報告会議2
「動ける兵はどれぐらい残った?」
「城内にいた兵も合わせると6000余りかと。」
「ウィザードを中心に2000は王宮警護。僧侶様に協力を要請しておけ。明日結界が狭まった時、境界に兵を配置。空への警戒はウィザードと召喚士に。下級兵は一般都民の対応させろ。残りは全て悪魔退治に割く。」
「御意。」
「一番は都民の保護だな。大僧正様のお力が切れたと想定をすると、悪魔に出入口など関係ないからな・・・。万が一には備えておきたいのだが。」
「避難場所の指定をしておき、予め結界を張っておいては?」
「うむ。将軍、避難した都民のおおよその数はわかりますか。」
「怪我人も合わせて、12000と言った所か。」
「それだけですの!?」
「ガムールの外に逃げたり、悪魔にやられ、または火災に巻き込まれたりしたからな。」
「なんと・・・。」
首都の人口が半分以下になったことに、リセルが悲痛な表情で俯くのをチラリと見てから、タカヒトは指示を伝える。
「非常時、怪我人はそのまま東棟、老人・女性・子どもは城内奥の宴の間、それ以外は西棟に避難するよう伝達。各場所に結界を三重に張っておこう。ミレイナ、大仕事を頼んでいいか。」
「なんなりと、隊長。」
「西棟のガラス一枚一枚拒絶の魔法陣を書いて欲しいのだ。結界はあっても風でガラスは割れる。」
「お任せ下さい、隊長。夜明けまでには終わらせます。」
「頼む。」
「では、私は光の精霊を呼び出し避難場所を守らせましょう。」
バッサムが弱々しく告げる。
小太りな召喚士は、ここ数日で痩せたようだが、悪魔達との戦闘で大分光精霊との絆も強くなったらしい。
「ああ、よろしく頼む。」
「実に結束した騎士団だな。」
「将軍の時には敵いますまい。」
「さて、守りを固めたなら次は攻撃だな。」
「将軍、楽しそうですわよ。」
「いや、こんな非常時だが、自分の育てた子らの成長を見るのが嬉しくてな。」
ずっと難しい顔をしていた将軍が顔を綻ばせる。
恐面の将軍だが、笑うと人の良さが全面に出され、他の者も自然と肩の力を抜く。
ずっと策を練っていたトキヤは、悪戯っ子のような満面な笑みをタカヒトに向けた。
その笑みに嫌な予感しかしない。
「隊長、よろしいですか。」
「・・・わかった、言ってみろ。」
「さすが隊長!悪魔殲滅作戦を簡単に説明しますと、隊長に結界を張ってもらいます。」
「3日はかかるといったろ。」
「本格的なやつじゃなくて、異空間を開かせるのを拒否出来る術ありましたよね?召喚禁止結界で、悪魔が増えるのを阻止出来ます。」
「それはダークエルフや悪魔召喚士がガムールで召喚していた場合のみ有効だろ。結界の外で召喚してしまえば問題ない。」
タカヒトがトキヤの策の中核を見抜けなかったのが嬉しいのか、彼は胸を張って腰に手を当てた。
子供が自慢話をするみたいに。
「隊長の小姓くんが呼んだエルフのお友達は沢山乗馬庭園にいるんですよね~。」
「だから何だ。」
もったいぶった言い方に苛立ちを見せるタカヒトに睨まれても、参謀はニヤニヤをやめない。
「ガムールをアクリラに乗ったエルフに囲んでもらいます。エルフ結界ですね。」
「バカかっ!他民族にそんなこと頼めるか!第一、エルフが人間の為にそんなことを引き受けるわけ―」
「構わぬぞ、タカヒト殿。」
テントの入口から、真っ白なエルフ―スノーと男性エルフがやってきた。
初めてエルフをその目で見た重臣達は目を真ん丸にしてアゴが外れそうな程口を開いて呆然と入ってきたエルフを眺める。
「会議をしていると聞いてやって来た。良いタイミングだったようじゃな。参加してもよいか。」
「もちろんですとも。」
将軍クサナギが快く返事をし、タカヒトが両者を紹介する。
