キヨウ
黒い魔法陣が足元に浮かぶ。
魔法陣の縁が輝き、其処に怪物が姿を表した。
赤い皮膚、背丈2m以上あり二足で立つ巨大な生き物が、濁った白い眼をタカヒトに向ける。
禿げた頭に口元から涎を垂らし、手には棍棒を持っている。
ただの木製棍棒のようだが、少年の胴より太く重量感がある。
顔はウロボロスの悪魔召喚士がこぞって召喚するオーガや小鬼(ゴブリン)に似ているが、サイズも迫力も桁外れ。
何を見ても物怖じしない流石のタカヒトも、迫力に押され一歩後退してしまう。
「何だコイツは・・・。」
「キヨウじゃ・・・!古代ニア期、神々の戦いでドゥーナスが始めに作った怪力の悪魔で、
オーガの祖先にあたる。余りに力が有りすぎたため太陽神が絶滅させたはずだが・・・。」
「冥界にいるコイツと無理矢理契約したのさ。」
額に大量の汗を蓄えヨロヨロと立ち上がった少年がスノーの疑問に答える。
紫色の顔は青白くなっていた。
「魂さえあれば肉体なんて再構築出来るからね。鬼儡人形なんかよりずっと完成度高いよ・・・。」
「神がやっと倒した怪物を呼ぶとは・・・。皆の者下がれー!アクリラは瘴気に当たる前に退避させるのじゃ!」
「フフフ・・・逃げたってムダムダ。全く、ウロボロスは思ったより役立たずだったな・・・ヒカリも居ないし、
やっぱり頼れるのは君だけだよキヨウ。我らの同胞よ、憎き神が作りし人間を滅ぼしてしまえ。」
魔法陣の上でじっと立っていたキヨウが、主の命を受け一歩進む。
仲間やアクリラを下がらせたスノーが思案を巡らせながら身構えると、炎が視線の端を走った。
タカヒトの手から放たれた炎がキヨウの顔面を直撃する。当のキヨウは顔を僅かにしかめた程度で無傷である。
「皮膚まで頑丈か。剣は無理そうだな。」
「タカヒト殿!」
「アクリラを使ってウロボロスの悪魔を頼む。」
「一人では無理じゃ!先程の術で浪費しておるだろう。妾も―」
「魔力は十分残ってる。マヤーナの加護で光魔法に負担はかからんのだ。」
「そうか、マヤーナは太陽神の第一配下であったか。・・・すぐ戻る。補助が要り用なら呼べ。
・・・マヒトが手強っておる。」
「わかった。早く済ませる。」
スノーが再びアクリラの背に飛び乗る。本当はマヒトの手助けをしたいのだろうが、
エルフが悪魔の相手をするのが適役である。
バシュデラは片付いたが、ウロボロスのダークエルフや悪魔達は騎士団兵の手には余るようだ。
少年長―カナメが乾いた声を上げた。
「早く済ませる、だって?ハッハ。自信過剰なのも大概にしてくれよ。キヨウは神の時代の生き物だよ。」
「所詮召喚された存在だ。操ってるのがお前ならば勝気はある。」
「クッ・・・」
召喚された悪魔や精霊の強さは召喚士の力量に左右される。
タカヒトの指摘は最もな話。
苦い顔をしたカナメがキヨウに命令を下す。
怪物が耳障りな声で咆哮し、棍棒を振り上げた。
棍棒もかなりの重量であるはずなのに、攻撃を即座に繰り出す。
咄嗟に横に飛び退き、着地すると同時光の魔法を放つ。
目くらましの目的であったが、キヨウはあっさり視力に頼るのを諦め
他の嗅覚でタカヒトの脳天へ再び棍棒を振り下した。
巨大にそぐわぬ素早い動きだった。
キヨウは手首を返して第二打を横凪に仕掛ける。
体の前に魔法防壁を張ったが、衝撃で二の腕が僅かに痺れた。
防壁を揺さぶる程の怪力。
一撃でもまともに受けたらタカヒトですら無事ではいられない。
棍棒を握る手首の動きもしなやかで、攻撃パターンが決まっていてどんくさいオーガとはまるで違う。
知性まであるとは実に厄介だ。
動きを止める陣を展開出来ればいいのだが、スノーの助力が無いので詠唱出来ない。
詠唱しながら攻撃を交せる程生易しい相手でもない。
繰り返される攻撃を数手避け続けながら打開策を考える。
