さよなら
再びミヤコと部屋を出たサキは、食事配給をしている中央棟に向かうため彼女と別れた。
ミヤコは怪我人が運ばれる東棟を探すらしい。
灰色の石で出来た外回廊を歩く。
城の中はどこもかしこも綺麗に整備され、庭は美しい。
空があんなに暗くなかったら、さぞかし目を奪われ胸が踊ったのだろう。
今は人も居らず、寂しくなるほど静かだ。
ふと、視界に松葉色が揺れた。
顔を右に向けると、外回廊の外れを建物の向こうへと消える人影が見えた。
向きを変え走って後を追う。
「マヒト!」
建物の裏にある廊下は、影が一際濃く、等感覚で円柱の柱が並ぶだけで先程の回廊より作りは地味な石の道だった。
松葉色外套の背中に叫ぶと、彼は足を止め、数秒振り向くのを迷った後に、やっとサキを見た。
表情はとても硬く、とても静かであった。この庭のように。
早足で彼との距離をつめる。
「無事だったのね、マヒト。良かった。」
「サキこそ。タカヒトは間に合ったみたいだ。」
喉に何かを詰まらせながらも、無理矢理言葉を放つ少年に首を傾げる。
今にも泣きそうな、捨てられた子犬のような目をしている。
「悲しいことでもあった?」
「悲しい・・・のかな。よくわかんないよ。」
「大丈夫?」
「・・・。」
「何か、手伝えることあるなら言って。マヒトは大切なお友達だもの。」
松葉色外套の少年は、両腕を出して少女を抱き締めた。
というより、すがった、の方が近いのかもしれない。
驚いたサキだが、耳元でマヒトの吐息が震えているのに気づいて、背中をそっと撫でてやる。
「マヒト・・・一人で抱えこんじゃだめよ。」
「話したいけど、話せないんだ。」
「タカヒトには?」
「言えない。」
「それは、苦しいね・・・。言えないなら、何かしてほしいことは?」
彼はしばらく返答に迷っていた。
サキも黙って言葉を待つ。
「サキは、家族や、この国が好き?」
「ええ、もちろんよ。」
「明日が、また来てほしいと思う?」
「思うわ。平和なガムールに戻って欲しい。街も、お店も壊れちゃったけど、きっとまた活気ある幸せな街になる。生きている限り、毎日が希望に包まれているって、お父さんが言ってた。」
「そうか。・・・・・・決心がついたよ。」
サキから体を離し顔を上げた少年の表情は、力強いものに変わっていた。
なにより、眼光は鋭く、大いなる意思が宿ったみたいだった。
「マヒト?」
「俺はサキも、サキの家族も好きだ。だから俺が守る。」
「街へ戻るの?街は悪魔がいっぱいで危ないわ。」
「ううん。やらなきゃいけないことがあるんだ。俺にしか出来ないことがある。きっと、大丈夫な気がしてきた。未来はあるって、今なら信じられる。」
マヒトの表情がだんだんと晴れる度、サキは正体不明の不安に心を乱された。
小さな頃から、サキの勘はよく当たるのだ。
「マヒト、帰ってくるよね?」
少年はそれには何も答えず、ただ愛おしそうに柔らかく微笑んだ。
「答えてよ・・・。まるで、これから自分を犠牲にするような言い方・・・。」
「サキは嘘はつけないけど第六勘は凄いって、本当だね。さすがタカヒトの妹だ。」
「ねぇマヒト。悲しいことは辞めて。私、マヒトともっとお喋りしたい。」
「大丈夫。悲しくなんてならない。俺の事は忘れて。」
「!?何を言って―――」
サキの前髪を上げて、そっと額にキスをした。
言葉が途切れ、身動きが止まる。
黒曜石のように神秘的で、吸い込まれそうな瞳で、悲しげに微笑む少年を映す。
「数秒後に記憶は消える。タカヒトを返してあげられるよう頑張るから、家族と幸せにね。
――――――大好きだよ、サキ。」
松葉色の外套を翻し、少年は廊下の向こうへ消えていった。
一人立ちすくむサキは、何もない廊下の果てを見つめながら、ただただ涙を流し続けた。