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対ワイバーン


そこは甃の道と住居が並ぶだけの一本道で、右手の柵を越えれば雲海に沈み大陸の海へ真っ逆さま。
運良く裏口に悪魔は数体しかおらず、剣を持つドゥリドーが斬り倒し、裏道を走る。
家三軒分走ったとき、また頭上が暗くなり、ドゥリドーに肩を掴まれた。
目の前に、飛んできたワイバーンが着地する。
易々と逃してくれないようだ。
剣を持つドゥリドーが低姿勢で走り出す。
ワイバーンも今度はドゥリドーを警戒しているようで、いきなり黒炎を吐き出す。
直立に飛び上がったドゥリドーの前に魔法陣が浮かび、眩い光の攻撃がワイバーンの左前足を切断する。
絶叫が街に木霊した。
唯一残された眼が、ドゥリドーに向けられる。


「危ない!」


サキが叫んだ時には、長い尻尾がドゥリドーの横腹を叩き、ほぼ同時に黒炎を吐いた。
叩かれた勢いでドゥリドーは空を切り、人間の姿から青いただのトカゲに戻ってしまい、そのままなんの抵抗もなく青トカゲは柵を越え雲海へ落ちてしまった。
悲痛の声を漏らしサキが口元を両手覆う。
ドゥリドーは、上級兵士と同等の力を持つ使い魔だとタカヒトから聞いていた。
普段はただの見張りトカゲだが、剣も魔法も一流で、雨海亭に何かあったら戦うよう言ってあるので、怖がらずドゥリドーの指示に従えと教わった。
ワイバーンという悪魔はそんなに強いのか。
ドゥリドーと居れば無事に城まで辿りつけると思ってサキは、一気に不安と恐怖に支配される。
残されたドゥリドーが顔をワイバーンに向けたまま言う。


「サキ様。私が合図したら脇道に入って下さい。あの図体では細道は無理でしょう。しかし、炎には気を付けて下さい。瘴気の塊です。常に屋根の下を走りなさい。」
「あなたは!?」
「時間を稼ぎます。私は使い魔。主の命を果たします。」


ドゥリドーは至極落ち着いた様子で、何やら呪文を唱えだした。
ワイバーンが首を大きく捻り、炎を吐く気配をみせる。


「行って!」


その合図で、家々の間にある暗い路地に向かい走る。
足を数回動かしただけなのに、サキの体は何かに引かれ、後ろに吹っ飛ばされてしまった。
体が大分浮かぶ感覚がした後、背中に痛みが走る。
酔っ払いや子供が間違って雲海に落ちぬよう設けられた柵に背中をぶつけたと分かった時には、目の前でドゥリドーは黒炎に全身を焼かれトカゲに戻り、体が粒子となり消えてしまっていた。
人間や建物は燃やせないようだが、召喚されたドゥリドーにはかなりのダメージだったようだ。
サキはよろよろと立ち上がる。
ふと、視界に見慣れぬ姿が入りこんだ。
背が高い綺麗な男性だったが、耳は長く肌は黒い。
ダークエルフだ。
エルフの力が、路地に逃げようとしたサキを真後ろに吹っ飛ばしたのだろう。
いつの間にか、オーガや名前すら知らない悪魔が周りに集まってきていた。
男性ダークエルフがサキより無表情で口を開く。


「騎士団隊長タカヒト・レデントーリスの妹だな。捕らえさせてもらう。」
「私を囮にしてタカヒトを傷つけるのね。」
「あの者の力は脅威である。貴様を人質に奴を殺す。」


さーっと血の引く気配がした。
恐怖で足が震える。
悪魔やエルフに対してではない。
タカヒトに迷惑かけることに対して、だ。
家族を一番大切にしてくれているタカヒトの事だ、人質にされた妹を見て喜んで自害しかねない。
そんなの嫌だ――――


「貴方達の好きにはさせない!」


サキは自分の身長より高い柵によじ登り、自ら雲海に身を投げた。
予想外の行動にエルフも反応が遅れたようだ。
雲を霞め落下する体。
意識が遠くなり、家族の顔が順番に浮かぶ。
最後に、マヒトの顔が浮かんだ。
謎が多い不思議な友人。
彼の孤独や寂しさを少しでも取り除く手伝いが出来なかったことは、心残りだ。
でも悪魔達の人質にされるよりよっぽどいい――――
深淵に引きずり込まれる体が、急に止まり、耳を霞めた風の音は消え、重みが返ってきた。


「タカ、ヒト・・・?」
「バカモノ!心臓が縮んだぞ!」


白銀の鎧を纏ったタカヒトは、泣きそうな顔でサキを強く抱き締めた。
冷たい鎧が頬に触れるのを感じながら、水色のテカテカした翼が目にはいる。



「この子・・・ファーン?」
「そうだ。カズマさん達は?」
「無事よ。お城に避難したわ。」
「何故お前も逃げなかった。」
「悪魔達が私を狙ったみたいだったから。」
「そうか、バシュデラ長の伝令が悪魔に広まってたか・・・。少し遅くなってしまったな。すまない。俺のせいで怖い想いをさせた。」
「早いぐらいだよ。タカヒト、ちゃんと来てくれた。」


腕の力が抜けたので、体を回し、今自分とタカヒトを乗せて飛ぶ有翼生物を見下ろした。
肉付きのいい翼を持つが、顔は竜よりゴブリンに似て、短い耳に潰れた鼻をしている。何より、気性が荒いファーン。
手懐ける事は可能だが、調教途中で命を落とすこともあるらしいこの種族を、タカヒトは一匹所有していると聞いた。
しかも、野生のファーンをてなづけ服従させたとかで、現場にいたリセルとトキヤは驚愕したという。