「ウィザードのように初動術式刻んだ杖でも持ち歩くべきだったな・・・。」
キヨウが放つ攻撃を後ろに避けた勢いのまま地面に手をつく。
青白い魔法陣が浮かび上がった。
「さすらいの慟哭、静寂の沈黙。我が元に冷ややかなる恩恵を――――ダイヤモンドダスト。」
素早く口を動かすと、キヨウの回りをキラキラした空気が取り囲んだ。
零度以下の氷魔法。
キヨウの周りの空気を冷やしただけではなく、冷えた空気に潜む氷の粒を吸い込んだら
内部が余りの冷たさに痛みだす。
分厚い皮膚に炎は効かないようだが、体内までは強化されてないはずだ。
だがキヨウはダイヤモンドダストが漂う場所を抜け、タカヒトに突進し、肩で彼を吹っ飛ばした。
地面に転がる藍色髪男を踏みつけようと、右足を上げる。
人間の倍以上ある巨大な足の裏にいたタカヒトは軸足になってる左足の脛に無属性の魔法衝撃波を叩き込む。
普通の人間にこれをくらわせれば簡単に骨は折れるし、モンスター相手なら風穴が開く。
キヨウ相手にはそのような手応えは無かったが、軸足を打たれバランスを崩し、巨体は後ろに倒れた。
僅かな隙を見逃さず、立ち上がりまだ召喚されたままのダイヤモンドダストを移動させキヨウの顔にぶつける。
今度こそ体内に入ったであろうと霧の中を伺うと、倒れても決して手放さない棍棒が飛来、
足を掬われ頭を地面にぶつけた。
軽く脳が揺れたが、また立ち上がって距離を取る。
「クソッ・・・。」
「アッハッハ!」
離れた場所で地面にあぐらをかき座るバシュデラの長の愉快そうな笑い声が届く。
此処が戦場であるにも関わらず、余裕で見物していたようだ。
「キヨウは古代種だって忘れてない?アスナ期に生まれた魔法なんて効かないよ。
それに、彼は特殊な召喚を用いて招待してるからね。体内構造は血と肉では出来てないよ。」
「・・・なるほどな。」
バシュデラの聴覚は人間の倍だ。
タカヒトの小さな呟きを聞いてしまったカナメは喋り過ぎたと後悔した。
頭が良く魔導師並の魔力を持つ騎士隊長は、今の言葉で打開策を見つけてしまった。
まずい、と焦ったカナメは立ち上がりキヨウに防壁を張りと筋力増加魔法を施す。
「さっさと叩き潰せ!!」
彼自身も紫の球体を投げつけ始める。
策があろうと、詠唱の時間さえ与えなければいいだけだ。
無造作に攻撃を続けたために土煙が上がる。
ただキヨウには敵の居場所がわかっているらしく、高く振り上げた棍棒を振り落とした。
そこでキヨウの動きが止まる。
仕留めたのだろうか。
目を凝らし土煙が止むのを待つ。
棍棒の下で、半透明シールドに守られた騎士団隊長と、足元にある魔法陣に動きを奪われたキヨウを確認した。
陣の模様、あれは古代魔法だ。
あの隊長は、古代魔法まで取得していたのか!
切札の動きを封じられ、逃亡の二文字が頭に浮かんだ時、背後に気配がした。
一瞬息を止め振り向いた時には既に手遅れで、足元に古代魔法の陣が現れ、指先すら動かせなくなってしまった。
出来るのは瞬きと、お喋りぐらい。
カナメは、目の前に立つ仏丁面の男に、恐怖を覚えた。
「悪魔か、あんた・・・。」
「悪魔はお前だろ。俺はれっきとした人間だ。」
「クッ・・・殺しなよ。仲間は送り返され、ウロボロスは助けにすらこない。もう手詰まりだ。」
「騎士団は無駄な殺生はしない。捕獲しガムールの牢屋行きだ。」
「ヘミフィアの足元に連れていくだと!!?ふざけるな!そんなの耐えられない!今すぐ殺せ!」
「お前までその名前を・・・。ヘミフィアとやらは一体―」
その時だった。
体の力を全て奪い去るような虚無感が襲った。
精力も魔力も吸い取られたみたいで、その場に片膝をついてしまう。
原因は、直ぐにわかった。
「ガムールの、結界が・・・。」