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作戦と援軍

翌朝。
本部テントに小姓を連れだってやって来たタカヒトの姿に兵が感嘆の声を漏らし彼に群がった。


「隊長!」
「お待ちしてました!」
「お体はよろしいので?」


嬉しそうな兵を見て軽い嫌味をボソッと呟いた小姓の頭をこづき、奥の軍義会議机へ足を進めた。
リセルが頭を下げ、トキヤは腕組みをしながらも穏やかな顔で隊長を迎える。


「お待ちしてました、隊長。」
「さすが、我等の隊長は傷を塞ぐのもお早い。」
「聞いてやって下さいよ、隊長。憎まれ口を叩きつつ、隊長が倒れたと聞いてトキヤったら顔面蒼白で・・・」
「止めてよリセル!」


愛されてんな、とマヒトがニヤニヤしながら笑うのを咳払い一つ溢して、副官二人に真面目な顔を向けた。


「敵軍の様子は。」
「相変わらずですよ。毎日リラックスして過ごしてるようで。」
「開戦の合図は此方に一任というわけか。両軍の詳しい数字を教えろ。」
「混合軍5000、こちらは隊長が寝てる間に騎士団2000とアクリラ隊200が合流しています。」
「一ヶ月も経たずそんなに増えたのか?」
「そりゃあもう枝葉より多く。ですが悪魔の召喚数次第では全滅してしまいましょう。」
「そこは安心しなよ。」


突然、マヒトが口を挟んだ。


「アクリラは悪魔に強い。それに・・・うぐ。」


マヒトの口を塞ぐ隊長に、訝げな視線を向ける副官。


「相変わらず、マヒトは元気ですわね、隊長。」
「ああ。」
「マヒトに仕事を任せたんですか?」
「まぁな・・・。」


サキョウの術は素晴らしい効き目であるらしく、マヒトの生意気な口ぶりや態度については問題視してないらしい。
小声でマヒトに黙ってろと念を押し話を戻す。


「戦闘準備は整ってるか。」
「万全です。隊長の元気なお姿を見れば士気も最高潮でしょう。」
「それで、参謀から作戦を聞こうか。」


マヒトが小姓らしく気を効かせ椅子を持ってきた。体に問題はないが、

行為に甘えユークリア低地が書かれた地図に両手をついた。


「幻術とはいえ、隊長に傷を負わせた竜を召喚出来る魔導師がいる点を考慮しましたい所ですが、

後手に回っては向こうに主導権を握られます。レファスの盾としてそれは許されません。

そこで・・・出し惜しみせず、アクリラを前線に展開し、横に広がるようにやつらを追い込みます。見てください。」


トキヤは地図を指さした。


「ユークリア低地の向こうはレファスで一番聖なる森です。レファスの人間でさえ立ち入り禁止とされてる場所に

バシュデラは入れません。ウロボロスも、ダークエルフなんかは無理でしょう。

そこで、アクリラに側面と上を張らせ退路を立ちます。」
「そんなに上手く追い込めるかしら。彼等も、そこを逆手に罠を仕掛けるはずよ。」
「もちろん承知してるさ。これは表面的な陽動。カギは隊長とマヒト。」


人差し指を立てニヤリとしたトキヤ。


「隊長お気に入りのマヒトは騎士団より力があるからね。二人でウロボロスの魔導師か

バシュデラの長と戦って貰おう。」
「いきなり大将戦ですの?病み上がりの隊長に大仕事させるより、兵が切り崩す方が安心だわ。」
「俺は構わないよ。」
「ああ、問題ない。特にバシュデラは長が倒れれば崩壊するだろう。第一、俺達が相手する他あるまい。」
「んじゃ、お願いします。さて、囲み作戦とボス戦同時進行しつつ、

あちらのあらゆる罠に備え布石を3つ程おきました。各事態想定の作戦は部隊長に伝令しておきます。」
「今教えてくれないの?」
「敵の近くで内緒話はむかないからね。スパイが潜んでいるとも限らないから。

マヒトは魔導師の相手だけしててよ。」
「うん。」


他幾つかの話を聞きながら、人目を忍んでいた筈のマヒトが当然のように馴染んでる光景に慣れずにいた。
軍会議が終わると、一人の兵を呼びよせた。
いつからか食事配給係となったオミだ。


「お呼びですか。」
「書簡を届けて欲しい。」
「どちらに。」
「バシュデラとウロボロスがいるテントだ。」
「え・・・。」


オミの表情が一気に変わった。
素が表れた一瞬を、タカヒトは見逃さなかった。


「自分の部下は直ぐにわかる。お前にはマヤーナの恩恵がないから。」
「アチャー。バレてましたか。」


ガシガシと髪をかき従順な兵の演技を止めた男は腰に手を当てダルそうに片足に体重を預ける。


「ま、バレないほうがおかしいか。それで、生かして返してくれる理由は?」
「騎士団は無益な殺生はしない。戦闘中とはいえ、無駄は省略。」
「天下の騎士団様はお忙しいってか。」
「逆に謝らねばな。潜入したところでたいした情報は得られなかったであろう。」
「あんたが術をかけてたわけか。」
「そうではない。お前らが欲しがるセレノアの宝とやらは初めからない。無駄足だ。」


タカヒトに睨みをきかせていたオミだが、何やら勝ち誇った笑みを浮かべた。


「それはヘミフィアへ進行する建前だ。」
「何だと・・・?」
「俺も雇い主から詳しい話は何も聞かされてない。が・・・俺が調べた所により個人的な推測から判断するに、

少なくともウロボロスは領土侵略とは別の目的で動かされてる。」
「その理由は?」
「ギルデガンの野心が薄いんだよね。色んな国を渡り戦を見てきたが、殺意や欲が伺えない。

