散開終戦
形勢逆転。
勝ち誇った笑みを口元に浮かべた少年は、魔法陣が一瞬緩んだ隙を見逃さず無理矢理左腕を動かし
長い爪でタカヒトの喉元目がけひっかく。
頬に赤い線と鎧に傷がついただけだったが、横からとてつもない力に押され地面に叩き付けられる。
それがキヨウの棍棒であると、頭がぼんやりして気付くのに遅れた。
いつの間にか、キヨウはタカヒトの横に移動してきていた。
バシュデラ長が転移させたのであろう。
あの怪力に殴られ血を流すぐらいで済んだのは、無意識に張った防壁のおかげ。
それでも強度は間に合わず生暖かい感覚が額を通過する。
「クックック。いいタイミングだ。首都の防壁破れたみたいだね。」
「犯人は貴様か・・・。」
「こんな戦、メインディッシュの前の前菜にしか過ぎなかったけど、中々手強らせてもらったよ。
僕一人になっちゃったけど、バシュデラがレファスを手に入れる瞬間が来たようだ。
隊長さんは防壁とのリンクを強制的に切られたせいで力が入らないみたいだし。
隊長さんの大事なあの女の子に、挨拶してきてあげる。」
残忍な笑みに、タカヒトの周りに赤いオーラが噴出した。
怒りを具現化したような風は、肌を霞めるとピリピリと痛み熱くもある。
前に、始めて騎士団隊長と会った時と同じように怒りの眼差しを受けたカナメは、余裕の笑みを掻き消した。
首都の結界を施していた者は、それが解かれた時に激しい脱力感に蝕まれると聞いたはずなのに。
「なんで、まだそんな・・・」
「丁度いい。結界に回していた魔力が帰ってきた。全力でやれる。」
「嘘でしょ?!今までのは全力じゃなかったの!?」
戸惑い焦る内に、タカヒトは両の手の平に赤い半透明な球体を生み出した。
彼を中心に赤い風は沸き起こり、空気に可視化出来る程の電気がピリピリと走り、頭上の雲まで黒くなりだした。
嵐を作り出したかのようである。
反転して逃げようとしたカナメとキヨウの足元に、再び動きを奪う魔法陣が現れた。
「イル・ジュール・・・」
最初の言葉で手の球体は膨張しカナメをすっぽり包んでしまえるほど大きくなった。
「カイ・ヴェール」
二つ目の言葉で赤く染まった膨大な魔力が天に噴出され、タカヒトの手から離れた球体が
その柱をぐるぐると回りだす。
凄まじい魔力に、カナメは涙で頬を濡らしていた。
恐怖で膝まづいて泣きわめきたくなったが、体が動かずそれも出来ない。
ただただ、裁きの瞬間を見守るしかないのだ。
「一の言葉を持って始まりと終わりを結ぶ。万有は風。剣に雷(いかずち)。
二の言葉を放棄して引力と重力を解き放つ。血を風に、魂を大地に。」
赤い風が、瞬く間に黄色が混じった白金に変わった。
神聖な白の光を浴びて騎士団の鎧は輝き、彼が人であることを忘れた。
黒い雲は掻き消え、色素の薄いレイエファンスの空から、真珠のように輝く光の剣が降ってきて、
掲げたタカヒトの手にすんなりと落ち着いた。
「我を保護し、恩恵を与えし者の名をマヤーナ。
契約の元、聖なる大地を汚しあだなす者に裁きの刃を振り下ろす事を許されよ。
天空と地底の波動を奏で、君臨者を守りたまえ。
――――エターナル・ソード!」
光の剣を振り下ろすと、ユークリア大地全域がホワイトアウトした。
騎士団の兵士やエルフが風が止むのを感じて瞳を開けると、
今まで対峙し戦ってきた召喚悪魔達が綺麗さっぱり消えているのに気付いた。
もちろん、幻黒竜も消えていた。
足元の魔法陣が消えたカナメは、ゆっくり地面に倒れこんだ。
視界の端で、苦労して契約したキヨウが粒子となり地底深くに帰還してしまうのが見えた。
同時、騎士団隊長の体がぐらつくのも見えた。
倒れる彼の体を支えたのは、松葉色外套を纏う少年であった。
「大丈夫か!?」
「お前・・・中央にいなかったか。瞬間転移も出来るんだな。」
「そんな呑気に感想言えるなら平気そうだね。ホント、凄いよタカヒト。本気出していいって言ったけどさ、
ここまで魔力が高いなんて。マヤーナは騎士を神にでもしたいのか?」
「久々に全力を出した・・・もう魔力切れだ。」
少年に肩を借りながらバシュデラ長の元まで歩く。
