお目にかかるのは初めてなのに、前から知り合いのように親しさを隠せません。」
「俺もだ。マヒトは兄の話ばかりするからな。」
「フフ、こちらも同じです。マヒト、凄く楽しそうにタカヒトさんの話ばかりしてくれるんです。」


アキトに勧められ、先程彼が腰掛けていた石に落ち着く。


「・・・本当は、膝をついて頭を下げるべきなんだろうな。」
「やめて下さい。弟の友人です。」
「だがお前は・・・。」


タカヒトは青年の周辺を酔ったようにくるくると飛び回る精霊を一瞥する。


「マヒトから聞きました?」
「いや。あいつは何も話さない。」
「さすが騎士団隊長。言わずともわかってくれましたか。」
「初めは神官だと踏んでいたんだが、それ以上とは。・・・マヒト呼んでくるか?森から出られぬのだろう?」
「フフフ。本当に凄いんですね。でも大丈夫です。マヒトは自分の使命を必死に遂行しようとしてます。

今会ったら、邪魔をしてしまいます・・・。」


青年が、遠くで揺れるテントの明かり達を眺めながら寂しげな微笑を浮かべた。
すると精霊達が彼の髪や肌を撫でたり顔をすりよせたり慰めだす。
彼女達に礼を言って、改めてタカヒトを見る。


「まだ体が万全じゃないのにお呼びしてすいません。ですが、今夜が最後のチャンスだと思いました。」
「最後?」
「あと2日もすれば戦は始まってしまいます。そうなれば、話す機会も無くなりましょう。」

「守人も汚れを嫌うのか。」


眉を八の字に垂れ苦笑する。


「森が騒いでおります。レイエファンスの森が滅べばこの浮遊島も力を失い地上に落下しましょう。」
「ああ。全力で戦う。これ以上奴らに振り回されたくないからな。」
「もちろん。騎士団の強さは承知しております。しかし・・・マヤーナの守りは少しずつ薄まってます。」
「バシュデラの瘴気か。」
「いえ。全ては運命の輪に導かれて・・・。それからもう一つ。敵の中に、竜を狙っている者があります。」



タカヒトが驚きを見せた。
以前サキョウとそんな話はしたが、まさか本当に狙いが竜だとは。


「じゃあ、この戦は目くらましと?」
「違います。竜を狙っているのは少数・・・俺の予想だと二人です。

一番凶暴な黒竜を封じた魔法石を偽物と摩り替えられました。エルフが仲間にいて、

警戒をかいくぐられエルフが持つ上級魔法に騙されてしまったのです。

そのエルフと主には前に見掛けた事があります。怪しまなかった俺のミスです。

・・・竜を封じた魔法石は、セレノア城の地下深くにある聖剣でしか壊せませんし、

首都の守りが解けぬ限り石を内部には持ち運べないでしょう。だから騎士団と戦うことにしたのです。

貴方は結界の一部ですから。」
「その聖剣を外に持ち出せばいいのでは?」
「聖剣にも封じがかけられてますから、無理でしょう。城から出れば神官達に知られます。」
「ならば、なんとしてても俺を狙いにくるな。」


さらりと言ってのけるタカヒトの横顔を心配そうな顔をして見た。


「マヒトは貴方をとても大事に思っています。セレノアにとっても大事な人です。

俺が来たのは、恩恵を与える為に来ました。」
「竜守人の恩恵を?ただの平民だぞ。」
「騎士団隊長ともあろう方が、何をおっしゃる。さ、始めましょう。」


青年が立ち上がったので後に続き土の上に片膝をついて頭を下げた。
アキトは騎士団隊長の頭に手の平を向ける。
すると、二人の体が緑の光に包まれ、眩しいというほどではないが、輝きだした。
きらきらとした粒子が頭を下げるタカヒトの視界にも舞だし、呼吸する度体内に侵入してくる。


「ヘミフィアが制定し竜守人の名において、マヤーナに守られし人の子に祝福を。」


そう言葉にすると、体だけではなく、手をついた土も、回りの木々も、

腰を下ろしていた岩も黄色や緑に輝きだした。
まるで大地が息をするかのように吐き出され生まれた粒子は下から上へ上昇する。
体内が熱くなるのを感じた。
ほどよい温もりは胸の奥で渦巻き膨らんでいく。
騎士団隊長になってから常に共にいたマヤーナの息吹とは、また別の温もりだ。
アキトが手をゆっくり降ろすと、光も消え静かな森に戻った。


「終わりましたよ。お立ち下さい。」


軽くなった体で言われた通り立ち上がる。
アキトは、泣き出しそうな表情を浮かべていた。


「こんな事をお願いするのは、ただでさえ狙われている貴方の重荷を増やしてしまいますが・・・」
「マヒトは、常に目を見張っておく。それにアイツは俺より強い。」
「はい。誰よりも強くあるのがあの子の宿命の一つです。その反面、マヒトはとても弱いのです。

泣き虫で、寂しがり屋な子供です。タカヒトさん、どうか弟をお願いします。」
「・・・わかった。」


それから少し話をして、二人は別れた。
帰りもテント裏からこっそり入ると、マヒトがタカヒトのベッドに座っていた。
その表情は、どこか悲しそうに見える。


「アキトが、来てたぞ。」
「うん。気付いてた。」
「会わなくていいのか?」
「今顔見たら、自分の家に逃げたくなるから。」
「そうか。」


隣に腰掛け、顔を見ないまま覇気が無くなった少年の頭を撫でてやる。


「たまに、お前がまだ子供だと言うことを忘れてしまう。」
「子供じゃない。・・・ヘミフィアは子供でいることを許してくれなかった。」
「そうか。」
「考えてた。あの小屋で兄さんのパイを食べたり、タカヒトの部屋でお喋りしたり、ヤマトと遊んだり。

普通の日常が、また明日やって来ればいいのにって。」
「明日は無理だが、この戦さえ終われば日常は戻る。だろ?」


マヒトの口が何かを発しようと開かれたが、言葉が出ることはなく閉じた。
頭をもたれ、一番上の兄とすら思っているタカヒトの身に寄り掛り瞳を伏せた。

 

bottom of page