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若き王子は走り出す

セレノア王家第一王子リョクエンは、変わり果てた首都ガムールを見て唖然としていた。

ユークリア低地での騎士団とバシュデラ・ウロボロス両軍の戦が始まってすぐ、彼は今まで感じた事がない程の胸騒ぎを感じて、急ぎ馬でガムールに逆戻りをした。
戦を見届けに行ったのに、何より騎士団の兵達が戦っている最中なのに、引き返すのは気が引けたし、弱虫王子と見られてしまう。
それでも、引き返せずにはいられなかった。
夕暮れまで馬を全力疾走させたが、世話係エミが夜間の移動を断じて許さなかったので野宿をし、翌朝出発。
その日からレイエファンスの空には分厚い雲がかかりだし、リョクエンの不安を一層かきたてた。
悪い事は続くもので、無理をさせた馬は脚を悪くしてしまい、移動手段を失った。
そんな時、頭上を飛んでいた騎士団のアクリラ隊に見つけてもらい、アクリラの背に乗って半日かからずガムールに帰還したのだ。
ガムール北門へと続く甃に降りた彼は、荒れ果てた城下町を震えながら見つめていた。
家々はほとんど壊され、全壊してる家屋もある。
いたる所で煙や悲鳴が上がり、レンガが矧がれた大通りには怪我人や、全く動かぬ人が倒れている。
泣き声と罵声が混ざりあり、悪臭が鼻につく。


「一体・・・何が。」
「結界が崩れたのよ。」


険しい顔をしたエミが隣に立つ。
彼女の言葉にハッとして顔を向けた。


「まさかタカヒト隊長が!?」
「分からないわ。ただ、騎士団隊長、僧侶のトップである大僧生様、そして王妃様が首都の結界を担っていた。どなたかが倒れられたのかも・・・。」
「お母様!」


母の身が心配になり走りだそうとするリョクエンの腕を掴み止める少女。


「お待ちなさい!」
「城に戻らなきゃ!」
「状況がわからないのよ。むやみやたらに進むのは危ないわ。」
「でも!」


二人の頭上に、ファーンの影が横切った。
飼い慣らされた有翼生物ファーンの背には、騎士団の兵士が乗っており、二人のすぐ近くに着陸すると、リョクエンの前まできて片膝をついた。


「リョクエン様!ご無事で何より。アクリラ隊の報告を受けお迎えにあがりました。急ぎカウス城にお戻り下さい。」
「・・・何かあったのですか?」
「陛下が・・・ご逝去されました。」


脳天に雷が落ちたような衝撃が走った気がした。
周りの喧騒が遠ざかる。
目をいっぱいに開き固まるリョクエンに変わりエミが聞く。


「ご病気が悪化されたので?」
「いえ・・・。結界が破れた事により悪魔が城内に侵入。護衛隊がお守りしておりましたが、瘴気に当てられたご様子。」
「陛下はマヤーナの守りがあるはずです。悪魔ごときに触れられたぐらいでは・・・。」
「人づてに聞いた話ですので、真偽はわかりませんが・・・マヤーナの守りが消失したとか・・・。」
「あり得ませんわ!歴代国王がご逝去前にマヤーナの加護を失うなんて―・・・まさかっ!?」


持女エミが勢い良く首を回し、王子を見た。
まだショックから立ち直れていない彼の唇は震え、手の平をグッと握り締めている。
国王にあるはずの加護が消えたということは、王の資格が移り変わったのではないか。
前例はない。
しかし、リョクエンの首裏には特別な石が埋まっている。
戴冠式こそ行なってないが、彼は―――


「現在、大僧生様がカウス城に防壁を張って下さっており、難を逃れた民も城に匿っております。リョクエン様もお早く。」


兵にしばし待つよう告げ、エミはリョクエンの前に立った。


「リョクエン、落ち込んでる場合ではないわ。国王様亡き今、王位第一継承者であるあなたが王よ。」
「今はそんな事どうだって・・・」
「現状をよく見なさい!貴方の民が傷つきさ迷ってるの!王が導かずにどうするの!?」


一喝され、大通りの脇で泣きわめく子供の姿を見つめた。
動かない男の胸に覆い被さっている。父親なのかもしれない。
リョクエンは口元を引き締めた、自分の両頬を二回叩いた。
向き直ったリョクエンの強い視線に満足し、侍女らしく一歩後ろに控える。
膝をついたまま待機していた兵の前に立つ。


「城内の統制はどなたが?」
「マコト様が先頭に立ち民の先導をして下さっております。」
「それを聞いて安心しました。貴方はそこの子供を連れこのまま城内へ。」
「なりません!私は王子をお連れするよう命じられております。」
「第一王子として、一人でも多くの民を城へ誘導します。マコト兄様にもそのようにお伝えください。これは陛下代行としての命ですよ。」
「御意!」


深々と頭を下げた忠実な兵は動かぬ父の上で泣きわめく子供を無理矢理ファーンに乗せ、城を目指し飛び立った。
同じ空に、黒い翼の悪魔もいる。


「安心なさい。貴方は私が守るわ。」
「うん。一人でも多くの人を誘導しよう。僕に出来る事は、それぐらいだけど。」


走りだした王子の後を、巻き毛の少女は嬉しそうについていった。

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