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妃殿下




「ミヤコさ・・・ミヤコ妃殿下。」
「フフフ。私はもう王族じゃないから、今まで通りでお願いよ、サキ。」
「う、うん・・・。」


カウス城内の赤い絨毯を、今まで給仕同士として働いてきた女性と歩きながら、その横顔をこっそり見つめる。


「今考えると、納得いく。ミヤコさん、立ち振る舞いが上品だったもの。庶民にあの身のこなしは不可能だわ。」
「そんなことないわ。サキだってお上品よ。王族を辞めて一般人に嫁ぐと決めた時、体に染み付いた貴族の雰囲気を無くすのに苦労したわ。城では服を着るのも、食事を並べるのもメイドがやってくれてでしょ?イツキ君には大分迷惑かけたわね。」


遠い記憶を懐かしむように目を細めるミヤコ。
二人は一般都民へ配給を行なっている場所から家族分の毛布を貰いマコトの執務室に戻った。
マコトはベッド付きの個室を家族分用意すると告げたが、祖父が断ったのだ。
庶民が王族の方にそこまで世話になれないとは言っていたが、他の都民は大ホールで身を小さくしているのを思って遠慮したのだろう。
結局、女性陣はミヤコの寝室、父と祖父は空いてる部屋を二人で借りる事になった。


「ミヤコさんは、王族だったのに、どうやってイツキさんと出会ったんですか?」
「きっかけはね、マコトちゃんの家出。」
「殿下が、家出・・・!?」


一般人ならよくある話だが、王族も家出を考えたりするのか、とサキは驚く。
あのマコト殿下は、家出しそうな人間には見えないが。


「マコトちゃん根が真面目だから、王家のやり方に反発しててね、15歳で丁度思春期ってのもあって、こっそり城を抜け出して城下に逃げ込んだの。世間知らずの坊っちゃんを助けてくれたのがイツキ君。
マコトちゃんが家出だと知ると、警備隊には知らせず私にこっそり手紙をくれて、私が馬車で家出息子を迎えに行ったってわけ。」


初めて聞く二人の馴れそめにちょっと胸が高鳴る。
運命というのはどこで誰と繋がるかわからないものだ。


「だから、マコトちゃんの方がちょっとだけイツキ君と付き合い長いし、家出した後もマコトちゃんったら城を抜け出してイツキ君に会いに行ってたりしたのよ?
友達というか、自分の知らない事を知ってるイツキ君になついちゃって。騎士団や護衛にバレないよう私が散々迎えに行ったわ。
ま、そのおかげでイツキ君と仲良くなって、夫婦にまでなったんだけどね。」
「素敵です。でも、何故王家を出たんです?」


大きな窓ガラスの向こうをミヤコは眺めた。
普段なら綺麗な空と、有翼生物ヒューゴが優雅に飛んでる姿が見えるはずなのに、分厚い雲と悪魔の黒い姿しか見えない。


「王族の女は一般人との婚約を許されてないの。当時私の王位継承は二番で、私を次期国王に、なんて派閥もあってね・・・。ちょっとウンザリしてたの。
もちろん王族として民を守り導く役目は誇りに思ってたし、この国が好きよ。
けれど、イツキ君の妻になりたかった。イツキ君以外と結婚なんてしたくないし、彼と港街でのんびり暮らす未来を思い描いてしまったら、もう手遅れ。
我が侭と知りつつ、周りの反対を押しきって、陛下に王位を剥奪してもらったの。一応名目は反王家思想所持で流罪ってなってるわ。・・・あら、そんな顔しないで。」


聞いてはいけない事を聞いたと、申し訳なさそうな顔をしたサキの前髪を撫でてやる。


「名目なんかどうだっていいの。私はここにいるし、イツキ君のお嫁さんになれたし、子供も産めた。幸せよ。
それに、マコトちゃんだけはずっと味方だったわ。・・・フフ、本当は大好きなイツキ君が義理の兄になってくれるから嬉しかったんだろうけど。やっぱり男の子には、男の兄弟が必要なのかしらね。今もイツキ君を城に招いて二人だけで話し込むらしいわよ。」
「なんだか、マコト殿下が身近な方に思えてきました。」
「イツキ君が可愛がってきたサキなら、マコトちゃんにだって妹みたいなものよ。王族ってのは気にしないで、気軽に話してあげて。他人との交流に飢えてるんだから。」
「はい。」


マコトの執務室に戻ると、祖父の姿が消えていた。


「おじいちゃんは?」
「手伝いに行きましたよ。」


祖母トキノが、ソファーで紅茶を飲みながら、どこか嬉しそうに答えた。


「自分だけゆっくりしていられないのよ。正義感が強い人ですからね。」
「なら、私も行ってくる。」
「フフフ。流石おじいちゃん似のサキね。言うと思いましたよ。」
「ここは安全とは言え、離れるのは心配だわ。」


祖母は賛成したが、母はやや困惑顔でサキの肩に手を置いた。
姪マリンを抱きながら祖母に紅茶をもてなしていたマコトが助け船を出す。


「庭園の手伝いは男仕事だろうから、食事配給の手伝いなんかどうだろう。サキちゃんは料理が上手だと聞いたよ。」
「そうします。」
「あ、道中でイツキさん見掛けたら顔を出すよう言ってくれるかい?城に連れてきてから働きっぱなしで、休もうとしないんだ。」
「はい。」
「あら、それはマコトちゃんも一緒じゃない。そうやって穏やかに過ごしてる風だけど、城内の全指揮はあなたが取ってるんでしょ?」
「さすが姉さん。僕はリョクエンが戻るまでの代行さ。」
「全く・・・。私もイツキ君探してくるわ。どっかで雑魚寝なんてしてたら、死人と間違えられて捨てられちゃうわ。あの人は疲れると死んだように寝るから。」





 

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