魔力は枯渇したが、歩く度にそれが回復していくのがわかる。
マヤーナの厚い加護のおかげであるが、過保護すぎる気もする。
ふらついた足取りを進めていたタカヒトは、突然少年の体を突き放し剣を抜いた。
ロングソードは、瞬間移動でタカヒトに襲いかかろうとしたバシュデラ長の腹部を突き刺していた。
「勝目ないな・・・バシュデラの音速移動まで見抜いちゃうなんて・・・。」
長い爪でタカヒトの首を掻き切ろうとしたのだろうが、カナメは腕を力なく下ろした。
口から鮮血―バシュデラの血も赤いのだ―を吐き出した。
無益な殺生を嫌うタカヒトは、咄嗟の防御とは言え、苦い顔をして剣をカナメの体から引き抜く。
「最後まであがくか、バシュデラ。」
「その首貰いそこねた。・・・・・・でも、タダじゃ死なないよ。」
不適な笑みを、ほとんど力が入らぬ口元に宿すと後ろ向きに倒れ絶命した。
―死んだカナメの体が、地底より浮かび上がったかのように染み出た黒い影に呑まれだした。
ゆっくりと体が影に沈むと、大地のそこらじゅうに赤黒い魔法陣が出現した。
確認出来る範囲だけでも100は越えている。
マヒトが叫ぶ。
「アイツ、自分の体を生犠に悪魔を召喚する気だ!」
彼の言葉通り、魔法陣からはオーガ、スケルトン、翼の生えたトカゲなど様々な悪魔達が現れ
数をドンドン増やしていく。
魔力はないが剣はある。
走りだそうとしたタカヒトの前に黒い影が舞い降りた。
ウロボロスの黒衣魔導師アキラだった。
オッドアイの瞳で、初めてしっかりとタカヒトを映す。
「バシュデラの長をやってくれて感謝するぞ。契約は破棄されあの悪魔達は俺の手中。
今より結界が切れたガムールを襲撃する。」
「何だと・・・!?」
「アルの予言書に記されたレイエファンスの終焉も近いぞ、セレノアの騎士。
民を守りたくばレファスを捨て大陸へ避難させろ。」
マヒトが声をかける前に、オッドアイの魔導師は先ほどより一回り小さな幻黒竜を召喚し、
その背に乗って飛び立ってしまった。
一歩踏み出したマヒトがタカヒトを振り返る。
今にも泣き出しそうな顔で、短くこう言った。
「さよなら。」
松葉色外套をたなびかせ、マヒトは幻黒竜を追って跳躍しながら再び騒がしくなった戦場に姿を消した。
唐突に放たれた別れの言葉に思考が止まる。
翼を持つ悪魔が飛び立ちガムールに向かおうとするのを、低地のどこかにいる僧侶サキョウの防壁に阻まれ
地面に落ちるのを見て、我に帰る。
数十匹は防壁から逃げ切っている。
口笛を吹くと、人垣を越え愛馬がやって来た。
銀の鬣をした白馬に跨り、部下を探す。
僧侶の近くで赤い刃を持つ魔剣を振り回すリセルを見つけた。
鎧を返り血で汚した副官は、タカヒトにすぐ気付き近くのオーガを切りつけながら走り寄った。
「隊長!ご無事で。」
「首都の結界が破られた。」
「そんなっ!?」
「ウロボロスの魔導師がガムールに向かった。悪魔も奴の手中だ。転移させられる前に一体でも多く倒せ。」
「アクリラで帰還しましょう。」
「ならん。悪魔をこんなとこに野放ししては近隣に住む民の命が危ない。全滅させてから帰る。」
「私が残ります。隊長はサキョウ様、リョクエン様と急ぎガムールへ。我ら騎士団が王家を守らねばなりません!」
リセルの発言は最もであった。
悪魔がうじょうじょいる戦場に女の身である副官や、部下達を残し自分だけ帰還するのは後ろ髪引かれる思いだが、今はそんなことを言っている場合ではない。
タカヒトは愛馬を降りる。
「こいつを頼む。」
「お任せを。我等も悪魔とウロボロスを叩いた後すぐ帰還します。」
「ガムールで会おう。」
リセルに背を向け、近場にいたサキョウの元へ行く。
「リョクエン様を連れガムールに戻ります。」
「それが・・・王子は嫌な予感がするとかで少し前に馬に乗ってガムールに帰られました。止める間もなく・・・。」
「道中見つけるしかありません。」
サキョウを連れ、エルフの隊からアクリラを借り、その背に乗って空を飛んだ。
ファーンなどで空を飛ぶことに慣れてるタカヒトと違い、サキョウはアクリラの首にしがみつき目を固くつむる。
戦場を離れ、レファスの空をガムール目指し飛び続けた。