隊長、離脱
ロングソードの柄を両手で握り、真横に一閃すると、ゴブリンの顔に石がいくつかくっついたような体を持つ、名前も知らぬ悪魔は赤い粒子となり消えた。
中央棟と王居を繋ぐ回廊付近で戦っていたタカヒトは、回りを見渡した。
悪魔は次々現れるし、全て中級から上級悪魔。
一体倒すのも一撃では済まなくなってきた。
悪魔殲滅作戦であるはずなのに、騎士団の数がどんどん削られてゆく。
魔法を使えば大分片付くのだろうが、タカヒトの魔力は強力すぎて、一般都民を守る結界に影響が及び破壊しないとも限らない。
何より、昔のトラウマから、人が密集した場所で魔法を使うのは躇われる。
徐々に焦り出す頭を必死に抑え、冷静さを保つよう努力する。
こういう時こそいつも以上に冷静でなければいけない。
現状把握をしたいところだが、王族の方々を守らなければ。
伝達専用精霊を呼び出し、トキヤに策を練るよう急かそうかとしていたところに、将軍クサナギが剣を脇に構えながら小走りでやって来た。
流石前騎士団隊長であり、タカヒトの師だけあって、鎧に傷一つない。
「将軍。」
「まずいぞ。予想以上の悪魔の瘴気に大僧正様がかなり衰弱なさっているようだ。」
「あとどれぐらい保ちますでしょうか。」
「わからん・・・。負担を減らさなければ。」
「ですが、上級悪魔が多すぎて無階級の兵を無駄死にさせてしまいます。」
「小隊による陣に切り替えよう。時間がかかっても確実に悪魔を倒していくしかあるまい。」
「・・・俺が、数を減らします。」
「ならん。」
左目に走る傷を持つクサナギは目を細めた。
タカヒトが魔法を嫌うわけも、その強大な力もよく知っている。
「防壁が解けてしまったことを想定し街にいる兵を引き戻す。防御に徹することになってしまうが、今は仕方ない。エルフとお前の地脈制御のおかげでこれ以上悪魔が増えることがないのは救いだ。指揮は俺がとる。お前にやってほしいことがあるのだ。」
「なんでしょう。」
「リョクエン様が、松葉色の外套を着た若い男と北の棟に入るのを見た。」
「!?」
滅多に表情を変えないタカヒトが、目を見開いて驚きを見せた。
マヒトだ。
マヒトに間違いない。
「嫌な予感がする。お前に任せたい。」
「俺が戦場を離れるわけには・・・。」
「お前、小姓などつけていなかったろ?なのにトキヤとリセルは小姓の話をしていた。リョクエン様といた少年がそうなのだろう。彼からは違和感しかしない。マヤーナの加護がない人間など初めてだ。」
「・・・。」
「俺の勘はよく当たる。だろう?お前が行くのが適切だ。戦場は任せよ。」
「御意。部下達をよろしくお願いします。」
剣を鞘に収めると、タカヒトは体の向きを変え走り出した。
その背を見守っていると、伝達精霊が現れた。
声の主はリセルであった。
『将軍、隊長は。』
「現時刻を持って指揮は俺が取る。」
『まさか・・・!?』
「無傷だ、安心しろ。リョクエン様がまたお一人で動いておられる。万が一を考えタカヒトに行かせた。」
『了解。聖堂より連絡が入り、大僧正様の代わりに僧正サキョウ様が結界を維持なさるそうです。時期に―』
報告の途中で、建物のみにかかっていた半透明結界が瞬きの間に膨らみ、昨晩と同じように城内全域を囲んだ。
弾かれるように悪魔達は城外へ押されていく。
「これは素晴らしい、まだお若いのに力強い防壁だ・・・。よし、今の内に兵の手当てと作戦を練り直すぞ。隊長各を乗馬庭園に集めよ。」
『直ちに。』
精霊が消えると、クサナギも剣を鞘に戻し庭園へ歩き出した。
オレンジかかった結界は実に素晴らしく、強い意思すら感じる。
将来有望な若者は僧侶の中にもいたかと、励まされるようであった。