「見るのも乗るのも初めて・・・。名前は?」
「ない。」
「愛馬にも名前つけてないよね?あの白い子。」
「必要ないだろ。」
「そんなことないよ。名前は大切だよ」
「・・・その話は後だ。しっかり捕まってろ。」


サキを自分の前に座らせると、しっかりサドルを握らせ、ファーンを急上昇させる。
再びレファスの街並みが、今度は眼下にやや小さく広がる。
サキが先程落下した場所にはまだ悪魔達が集まっていた。
タカヒトが右手を掲げる。


「混迷たる真実、明白たる罪。全てを照らしたまえ―――ライトニング!」


悪魔達の頭上から、光の柱が降り注いだ。
目を開けてられないほどの光に包まれ、悪魔は粒子となり元の世界に帰還し、エルフはその場で倒れた。


「・・・やはりアイツはこれぐらいじゃ無理か。」


ただ一体。
右目と左足を失ったワイバーンだけが、そこに存在していた。
サキの姿、もしくはタカヒトを確認すると、背中の翼を広げだした。


「ドゥリドーじゃ傷つけるだけだったみたいだな。相手が悪すぎた。」
「そんなに強いの?」
「ああ。召喚されたとは言え、元は竜の一種だ。此処じゃ戦えない。少し荒く飛ぶが、大丈夫か?」
「平気よ。タカヒトがいるもの。もう全然怖くないの。」
「いい子だ。」


たずなを強く引き、踵でファーンの横腹を軽く蹴ると、濁った鳴き声を放ちながら降下し、ワイバーンの目の前を霞めながら民間の屋根上ギリギリを飛行する。
見慣れた道や建物が猛スピードで流れてゆく。
タカヒトが後ろを振り返り、ワイバーンが自分達の後をしっかりついてきた事を確認すると、空中に円を描くよう旋回させ、ワイバーンの真上に移動する。


「ファイヤーラッシュ!」


タカヒトの指先から放たれた炎が一本の縄のようにワイバーンの首に巻き付いた。
上がれ!と、ファーンに命じると、やや斜めに軌道をずらしながらレファスの遥か上空に移動する。
炎のムチに引かれワイバーンも無理矢理上昇させられ、辺りに黒炎を巻き散らしていく。
分厚く暗い雲の中で、タカヒトはファーンに空中停滞をさせ、ワイバーンと向き合うよう体を180℃回転させる。
暴れ回っていたワイバーンは、炎のムチを引き裂くことに成功し、タカヒト達に突進してくる。
サキがタカヒトの名を叫ぶ。
口から黒炎が吐き出されようとする直前、ワイバーンの動きが止まりトカゲ悪魔の体の下に赤い魔法陣が出現した。
翼を動かしていないのに、ワイバーンの体は落ちることなく、それどころか、前足すら動かせずにいるらしい。
濁った目が、燃えるような怒りと悔しさをにじみ出していた。


「炎の女王に捧ぐ!追憶の石盤、追想する赤石。ラグーンより来たり七人の勇者を歓迎せよ。忘却、消滅、安らかな眠りを。
契約の元に、亜空間の壁を立てよ。
フレイム・フォール!」


ワイバーンを捕える結界の円から、激しい炎が噴出し、炎の壁が悪魔を囲む。
さらに魔法陣の淵に現れた七つの珠が円柱のてっぺんまで上がり、複雑に輝くと、爆発音と共に炎もワイバーンも消えてしまった。
赤い粒子がゆっくりと散ってゆく。
初めて見たタカヒトの魔法に感激して、サキは後ろを振り返る。


「!?タカヒト、凄い汗っ。」
「魔力をまた切らしただけだ。すぐ回復する。」
「嘘。凄い疲れてる。」


妹の真っ直ぐな瞳は誤魔化せぬようだった。
昨日、ユークリア大地でバシュデラや古代悪魔キヨウを倒すべく最大限の魔力を使用したすぐ後に、アクリラに乗ってガムールに駆け付けたのだ。
魔力は徐々に回復するにしても、使用者の体力や精神力は中々回復しない。
丸2日休まず戦っていたことで、タカヒトの疲労はかなり溜ってきているのは確かだ。
しかし今、休んでいる場合ではない。
サキを助けるためファーンを急ぎ連れだしただけで城内の状況も把握したいところだ。
騎士団最強の剣は、妹の髪を優しく撫でた。


「お前をこの手で守れた。それだけで大分気は休まった。城へ行こう。」


ファーンの首辺りをそっと撫でてやると、嬉しそうに翼をはためかせたファーンはゆっくりと雲を抜けながらレファスの地に戻り始める。
タカヒトの腕に包まれながら、サキは視界に入ってきたアルテミスを見た。
血のように赤い色をしている。
アルテミスはもう満潮は過ぎ半分になってる暦のはずなのに、何故か真円のまま。
しかも、雲より向こうにいる星のはずなのに、分厚い雲がアルテミスの前だけ回避しているかのようにはっきりと見える。
いや、もしかしたら
雲より前にあるのかもしれない。
あり得ない話であるが、レファスのすぐ上に移動してきているような。
何故かあの星が落ちてくる気がして、サキはタカヒトの腕に強く抱きついた。


「リゲルにしよう。」
「何をだ?」
「この子の名前。」
「ファーンに名前など・・・。」
「ダメ。固有の名前は、特別なの。あの白い馬は・・・シルバ。これからちゃんと呼んであげるんだよ?」
「・・・・・・分かったよ。」


たった今自分の名前をつけられたファーンは、特に反応もなく二人を乗せたままカウス城へ着陸体制を取った。



 

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