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再び、カウス城



カウス城とその敷地を守る半透明の黄色い防壁は、どんどんと暗くなるガムールを仄かに照らしていた。
神聖な結界に触れた悪魔達は灰となり、ダークエルフの魔法はすぐ跳ね返す。
防壁結界を超えたタカヒトのファーン―リゲルは、普段と同じように騎士団宿舎横にある厩の出入口に着地した。
サキに手を貸し下ろしてやると、ファーンの黒い大きな瞳と向き合う。


「また呼ぶかもしれん。檻には帰らず此処でジッとしてろ。他の人間を脅かすなよ、リゲル。」


毛の無い頭を撫でてやると、リゲルは了承したらしく瞳を閉じ動かなくなった。
タカヒトはサキの手を握り城内を歩きだす。
中庭を過ぎ、外回廊を辿ると徐々に人が多くなり、見慣れた人物を発見出来た。


「クサナギ将軍!」
「おお、無事戻ったか!」


顔に傷のある武人は、ホッとした顔を向けタカヒトを労うと、すぐサキを見下ろした。


「お前の妹さんか。」
「はい。」
「初めまして。俺は―」
「クサナギ前隊長さん、ですよね。タカヒトが騎士団に入った頃から沢山お話は聞いてるんです。」


黒髪が肩から垂れる程サキは深く頭を下げた。


「タカヒトを強くしてくれてありがとうございました。」
「ハッハ。いやいや、お兄さんは素質があったんだ。隊長を早く卒業させてくれて有り難く思ってるのはこちらだよ。」


若手時代散々しごかれた思い出から、苦い顔をするが、すぐ元に戻す。


「一般都民はどこに?」
「貴族館と西棟を解放したんだが、溢れてしまい乗馬庭園にも散らばっている。非常時だから、結界内にいさえしてくれれば好きに使うよう言ってある。お前のご家族ならマコト様自らお迎えにあがり、今はご自分の執務室に案内したと聞いた。」
「ありがとうございます。妹を送ったらすぐ戻りますので。」


難しい顔で頷いたクサナギと別れ、城内に入り王族かその関係者しか入れない区域にある一室を訪ねた。
赤い絨毯がしきつめられた廊下から重厚な木の扉を開くと、彼の家族は勢ぞろいしていた。
広々とした執務室でお茶を飲んでいたトワコが一番にかけてきてサキとタカヒトを同時に抱き締めた。


「私の子供達!無事で良かったわ。」
「タカヒトが助けてくれたのよ。でも・・・お店はバラバラになっちゃって・・・。」
「貴方達が無事ならそれでいいの!」


母のように思ってきたトワコの愛情を受け心を休ませることが出来たタカヒトは、執務室の机に座るマコトと、その隣で娘を抱くミヤコに深く頭を下げた。


「殿下が私の家族に手を差し延べて下さったと聞きました。何とお礼を申したらよいか・・・。」
「頭をあげて下さい隊長。ミヤコ姉さんがお世話になっている方々は、私にとっても家族です。それに、セレノアのため前線にて戦ってくれている隊長の心配事を減らせるならばこんなに嬉しいことはありません。ご家族は私がおもてなしさせて頂くので、お願いを聞いてもらえますか?」
「喜んで。」
「リョクエンが街から帰ってこないのです。迎えにやった兵を追い返し都民の誘導なんかをしているそうなんです。実に尊い行いだと思うのですが、夜も近い。隊長の声なら受け入れるでしょうから、連れてきてもらえますか。」
「もちろんです。」
「サキは任せなさい。」
「ありがとうございます、ミヤコ様」


二人にもう一度礼をし、家族に声を掛けてからクサナギの元に戻った。
先程穏やかに会話していたのが嘘のように、将軍の表情は険しかった。


「現状はどうなってます?まだ何も把握していないもので。」
「なら始めから話そう。」


救護兵やウィザード達が忙しく走り回る庭園を抜け、静かで人気の無い外回路に入る。


「首都結界が破れて数刻もたたぬうちに悪魔達が押し寄せ、街を破壊しはじめた。各門も無理矢理解錠され悪しき者達が雪崩込んできた。」
「そもそも、何故結界は破れたのです?王妃さまが・・・」
「違う・・・。」


建物の影になり暗い廊下で、クサナギは少しうつ向き痛々しい表情を浮かべた。


「レイコ女史は裏切り者を演じさせられていた。体内に邪気がいたのだ。」


クサナギはレイコが口から吐き出した黒い光が結界を破った現場や彼女の言葉を説明した。
予言書の存在は、いよいよ無視できなくなってきたようである。


「バシュデラがレファスに入れたのも、マヤーナの守りがありながら、邪気を孕んだレイコ女史が城内に居れたのも、その予言の拘束力と考えれば一応の納得はいく。あり得ないことだらけだ。」
「その予言書は書庫にあるのですか。」
「司書や考古学者達に解読させているところだ。しかし、特殊な魔術が掛っていて、手強っている。その予言書は当事者達にしか読ませたくないようでな。」
「というと?」
「未来予測不可能ということだ。・・・予言書のことは今はいい。我々は民を守る事を第一に考えねば。大僧正様の結界もいつまでも保つわけではない。早く悪魔共を一層せねば。」
「はい。まずはリョクエン様のお迎えに行って参ります。」
「頼む。俺でもダメだったのだ。今はリョクエン様が陛下であらせられるからな。」


苦笑するクサナギに軽く頭を下げ踵を返すと、また騎士団厩に戻る。
言いつけ通り大人しくしていたリゲルの背に乗ると、後ろに気配があり振り向く。
耳の長いミュン族の少年がファーンの背に跨っていた。


「ヤマト!!」
「リョクエン迎えに行くんだろ?連れてけ。」
「無理だ。下りろ。」
「やだね。」
「街には悪魔がうじゃうじゃいるんだぞ。お前はジェギヌ王子だ。」
「分かってる!でも友達を探しに行きたいんだ!」
「・・・分かった。勝手な行動をしないと誓うか。」
「誓う!俺達の神、ザンギ神に誓う!」


たずなを引き踵を軽く蹴ると、リゲルは翼を広げ飛翔し、荒れた街へ向かっていった。




 

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