騎士団様も、その目的とやらに踊らされてるんじゃないの~。」


腕組みを解き手にしていた紙を差し出す。


「ウロボロスの代表に渡せ。」
「へいへい。クビになったら雇ってくれない?コッチの方が待遇いいし。」
「断る。」
「ちぇ。ま、その内どっかで会ったらよろしく、隊長さん。」


ヘラヘラと笑いながら、オミは森の中に姿を消した。
代わるように、マヒトがやって来る。


「タカヒトー!来て来てー!」


手を盛大に降りながら上機嫌に呼ばれ、足を運ぶ。
テントが並ぶ本拠地の後方を目指すと、兵達が天を指差し騒いでいるのに気づき、彼も軽く頭を上げる。
薄い青が広がるレイエファスの空に、白い点が無数浮かんでいる。
鳥かと思えば、白い点が徐々に拡大しているのがわかる。
テントの並びが終わった広い大地で足を止めるころには、それがアクリラの群れであることが見てとれた。


「トキヤからアクリラ部隊の増援など聞いてないぞ。」
「エルフだよ。」
「何!?」
「頼んで来てもらったんだ。」


マヒトは仕掛けのタネ明かしを自慢げに話す子供のように瞳を輝かせていたが、それ以上何も言わないので、

再度空に目線を戻した。
白い点は川を流れる布のように長々と続き、先頭のアクリラに乗るエルフの姿をはっきりと確認出来るころ

ようやく途切れた。
アクリラは美しい羽をはばたかせながら次々大地に降り立つ。
エルフは滅多に大陸やレファスに表れないため、タカヒトも本物に会うのはこれが初めてである。
山のようにあるエルフの伝承や物語に出てくるその風貌、また想像していたものより遥かに美しかった。
色白の手足は長く、耳はとがり、瞳は威厳と尊厳を携え凛と背筋を伸ばしている。

女エルフでさえ、身長はタカヒトとそう変わらないだろう。
先頭にいた女エルフが優雅にアクリラから降り此方に向かってきた。
そのエルフは他のエルフよりも真っ白である。
肌はもちろん、髪も純白。
まるで雪像から生まれたかのような白エルフは、真っ直ぐとタカヒトの元へやって来たかと思えば、

いきなりマヒトと抱擁を交した。
これにはやや離れて見物していた群衆も驚く。
なにせ、エルフは人間が嫌いで見下されているのだと教育されていたので、

親しさの象徴でもある抱擁による挨拶に面食らった。


「来てくれて嬉しいよスノー。」
「少し遅れてしまい、あいすまなかった。」
「ううん。いいタイミングだ。あ、紹介するね。騎士団隊長のタカヒトだよ。」


恍惚に近い表情で、しかもやや頬を紅潮させマヒトと話していた白エルフは、

急に顔を引き締めタカヒトを改めて見た。
琥珀色の瞳が冷ややかに向けられ、流石のタカヒトも背筋が伸びる。
マヒトへの態度とはまるで違う。
しかし、白エルフは一通り観察を終えると微笑を浮かべ頭を下げた。


「どうやら主は話通りの御人のようだ。マヒトから話は聞いていた。マヒトの大切な御人ならば、

妾にとっても大切な友人。妾はスノーと言う。真名は違うが、マヒトがつけてくれたこの名で呼んで欲しい。」
「ええ・・・。」


曖昧な返事を漏らし、マヒトを見る。


「どういうことなんだ。」
「この戦いは、どうしても勝ちたいんだ。出来ればさっさとね。だからスノーに頼んで

アクリラ沢山連れてきてもらった。バジュデラとアクリラの相性最悪だから。」
「それは知っているが・・・。」


何故お前がエルフを動かせる、と聞きたかったが、スノーが話を受け継ぐ。


「長老を説得するのに時間が掛ってな。数も500しか集められなかったのじゃ。

だがエルフは必ずそなた達人間に勝利を与えよう。我等は勇敢に戦うことを誓う。」
「・・・協力に感謝する。是非ともお願いしよう。」
「うむ。アルの予言は妾達には―」
「わわわわ!スノー!」
「ん?ああ、すまぬ。いらぬ話をしてしまった。」


慌ててエルフの口を塞ぐマヒトをチラリと見たタカヒトだが、特に追求はしなかった。


「すぐ皆様のテントを用意させましょう。開戦は明日と敵に告げた所です。ゆっくりお休み下さい。」
「有り難くご好意に甘えよう。・・・だが敬語はよい。先程も申したが、そなたと妾は友人だ。

戦においては喜んで配下となる。同等と思い接してくれ。」
「わかった。」


タカヒトは直ぐ様テントを用意させ、エルフ援軍の知らせを公布させた。
見慣れぬエルフに兵達は興味津々だったが、明日戦が始まると聞くと真面目に準備にとりかかった。
元来、騎士団の兵は真面目なのだ。
例外的に不真面目なトキヤはエルフとマヒトが親しげな理由を詮索したがってしたが、

タカヒトに睨まれ彼も大人しく補給隊への配置相談をしに向かう。
第一、タカヒトもマヒトとスノーという白エルフの仲について知らない。
今までそうしてきたように深い追求はしないと彼は決めていた。
マヒトが認めている人物ならば、罠や裏切りに警戒する必要もないだろう。
これを全てトキヤ辺りに話せば、素性を知らないマヒトを信用し過ぎだと呆れられそうなものだが、

マヤーナの庇護者たるタカヒトはマヒトを1ミリも疑っていない。
我ながら楽天的過ぎるか、と自負しながら、タカヒトも剣の手入れをするため自室のテントに入った。



 

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