「前にも申したが、マヒトの友は妾にとっても友である。他のエルフも妾に賛同してくれておる。」
褐色肌に緑の髪をした男エルフが頷く。
「タカヒト殿、なんなりと申せ。」
「良いのか?これはレイエファンスの問題であって、ましてや人間の首都を守る役など・・・。」
「分かっておらぬようだな、タカヒト殿。これはレイエファンスだけの問題ではないのだ。」
「アルの予言書とやらか。」
「内容は聞いたか?」
「いや。」
「それも必然か・・・。ともかく、この戦は世界が掛っておる。使える者は全て使い、可能な手は全て実行せよ。少しでも躊躇すれば世界は終わるぞ。」
強い視線と重厚な言葉に、アルの予言書という未知の存在が示す末路がなんとなく読めた気がする。
「ならば、エルフはアクリラに乗り空から侵入する悪魔を撃破してくれ。悪魔の数を増やすな。」
「あい分かった。」
「リセル、街の各門を封鎖するよう伝えろ。」
「御意。」
「明朝、俺が地脈に結界を張った後、大僧正様に防壁を城内限定にしてもらう。各自街に残った悪魔の殲滅に全力を上げよ。」
軍事会議は終わり、それぞれ仕事をするため解散となった。
重臣達に今後の指示を伝えてから、タカヒトもテントを出ると、スノーが彼を待っていた。
一般人がエルフを珍しがり人が集まってきてしまうので、場所を移す。
乗馬庭園の端にある雑木林に入ると、スノーはやや難しい顔をしてタカヒトを振り向いた。
「タカヒト殿、マヒトを見掛けたか。」
「いや・・・。昨日、ユークリアで別れてから見てない。あいつ、何をする気だ。俺に別れの言葉を告げ去って行ったんだ。」
「ああ、やはり・・・。」
憂いの言葉を漏らし、スノーは空に浮かぶアルテミスを見上げた。
雲より手前に移動した惑星ルナの衛星は、まがまがしい程赤く、真ん丸のままである。
本来なら、もう下弦のはずだ。
「アルの予言書とやらは、神が農民アルに告げた世界終焉を記したもの。存在を知る者は限られている。」
「そこには何と?」
「言えぬ・・・。あの予言そのものに拘束力があり、他者に口外出来ぬようになっておる。」
「マヒトはどう関係している。」
「重要な役目じゃ・・・。出来ればマヒトの正体も予言の内容も全て教えてやりたいのだが、無理なのだ。言葉が声に乗らぬ呪いが掛っておる。」
今までに何度か、マヒトに目的や正体を聞いた事があるが、絶対話そうとはしなかった。
あれは話さなかったのではなく、その呪いとやらで話せなかったのだ。
辛い事をさせてしまっただろうか。
「気持だけで有難い。」
「レファス人であり騎士団隊長であるそなたが予言書を知らぬのも、全て必然。妾やマヒトにとって、そなたが希望なのじゃ。世界の終わりなど、迎えとうない。」
「それには同意見だ。俺は妹の花嫁姿を見るまで意地でも死なないと決めている。」
唐突なシスコン発言に、スノーは口元に手を当て笑った。
笑うと少女のように可憐に見える。
しかし、スノーはすぐ表情を引き締めた。
「マヒトはとても弱い子じゃ。今頃不安で泣いておろう。タカヒト殿が忙しい事は百も承知だが、どうか見つけだして欲しい。」
「あいつ、城内にいるのか?」
「うむ。ヘミフィアの近くにおるに違いない。約束の時まで、どこかに隠れておる。」
「アルテミスが沈む日がどうとか言っていたな・・・。暦通りなら明日の昼過ぎか。」
「タカヒト殿、どうか・・・。」
「わかっている。俺にとっても、あいつは弟みたいなもんだ。あいつの本質はただの子供ということも知っている。子供は子供らしく大人に甘えていればいい・・・。常に気をつけて探してみる。」
「よろしく頼む。あの子を失いたくないのだ。妾に名前をくれた、大事な子だ。」