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ユークリア低地での戦い


いつもと変わらぬ朝であった。
色素が薄いレイエファンスの空は高く、澄み渡っており、時折有翼生物が空を横切る。
朝食を取り、副官達との会議を終え、輝く白銀の鎧に身を包んだタカヒトは愛馬に跨った。
いよいよ対戦の時である。
長いレイエファンスの歴史においても、バジュデラと大陸の侵略者を同時に相手をすることなどなかったであろう。
何故なら、レイエファンスに敵が上陸すること事態が異常なのだ。
清く守りが固い浮遊大陸の異変をタカヒトは何かの脈動に引き込まれ流されているような錯覚を覚えていた。
得体の知れない何かに動かされるなど耐えがたいが、この戦が終われば答えを得られるような予感がしている。
体内にマヤーナの守りが浸透するのがわかり、大きく深呼吸をした。
人間を作りし神マヤーナはまだ我等の味方だ―
演説など滅多にしないタカヒトだが、馬の向きを変え大剣を抜くと声高らかに宣言した。


「我等の上にはマヤーナの恩恵が降り注いでいる!誇り高き同胞よ、今こそ騎士団の強さを敵に教えてやろうぞ!」
「うおおお!」


士気が最高潮に達し、大地が足踏みで震えた。
隊長タカヒトの言葉は兵達にかなりの力を与えたようだ。
剣を鞘に戻し、すぐ脇で馬に跨ったマヒトが力強く頷いてみせた。
もう迷いはなく、目の前の敵に集中しているようだ。


「進軍開始!」


タカヒトの号令で隊が動きだす。
タカヒトが負傷し寝てる間に、ユークリア低地に下りる道は作られ、緩やかな坂を下り

隊は低地の中程に陣を敷くバジュデラ・ウロボロス混合軍との距離を狭める。
敵は既に陣を敷き待ち構えていた。
黒と赤の鎧に身を包むウロボロス兵に、ダーグエルフ、召喚された悪魔―主にオーガ、

バジュデラ族が召喚したスケルトン族などなど。
多種多様な種族が騎士団を待ち構えていた。
ずる賢いバジュデラが何か罠を張り巡らしてはいないかと警戒していたが、何事もなく両軍睨み合う。
先に動いたのは混合軍であった。
オーガ達がいの一番に掛けてくる。
タカヒトが命令を下す。


「アクリラ隊飛翔開始!」


タカヒトのやや後ろにいたアクリラが翼を広げ飛び立つ。


「魔術部隊、弓矢隊、放てー!」


隊の中程にしたウィザード達が炎の固まりを打ち出し、弓矢と共に弧を描いて迫るオーガの上に襲いかかった。
運良く弓矢から逃れたオーガは勢いを止めず、更にダーグエルフの暗黒魔法がお返しとばかりに飛んでくる。
しかし、僧侶の防壁により頭上が危険にさらされることはない。
かと言って僧侶に任せ続けるわけにはいかない。
タカヒトはまた命令を叫ぶ。


「各部隊作戦通りに動け!出撃ーー!」


馬に乗らぬ歩兵が走りだし防壁から出てオーガや敵の歩兵とぶつかる。
飛翔したアクリラは降下し混合軍の左翼にいたバジュデラや闇の生き物を追い詰め始める。
戦場が一気に混乱に包まれた。


「タカヒト、ウロボロスのボスがこっちに来てる。」

マヒトに分かったと返事をして、タカヒトはリセルとトキヤに顔を向けた。


「後は頼む。」
「お任せを。」


たくましい副官二人に力強く頷いてやり、愛馬から下りマヒトと共に戦場を駆けた。
迫る敵を次々斬りつけ進むと、黒い外套を纏うオッドアイの男がじっと此方を睨みつけているのに嫌でも気づく。
挨拶する間もなく、二人がやって来ると黒衣の魔導師が赤黒い魔法陣を地面ではなく目の前に展開させた。
魔法陣は回転しながら巨大になり、陣を割るように黒い竜が現れた。
もちろん幻だと分かってはいるが、脈動する皮膚や鋭い鈎爪、なにより存在するだけで畏怖を感じてしまい、

回りにいた兵やオーガでさえ退避したため回りは広くなった。


「味方が近くにいない方が戦いやすいでしょ?」
「ああ。好都合だ。」


剣を構えた騎士団隊長とマヒトを別々の色を持つ瞳でにらみつける男は幻覚竜の隣に立つ。


「怪我をしたくなければ帰れ、マヒト。」
「俺がそんな忠告聞くと思うの、アキラ。」
「やらねばならない事がある。本気を出すぞ。」
「出し惜しみしないで始めから全力できなよ。第一、俺は魔導師ごときじゃ倒せないよ。」


マヒトが両の掌に青い炎を纏う。
言葉は無意味と判断したアキラは左手に魔法陣を作り、それを幻覚竜の額に押し当てる。
今まで大人しくしていた竜が首を回しけたたましい声で咆哮した。
牙の間から紫の煙を吐き出す。邪気に満ちた煙だ。
白濁した瞳で敵の姿を捕えると、竜はいきなり紫のブレスを吐いた。
二人は飛んで避けたが、煙を運悪く浴びてしまった木々が一瞬にして枯れてしまう。


「面倒だな・・・。部下が巻き込まれては困るぞ。」
「やっぱり、こいつは僕に任せてよ」
「何を言っている。」
「あの時だって、俺一人で大丈夫だったのに、タカヒトが勝手にかばって勝手に怪我したんだ。」


次いで鋭い爪を降り下ろしてくる竜の手を避け、訝げにマヒトを見る。


「俺は、幻ごときじゃ怪我しない。そういう体なんだ。」
「俺の剣で怪我をしたではないか。」
「タカヒトは特別なの!」
「はあ?」
「いいから、行けって!バジュデラの長を倒してきなよ。パパッとね。今奴らを相手してるエルフなら、

本気出しても回りに影響ないからね。」


少年が歯を見せ笑うので、タカヒトは剣を鞘に戻した。
その言葉が強がりではないと見抜いたからだ。


「無茶するんじゃないぞ。」
「タカヒトもね。人間なんだから」


意味深なジョークに軽く微笑み返し、竜の脇を走った。
黒い魔導師も竜も追撃はしなかった。
やはり一番厄介なのはマヒトのようだ。
走りながら、口笛を短く吹くと、彼の愛馬が群衆を縫ってやって来た。
この馬は普通の馬ではなく、タカヒトの命令はなんでもこなす頭脳もある。
銀色の鬣をした白馬に跨り戦場を駆ける。


 

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