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早朝


朝だというのに、空は薄暗いままだった。
昨夜との違いと言えば、アルテミスの姿が消えたことぐらい。
赤い衛星は分厚い雲の向こうに身を潜めたのだろうか。
再び鎧をまとったタカヒトは、青灰色のタテガミを持つ愛馬―サキの命名によりシルバーに跨り城門をくぐった。
街は昨日よりすさんで、焦臭い。
無事な建物は何一つ残っていない。
火事は収まったが、くすぶる煙はそこかしこで空に登り続けている。
悪魔は朝に弱いのか、姿を見せない。どこかで眠っているのかもしれない。
シルバは器用に瓦礫を越えて行き、ガムールの中央広場に辿りついた。
噴水を囲むように色とりどりのレンガで模様を描いていた甃は矧がされ、見るも無惨な姿になっていた。
広場の中央でたずなを引き、シルバから降りた。
少し離れて待つように教えていると、気配を感じ振り返ると同時に、剣の柄を握る。


「おはよーさん。爽やかな朝~・・・、ってわけにいかんのが残念やな。」
「サキョウ様!!?何をしておいでですか!」
「なにて・・・尾行?」


サキョウも乗っていた馬から降りタカヒトに歩み寄る。


「自分に防壁かけると、流石のタカヒトはんでも気付かんみたいやな~。」
「お一人で街に出るなど・・・。」
「大丈夫、大丈夫。それより、これから地脈結界張るんやろ?わいに手伝わせてえな。詠唱の間守ったる。で、終わったら頼みあるんやけど。」
「頼み?」
「悪魔減らすの手伝ってくれへん?」


へらり、といつもの調子で言うもんだから、タカヒトも言葉を詰まらせた。
僧侶の力は基本は味方に向けられる守りの力だ。
減らすとはつまり倒すこと。
悪魔を拒絶することは出来るが、攻撃など聞いたことがない。


「何をなさるおつもりで?」
「悪魔が眠ってる内、もしくは弱ってる朝の間に、マヤーナへの祝詞を反転させ、悪魔にとっての呪祖とするんや。聖なる言葉は毒やろ?活動時は無理やけど、睡眠中なら意識に溶けこませ、下級悪魔ぐらいは強制送還させられるはずや。
ただ、わい一人じゃ無理なんよ。タカヒトはんの力を土台にせな。」
「・・・。」
「頼む。大僧正の結界負荷を少しでも減らしたいんや。ミドリ・・・妹も悪魔の邪気に弱い。」
「巫女様ですか。」


僧侶は真面目な顔で頷く。
高位な僧侶は大僧正の補助をしていたと聞くが、きっとサキョウはじっとしていられなかったのだろう。
タカヒトも今、同じ気持だ。


「此処まで来てしまったなら仕方ありません。今更お一人で帰すわけにもいきませんし。」
「おー!恩にきるでぇ~!」
「まずは地脈に結界を張ります。何かあったらすぐ声をかけて下さい。」
「はいよ!」


数歩僧侶から離れると、タカヒトは地面に手を当てた。
目をつむり、見えぬ何かを意識のみで手探りすると、巨大な魔法陣が彼を中心に出現し、下から弱い風が巻き上がる。


「竜脈よ。我が名はタカヒト・レデントーリス。
血とマヤーナの加護で契約し三葉の一葉である。
契約の元、制約を授ける。」


魔法陣が白く輝きだし、薄暗い広場を浮き上がらせる。


「鍵の言葉は3つ。静寂、秩序、躍動。」


防壁でタカヒトを守るサキョウの足の裏に、弱い振動が届く。
地震というよりは、大地の息吹が具現されてるような揺れだ。
足元で眠る脈動が目覚めの運動を開始したのだ。


「我、制定す。契約範囲の土地に開く扉を拒絶せよ。竜脈の地盤は西より来たり暁の如し。
口を閉ざし、空間を塞ぎたまえ。竜脈の声は南に去りし雷の如し。」


魔法陣の線から青白い粒子が生まれ、空へゆっくり登りだした。


「杭は青き御旗より5つ北の言葉を述べる。
白銀の水脈、黒き大地。高貴なる翼を追求者へ見せるべからず。
山脈の登り手は赤き船に乗せよ。
瞳を閉じた竜に乞う。
空間の守り手の声を悪しき者に響かせよ。
竜守人の認証を得て、我の制定は完了す。」


一間を空け、魔法陣は染み込む雨水のように地面の下に消えて言った。
風が止んだのは一瞬で、今度は緑の魔法陣が現れた。


「サキョウ様!始めて下さい。今なら地脈が祝詞を運ぶ手伝いをしてくれます。」
「有難い!」


サキョウは手にしていた錫仗を胸の前で縦に持った。


『召しませ我等の神マヤーナよ。群青の祈り、真白の守り。
悪しき霧を聖なる息吹で払いたまえ。
かしこみ、かしこみ・・・』


長い詠唱を続けながら、サキョウの体から薄い黄緑色の膜が膨らみだし、タカヒトが産み出した魔法陣から吹き出した風に乗り黄緑色のそれは街へと散布し始めた。
すると、建物の向こうから赤い粒子が空へ上がり始めた。
サキョウの祝詞がタカヒトの力に乗ることで攻撃力を伴い、眠る悪魔に襲いかかっているのだ。
そこへ、耳障りな奇声が響いた。
空に翼の生えた悪魔が頭上を旋回している。


「上級悪魔が目を覚ましたか・・・。サキョウ様!限界です、もう戻りましょう。」
「・・・しゃーない。了解や。」


錫仗を戻したサキョウが馬に乗り防壁を張る。タカヒトも呼ばずともやって来たシルバに跨る。
城に戻りながら、伝達用の精霊を呼び出す。
犬のような垂れた耳を持つ雄型精霊がタカヒトの顔の横で飛ぶ。


「クサナギ将軍に、結界を縮小するよう伝えてくれ。」


精霊は頷いて、姿を消した。
悪魔は寝起きなのか、襲ってくることはなく、二人は無事馬で城門をくぐった。
ほぼ同時、城全体を覆っていた半透明の防壁が縮んでいき、指定した建物を覆うだけになった。


「タカヒトはん、わいは大僧正様の元へ参ります。力が要り用なら呼んで下さいな!」
「はい、ありがとうございます。」
「こっちこそ。感謝します!マヤーナのご加護を。」


馬の向きを変えサキョウは聖堂へ急ぎ、タカヒトは乗馬庭園へ入った。
そこには騎士団兵が集まっており、出陣の声を待っていた。
馬を降り、副官の横に並ぶ。


「ご苦労様です。」
「都民は避難させたか。」
「はい。結界もしっかり起動しております。」
「悪魔が目を覚ましだしたが、今はまだ動きが鈍い。出陣させろ。」


リセルが号令を出し、隊列していた兵達は街へ出陣していった。
ウィザードは灯台へ、精霊召喚士は王居へそれぞれ向かう。
街の悪魔殲滅はリセルとトキヤに任せ、タカヒトは兵と共に、外回廊辺りで結界ギリギリを守っていた。
街と空が騒がしくなるのを感じる。
空にいた悪魔が一匹、こちらへ向かってきた。
翼が生えたヘビみたいな悪魔がまっすぐと城門を越えてくる。
長いヘミフィアの歴史で、悪魔が王宮内に侵入したのは初めてであろう。
騎士として、屈辱的である。
タカヒトは腰から王剣を抜いた。






 

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