top of page

黒衣の魔術師



王居の裏側、建物の影になっている北棟は、山々の見張りか重要書類の保存場所でしか使われていない。
王宮の一部でありながら見放された棟である。
滅多に人が足を踏み入れない場所だが、手入れだけはしっかりされているようで、綺麗な階段を登る黒い外套の人物は、少年エルフの案内で北棟中腹のある部屋に入った。
部屋というより、簡単な礼拝堂だった。
奥に長く、木の長椅子が6つと、部屋の奥に教壇がある石造りの部屋だった。
四角い窓側いくつかついており、悪魔がカウス城を襲う姿がよく見えた。


「ありました、アキラ様。」


エルフが部屋奥の壁を指差したので、黒づくめの男はフードを後ろにはらった。
壁には、立派な剣が張り付けてあった。


「術は掛かっているか。」
「気配はありません。」


部屋を進み、剣の前に立つと、そっと手を伸ばし装飾が施された柄を握る。
タイチの言葉通り、剣自体にトラップはない。
しかし、剣を守る神官にはバレたに違いない。
この混乱で直ぐ様騎士団兵が乗り込んでくることは無いだろうが、のんびりしている余裕はない。
剣を壁から取り外しタイチを振り返る。


「どうすればいい。」
「祭壇をこちらへ。」


教壇を脇にどかし、白い布が掛っただけの祭壇を教壇があった場所に持ってきてやる。


「黒竜の魂をこちらに置いて下さい。剣は僕に。」


腰のポシェットにしまっていた黒い珠を取り出し、祭壇に置き、剣をタイチに握らせる。


「少し下がっていて下さい。剣に掛かっている眠りを解いてから、竜の魂封印を斬ります。」
「頼む。」


主に任されたことが嬉しいのか、エルフはにっこりと満面の笑みを向けてから、真面目な顔をして剣を目の高さに掲げる。
切っ先を下にして、詠唱を開始しようと口を開いた時、アキラが身構えたので首を回す。
扉のところに鎧をまとった暗青髪の男が立っていた。
騎士団隊長の男だ。


「貴様ら、此処で何をしている。」
「お前に関係ないだろ。」
「俺はカウス城の警備責任者だ。不法侵入で捕らえさせてもらう。」


隊長が剣を抜いた。
その刃を見てエルフの耳が上に立った。


「アキラ様!あの方の剣には白竜の気配が混ざっております!黒竜の対極故、あの剣で魂に傷をつけられれば黒竜の目覚めは遠ざかります!」
「・・・お前は役目を遂行しろ。」
「・・・はい。」


エルフを通り過ぎ、黒衣の男は身構える。


「アキラ、と言ったか。竜を狙っていたのは貴様か。」
「ああ。」
「竜を解き放ってどうする気だ。」
「関係ないと言った。」


感情の無い声で言うと、いきなり魔法陣を眼前に呼び出し、タカヒト目掛け黒い弾による攻撃を繰り出した。
タカヒトは避けたが、木製の椅子はこっぱ微塵に砕ける。
床を強く蹴って間合いを詰め斬りかかるが、斬ったのは残像で、背中から攻撃の気配を感じ床を転がる。
鎧姿の大男にとって、狭い室内はやりずらかった。
剣も大きく奮うわけにもいかない。


「魔法を使わないのか。」
「こんな場所で使えるか!」

黒衣の魔導師の眉間目掛け剣をまっすぐ突き出すと、魔導師アキラは両手に赤黒い小さな魔法陣を纏わせ剣を拒む。
魔法陣は拳の強化と、盾の役割をしているようだ。
腕をクロスしタカヒトの剣を防ぎ、そのまま右の拳を鎧の隙間である首に繰り出す。
大きく避ける事はせず、首を倒す動作だけで拳から逃げたタカヒトは、アキラと同じように右手に小さな魔法陣を纏い彼の右腕を叩いた。
雷の魔法を体内に直接叩きこんだのだ。
しかし、アキラは眉をピクリとも動かさず、打撃を繰り返した。
仕方なく後ろに飛び間合いをあける。


「お前も人間じゃないのか。マヒトといいお前といい、面倒だな。」
「大まかに言えば俺も人間だ。」
「電撃をくらって平気な奴を人間とは言わん。」


タカヒトは柄を握り直す。
視界の端では幼いエルフが詠唱を続けていて、いつ剣に掛けられた術を解かれ竜を封印した珠を壊されるかわからない。
先にエルフを気絶させようと術を放ったり近付こうとしてみたが、魔導師がそれを許さなかった。
気持ばかりが焦る。
早くマヒトと王子も見付けねばならんというのに・・・。
床を強く蹴って踏み込む。
突き出した剣を魔導師が手の陣で弾く一瞬の間に、刃にある魔法を仕込む。
すると、剣に触れていた魔導師の陣から白い稲妻が走った。
初めて焦りの表情を見せ、今度はアキラが後ろに飛び退く。


「驚いたな・・・貴様、フィローネ族か。羽が無いということは堕天したな。」
「・・・」
「テラ神の子なら、マヒトがてこずるのも無理は無い。神と人間の間にいる種族だ。」
「・・・俺もあんたを見直したよ。マヒトが懐くのも頷ける。」


冷静に述べたが、アキラは奥歯を噛み締めた。
有翼族フィローネはとても清く魔力も高い。
堕天してただの人間になったとは言え、正体を言い当てただけでなく、フィローネ族にのみ効く術まで使いこなすとは恐ろしい。
人間の中では高位なレファス人であり、更に太陽神第一臣下たるマヤーナに愛されている騎士団隊長。
どこか心にあった余裕を掻き消し、真剣に向き合う。






 

bottom of page